檸檬爆弾 起爆
魔道医学協会との共同実験は難航した。ここ数ヶ月、何の手掛かりも掴めなかった。タイムリミットは確実に近づいていた。焦り、疲れが溜まった私に佐藤が話しかけた。
「大丈夫ですか?もし、よろしければ僕も共同実験を手伝いますが……。」
「大丈夫だ。佐藤を巻き込むわけにはいけないから……。それに、最初から言ってた通り出来るだけ内密にしないといけなくてな。」
「そうですか…。分かりました。でも、体調には気をつけてくださいね。」
「ああ、わかったよ。」
時間に余裕がなくなったのは仕方ないが、佐藤に言われたように、体調には気をつけようと思った。
デスクから離れる佐藤の後ろ姿を見ていると、一つの疑問が頭に浮かんだ。震える声でその疑問を口に出した。
「佐藤……はあのレモンをつまみ食いとかしてないよな?」
心臓の鼓動が高鳴り、全身に響く。耳を澄ませ、佐藤の口元を注視する。
「え…?そんなことするわけないじゃないですか。うちの研究所の重要な収入源ですよ。」
佐藤は笑いながら答えた。純粋で爽やかな笑顔に安堵した。
「そうか……、それならいいんだ。」
そうだ、佐藤が食べるわけない。何を疑っているのだろうと、胸をなで下ろした。
「そう言えば、佐藤もここ一週間ぐらい泊まり込みだが大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですよ……。まあ、それでも僕にもしもの事があったら研究所のことよろしくお願いしますよ。」
「過労死だけはやめてくれよ。」
「それはお互い様でしょう。」
何気ない冗談交じりの会話が少し現実を忘れさせてくれた。
その日の夜も休憩室に泊まった。今日は佐藤に言われたとおりにゆっくり休もうと少し早めに布団に入った。貯まった疲れが一瞬で深い眠りに誘われた。
研究所に爆発音が響き、建物全体が揺れた。布団から跳び起きた。
「なんだ!」
休憩室の扉を急いで開けた。音がした方へ走って向かう。すると、研究室の隣の倉庫から火が上がっている。既に蓬莱さんが倉庫から離れた場所で、電話を持って立ち尽くしている。
「どういう状況ですか!」
大きめの声で蓬莱さんに話しかけた。
「とりあえず消防に通報して、それから……えーと…。」
蓬莱さんはおどおどしている。
「今研究所には誰が?」
「私と五十嵐さんと佐藤さんです。他の人は帰ったはずです。」
佐藤もこの爆発音を聞いたはずだ。聞こえたらすぐにこちらに向かって来るはずだ。それなのに足音がしない。 休憩室にも姿が無かった。つまり、佐藤は……。
「まさか……あの中か!」
炎に圧倒され竦んでいた足が動き出した。その途端、蓬莱さんに腕を捕まれた。
「何してるんですか!逃げますよ!まだ、爆発に巻き込まれたかは、決まっていませんから!」
蓬莱さんの力には勝てなかった。そのまま研究所の外に連れ出された。
その後、消防が来て火は消し止められた。そして、警察の現場検証が行われた。現場検証で分かったことは、爆発の原因は倉庫内にあったプロパンガスが引火したこと、爆発現場には損傷の激しい人骨が見つかったことだ。佐藤のものだったのは言うまでもない。この件は不慮の事故として片付けられた。
「そうだ、事故だったんだ……。」
何度も何度も、自分に言い聞かせた。しかし、それを疑う出来事が世界各地で頻発した。有名な資産家、政治家の爆破死亡事故。
私は全てを理解した。『檸檬爆弾』が起爆し始めた。おぞましく、私が一番恐れた結末が始まった。
そして、世界各地で頻発している爆破事故は『紅色姫』にあると魔道医学協会が発表した。その後、日本政府もそれを認めた。
この研究所に勤めている人に事実を伝えた。魔道医学協会と共同実験の事、そして何も出来なかった事。今後どうなるか分からないから避難を優先してくれと伝えた。
その数日後、小野が血の気が引いた顔で研究所に訪ねてきた。いつものように、客室で話を聞くことになった。
「今日はどのようなご用件で…。」
ぶっきらぼうに力の抜けた声で尋ねてみた。
「『檸檬爆弾』の件に決まってるだろ!爆発の呪いの解除方法を教えろ!魔力研究者であるお前なら何か知ってるだろう!」
身を乗り出して問い詰めてくる。
「爆発の呪い……確か魔道医学協会がそんな言葉の使い回しをしていましたね。この現象は、魔力的、魔法的な何かが関わっているにも関わらず、呪いと表現されています。それがどういう意味か、あなたも薄々分かってるでしょう。」
「まさか……。」
「そうですよ……。この現象はまだ解明されていない、詳細不明なものです。論理的に説明出来ない。まさにお手上げ状態なんですよ。」
うつむきながら、自分にはなにも出来ない事を話した。
「……、なにも分かってないのか…。それでも、研究を続けてくれ!」
小野が深々と頭を下げている。いつもと違い必死感があり、胡散臭さが無い。
「何故ですか?私も魔道医学協会に助力しましたが、なにも解明出来ませんでした。もう、いくら足掻いても結果は出ませんよ。」
「そんなこと百も承知だ……、私の妻だけでも……。」
「希望がほしいだけだろ……。」
私らしくない言葉が出た。小野はこの言葉を聞いた途端、私の胸ぐらをつかんできた。
「お前には大切な人がいないのか!その人を助けたいと言うのは普通だろ!」
「もう死んだ。」
小野は私から手を離した。
「なにを言って……。」
「お前はこの絶望的な状況から目を逸らしたいだけだ。『檸檬爆弾』の呪いの特徴は大きく三つ。果実を摂取することにより、爆発対象になる。それから、多量に摂取することにより爆発規模が大きくなる。そして三つ目、摂取した当人の一から三親等までの身内にも呪いが飛び火する。」
「……。」
小野は何も言い返してこない。ただ、目の前にある事実に絶望しているのだろう。
「お前もわかっているだろう。私に出来ることは無い。」
小野は無言で出ていった。ふらふらと力が抜けたように。部屋の静寂を破るように外から爆発音が響いてくる。
「本当に絶望的だな……。」
それから、毎日毎日爆発音が聞こえてくる。一人になった研究所内に音が響く。爆発音が聞こえる度に罪悪感が体にまとわり付く。約一ヶ月聞こえ続けた。その間、研究所にある非常食で食いつないだ。
爆発音がしなくなった頃には電気も水道も使えなくなったようだ。もちろんネットワークも。
久しぶりに外に出た。良く晴れ、太陽光が眩しい。研究所周辺は特に異常は無い。ただ、人の気配が無い。
研究所の車のエンジンをかけた。一ヶ月ほたっていたが問題なく動いた。ガソリンメーターは満タンに近い。僅かな食料を積んで、車を走らせた。
すれ違う車は無い。静寂の中を進み続ける。もちろん行く当ては無い。都心に近付くほど傷ついた建物が増えていく。そしていつの間にか車を止めて、外に出ていた。荒れ果てた東京だ。世紀末世界のような光景が広がっている。今まで喉の奥に詰まっていた言葉が、鉄砲水のように溢れ出た。
「違う……、違う!こんな世界望んでいない!確かに私は、腐った資本主義社会の爆破を望んだ!でも……、こんなやり方じゃない……。私が殺した……。佐藤も殺した。」
膝をつき、青空に吠えるように叫んだ。静寂の廃墟都市に嘆きが響いた。
「誰か私を裁いてくれ……。」
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