檸檬爆弾 残り火・壱

 廃墟都市を歩く。当てもなくふらふらと。

周りを見渡すと、ビルとビルの間から烽火が上がっているのが見えた。人がいるのだろうか。何となく、そこに向かった。


 見覚えのある建物が見えてきた。魔道医学協会の施設だ。駐車場の中心から烽火が伸びている。駐車場の端では、車に荷物を詰め込んでいる人が複数人確認できる。こちらに気づき、手を振っている。


「おーい!避難ならお手をお貸ししますよ!」


 大きな声で返事をする余裕も無く、ふらふらとそちらに向かった。


 相手の服装がよく見える距離まで歩いた。魔道医学協会の職員で間違いなさそうだ。


「大丈夫ですか?あれ…、もしかして五十嵐博士ですか…?」


「よく分かりましたね……。」


「今、会長を呼ぶので少々お待ちを。」


 職員はそう言うと寂れた建物に入っていた。ひたすらに青い空が、太陽の強い光を肯定して、荒れ果てた都市を照らす。景色を眺めていると、瀬戸愛晴さんが建物内から出てきた。


「五十嵐博士も無事だったんですね!」


 嬉しそうな声で話しかけてきた。私のような人間の無事を歓迎する人がいるとは思わなかった。


「はい……、何とか…。」


「あれ?私の思い違いかな……。」


「何がですか?」


「てっきり佐藤博士とご一緒なのかな……と。」


「佐藤は死にました…。私が『檸檬爆弾』で殺してしまったんです……。」


 その場が一瞬、静まりかえった。


「『檸檬爆弾』は事故と言っても過言ありません。五十嵐博士は悪くないと世間も認知していますよ。」


「それでも、私の罪悪感が大罪だと言っているんです!」


 思わず声を荒げてしまった。素直に慰めの言葉を受け取ればいいのに、本音が頭を支配する。


「すいません……。つい、声を荒げてしまって……。」


「いえ、こちらも土足で人の心に踏み入ってしまって申し訳ないです……。」


 ここに居る誰もが分かっていた。五十嵐博士の精神が磨り減っていることを。




 そして私は魔道医学協会と行動を共にすることになった。今一度、荷物をとみまとめるために私は研究所に戻ることになった。心配だからだと、愛晴さんが同行することになった。


 うろ覚えの道を歩いて、車まで戻った。また、車で静寂を走り抜けた。



 ぼんやりと運転していると、いつの間にか研究所に着いていた。


「ここが、五十嵐博士の研究所ですか……。」


 愛晴さんが、まじまじと研究所を眺めている。


「私は実験資料を回収するので、少し待っていてください。」


 車から降りて研究所に入った。もちろん中には誰もいない。薄暗い廊下に足音が響く。資料室に入り、その中でも重要な論文等を回収する。ついでにデスクにも向かった。自分のデスクの引き出しの資料も回収した。そして、佐藤のデスクが目に入った。


「そう言えば、自分に何かあったら研究所を頼むと言っていたな……。結局この約束もまもれなかったな……。」


 いくら後悔しても、佐藤は帰ってこない。後悔の無意味さを噛み締めた。佐藤のデスクの引き出しに手をかけた。中には研究途中の資料がいくつか入っていた。実験内容は、『魔力過剰摂取による魔物化』。佐藤にしてはえらく非現実的な内容だ。何かしらの心当たりや、根拠があったのだろうか。どちらにせよ、佐藤はもういない。詳しい事は分からない。資料を手に持って、研究所を後にした。



 それから愛晴さんの指示に従って、車を走らせた。数時間走らせていると、学校のような建物が見えてきた。


「あの建物が目的地だから。」


 他の車の隣に停車した。


「ここは?」


「この建物は廃校でね、魔道医学協会の第二拠点と言ったところ。まあ、本拠地をここにするために、荷物を片っ端から移動させてるの。」


「なるほど。では、日本政府の指示なんですね。」



「……、いや政府はもう潰れました。」


「えっ……。」


「『檸檬爆弾』でほとんどの政治家が死亡しまして……。各国この様な状態のようで、日本は生き残った皇族の方々が収拾をつけようとしていますが……。」


 自分が思っている以上の被害が出ているようだ。いつどこで権力闘争が起きてもおかしくない状態だ。


「そんなに、魔力量が重要だったのか……。理解できない…。大金を払ってまでの事なのか……。」


 何がここまで被害を大きくしたのか分からない。


「魔力量はある種のステータスなってしまって…、魔力量が多いと良い大学に行けると言われるようになり、特に富裕層の子供が摂取したようです……。呪いの特性によって摂取した当人の一から三親等までの身内にまで被害が拡大してしまって……。」


 そうだ、今更なんだ。数え切れないほど殺して、後悔して、膨れ上がった罪悪感を拭おう何て、最初から無理だったんだ。何故救いなんてもの求めたんだ。自嘲の言葉を頭に並べた。


「過ぎたことを気にしてたら前に進めないよな……。ちなみに、魔道医学協会の今後の予定は?」


 気持ちの切り替えのためにも、自分に出来ることを探すことにした。


「そうですね……、今後は民間魔法として発達しなかった回復魔法等を一般の方でも使えるように広める、と言った事を皇族関係者から頼まれています。つまり、魔道医学協会の職員を各地に派遣すると言うことです。」


「中々、現実的ではありませんね……。」


「そうですよね……。職員の人数には限りがありますし……、日本列島各地を少しずつ巡って行くしかなさそうで……。」


 愛晴さんは斜め上を見上げ、途方もない無茶ぶりを投げかけられたと言わんばかりの表情をしている。


「それじゃあ、私もその日本列島巡りのメンバーにいれと貰えなでしょうか?」


「えっ……?」


 唐突な申し出に困惑した様子だ。


「私がこの世界を爆破したんです……。だから爆破後の世界を見て回る責任があるような気がして……。」


「分かりました。こちらで調整しておきますね。」


 

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