檸檬爆弾 残り火・弐

 愛晴さんの権限によって私は、日本列島巡りのメンバーに選ばれた。元々この役職に進んで名乗りを上げる人は少なかったため、すんなりと話が進んだ。


「ありがとうございます。わがまま通してもらって。」


「私はほとんどの何もしてないから……、それよりメンバー確保を進めないと……。」


 愛晴さんは少し困った様子で苦笑いをしている。


「大変そうですね……。」


「そんなことより、五十嵐博士は一足先に出発してもらおうと思いまして……。」


「それじゃあメンバーが一組分揃ったと言うことですか?」


「メンバーと言っても二人で行ってもらおうと思って……、私の弟の優陽と一緒に行ってくれませんか……。」


 唐突な話に驚いた。そして断る理由もないが一つ気がかりなことある。


「いいですよ。でも、弟さんを治安がどうなっているかも分からない場所に行かせると言うことですよね……。」


「弟も五十嵐博士同様に自ら行きたいと言って……、私も心配で……。でも五十嵐博士になら任せられると思って……。」


「そんな理由ですか…。随分抽象的ですね。」


「数ヶ月間、一緒に研究した相手ですよ。あなたの人間性を信じての事ですから……。」


「分かりました。その信頼に応えられるように努力しますね。」


 正直、ここまで信頼されているとは思わなかった。少し嬉しく思った。




 それから数日後に諸々の準備が終わり優陽さんと対面した。


「こんにちは、あなたが五十嵐博士ですね。お会いできて光栄です。自分は瀬戸優陽と申します。」


 柔らかな顔つきの青年だ。


「ご丁寧にどうも。今後はよろしくね。」



 この様な形で私たちの旅は始まった。魔力で動く車に乗って。


 生憎だが、私はこの旅の記憶が曖昧なものとなっている。ただ、ひたすらに苦しい旅だった。


 日本では、治安悪化が見られなかった。それどころか、皆助け合い集落を維持していた。電気やガスは使えなくなったものの、それらの役割も生活魔法で補えている。何も問題は無いと思っていた。しかし、私が五十嵐良介と名乗ると住民は狂った拍手を送ってくる。


「腐った資本主義社会を爆破してくれてありがとう。」


「富を独占する者たちへの報復をありがとう。」


「ありがとう。」


「ありがとう。」


「ありがとう。」


「ありがとう。」


「ありがとう。」


「ありがとう。」


「ありがとう。」

 

 クソみたいな感謝の言葉だ。この言葉と拍手の雨に打たれる度に気が狂いそうになった。集落に足を踏み入れる度に同じように感謝された。私は本当に疲れた。



 そして、いつの間にか旅を中断して、魔道医学協会の拠点に帰っていた。その時に私は愛晴さんにあるお願いをした。呪いを急激に進行させる薬の調合を頼んだ。私は『檸檬爆弾』で死のうと思った。この時の心境を愛晴さんに話して何とか了承してもらった。優陽さんはその会話をどこか悔しげな顔で聞いていた。


 その後、薬の調合が終わり、魔道医学協会の方に魔力研究所跡まで送ってもらった。そして、あのレモンの木の前に私は立っている。ここから始まったのだ。だからここで果てよう。


 オレンジ色のレモンを木から採った。


「私が旅を始めたのは、誰かが私の罪を裁いてくれるかもしれないと言う淡い期待があったから始めたんだ。くだらないよな……。でも、佐藤……、お前が今もどこかで生きてるんじゃ無いかって……、思って……。」


 涙を拭った。


「でも、これで終わりなんだ。」


 レモンの皮を剥いて食べた。みかんのような甘みとレモンの爽やかな風味が鼻を通り抜けた。


「なんだ、思ったよりも美味しいな……。」


 レモンを飲み込み、空かさず薬も飲んだ。


 羊雲の広がる良く晴れた日に、この世界で爆発音が響いた。

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