第2話 結婚

 24歳の時、私は学生時代からお付き合いをしていた彼と結婚しました。


 幸せ一杯の結婚……というのは間違いではありませんが、その幸せの中にはほんの少しの苦々しさも残っていました。


 なぜなら私は憧れていた仕事に就いたものの、何も成し遂げられないまま職場を去ることになったからです。


 私は高校時代から化粧品業界で働きたいと夢見ていました。


 高校卒業後は理系の大学に進学し、厳しい就活戦線を潜り抜けて、やっとのことで希望する会社から内定を得ました。


 ようやく夢が叶う!


 内定をもらったときは、嬉しくて仕方がありませんでした。


 だけど当時の私は気付いていなかったのです。

 内定はあくまでスタート地点に立っただけに過ぎないと。


~*~*~


 入社2年目の頃、壁にぶち当たりました。


 もともとの性格的な問題もあり、私はどうしてもその壁を乗り越えることができませんでした。


 職場の先輩方にもたくさん迷惑をかけました。


 先輩方は本当に優しい方ばかりだったので、私が何かトラブルを起こすたびに「ま~た、南ちゃんは~」と笑い飛ばしてフォローしてくれましたが、負担をかけていることはヒシヒシ伝わってきます。


 要領が悪いせいもあり、遅くまで残業することも珍しくありませんでした。


 そこに慣れない一人暮らしも加わって、精神的にも肉体的にもボロボロになっていました。


 そんな中、転機が訪れました。


 入社2年目の12月24日。

 学生時代から付き合っていた彼にプロポーズをされたのです。


 当時私たちは遠距離恋愛をしていました。


 私は都内で一人暮らしをし、彼は地元の企業に就職していました。

 月に1回会えるかどうかの関係。それでもクリスマスは予定を合わせました。


 私達は付き合い始めた頃から、クリスマスや誕生日には手紙を送り合う習慣がありました。手先が器用な彼は、色画用紙を買ってきて飛び出すカードを作ってプレゼントしてくれることも!


 お城に、クリスマスツリーに、プレゼントボックス……。今年はどんな大作が現れるのかワクワクしていました。


 だけどその年のクリスマスは、普通のはがきを手渡されました。


 まあ、仕事もあって忙しいから作るのは難しいよね。


 そう思っていましたが、内容を見て「おや?」と思いました。

 手紙の中にはこんな一文がありました。


『東京は寒いので、そろそろうちの地元に来ませんか?』


 いやいや、そっちの地元の方がよっぽど寒いでしょ!


 そうツッコもうとした時、ふと気づきました。

 ああ、これはプロポーズだと。


 照れ屋な彼は、この手紙がプロポーズだとわざわざ口にすることはありませんでした。素直じゃない私も「これってプロポーズなの?」と聞き返すことはありませんでした。


 だけど、彼は将来をちゃんと考えてくれている。その事実は伝わりました。


 いま思い返せば、結婚しようとはっきり言わなかったのは、彼なりの優しさだったのかもしれません。当時の私が東京で憧れの仕事をしていたことを知っていたから。


 結婚。

 仕事に疲れ切っていた私は、そんな道もあるのかと驚きました。


 別の道もある。

 そう気付いてしまってからは、壁を乗り越えようと足掻くことができなくなりました。


~*~*~


 翌年の春、私は丸2年働いていた会社を辞めました。


 先輩方は結婚を祝福してくれましたが、心の中ではがっかりしていたと思います。

 私も自分にがっかりしました。


 憧れの業界で仕事をするという夢は叶えましたが、その先で誰かを幸せにすることはできませんでした。

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