檸檬爆弾 着火・弐
約1年後あのレモンが市場に持ち込まれた。もちろん、魔力増加率が良いため、より高額で取り引きされるようになった。その影響で市場に大きな混乱を招いた。混乱を招いた原因として、『レモン爆弾』と呼ばれるようになった。
その頃私は実験テーマを決められずに時間を浪費していた。弱者から搾取し続ける資本主義社会を変えたかった。そんな、理想を追い求めた。だが、その理想とそぐわない結果を二度も出した自分を許せない。
無力感に浸る日々を送るなか、私に共同研究のお声掛けがあった。魔道医学協会という政府公認の組織からの申し出だ。後日伺う事になった。何故かできるだけ内密にとの話だ。
一応佐藤にも事の趣旨を伝えた。「きな臭かったら断ってくださいね。」と言われた。佐藤の言うとおりだ。こう言う何か裏がありそうな事には深入りするのは控えた方が良い。それでも、実験テーマを決められずにある現状でのお声掛けだ。きな臭くなければ前向きに検討しようと思った。
研究所がある埼玉から東京まで車を走らせた。教えられた住所に行くと、病院のような建物があった。その建物に魔道医学協会という文字がある。
「ここで間違いなさそうだな。」
車で敷地に入ろうとしたとき警備員に止められたと同時に車の窓を開けた。警備員が開けた窓側まで駆け寄って来た。
「魔道医学協会の関係者と確認できる物の提示か、身分証明書の提示とどのようなご用件かを教えてください。」
「分かりました。」
鞄から運転免許を出して提示した。
「魔道医学協会殿から共同研究のお声掛けを貰った五十嵐良介と申します。」
「確認のため少々お待ちください。」
警備員は手に持っている紙を確認して、どこかと連絡を取っている。
「確認が取れましたのでお入りください。」
警備員は一礼して離れていった。車を駐車場に止め、正面の出入り口から建物に入った。
中に入ると前に事務室のような部屋がある。その部屋の前に白衣を着た若い男性が立っている。その男性は私に気づくと、こちらに近づいてきた。
「五十嵐良介博士で間違いないでしょうか?一応ですが身分証明書等があれば提示をお願いしたいのですが。」
「分かりました…。」
何度も身分証の提示を求められる。そこまで厳重にしなければならない共同実験なのだろうか。そんなことを考えながら、運転免許を提示する。
「五十嵐博士で間違いないですね。御足労していただきありがとうございます。客室で詳しい話しをしたいと考えています。よろしいでしょうか?」
「はい。」
「それでは案内させて頂きます。」
白衣を着た男性が歩き始めた。その後に続いて歩いた。足音が建物内で響く。消毒液やアルコールの匂いが鼻を突く。鼻が慣れた頃にふとして、素朴な疑問を口に出した。
「そう言えば研究の発案者はどなたで?」
「魔道医学協会、会長の瀬戸愛晴さんの発案です。」
魔道医学協会の会長が自ら発案したと聞くと少し緊張が走った。どのような研究内容なのかも余計気になった。色々考えていると、白衣を着た男性が立ち止まった。
「こちらが客室です。」
案内してくれた男性が客室の扉をノックした。
「五十嵐良介博士をお連れしました。」
「はい!」
中から女性の声が聞こえた。少し間が開いてから扉が開いた。
「こんには、わざわざお呼び立てして申し訳ありません。五十嵐博士ですよね。」
金髪のショートヘアーが目立つ若い女性が出てきた。私の顔をのぞき込むように見てくる。思わず目をそらした。
「はい、そうですが……。」
「それでは、五十嵐博士は中へどうぞ。」
客室には向かい合ったソファーとその間にローテーブルがある。
「どうぞ、おかけになってください。」
「はい。」
ソファーに座り、女性も向かいに座った。
「それでは改めて、私は魔道医学協会の会長瀬戸愛晴と申します。」
丁寧に名刺を差し出してきた。
「ご丁寧にどうも。私は魔力研究を生業にしている五十嵐良介と申します。」
私も名刺を差し出した。お互い名乗り終わり顔を見合わせた。
「自己紹介も終わりましたし、堅苦しいのは終わりにしましょうか。」
突然、瀬戸さんの雰囲気が変わった。きちんとしていた姿勢から、少し崩した体勢になった。
「そうですね……。」
第一印象と打って変わり、少し戸惑った。
「それでは早速、実験の概要を説明していきたいのですが、その前に五十嵐博士が政府と共同で開発したレモン、『紅色姫』通称レモン爆弾の基本的な特徴を聞きたいのです。」
「確か、『紅色姫』とか無駄に可愛らしい名前でしたね………。正直、私はあのレモンに嫌悪感しかありません。普通のレモンより魔力増加率が高いだけなのに……。」
瀬戸さんが困惑と心配が入り交じった様子でこちらを見ている事に気づいた。
「大丈夫ですか?」
「すいません…私情を挟んでしまって……。改めまして、先ほどの質問の答えとしましては、開発者だけが知っている情報などはありません。世間に知られているように、魔力増加率が他の品種よりも高く、果皮がオレンジ色などが特徴です。」
「そうですか……。では、レモン市場の今の状態についてはご存じですか?」
市場については、私は調べていない。自分の仕出かした事を改めて調べるなんて出来ていない。
「すいません、私は市場関係にあまり関心を持っていないので…。」
それとなく質問を受け流した。ここで本音を語っても仕方ない。
「なるほど…、今回の共同実験の内容と少し関係があるので今のレモン市場について話しても?」
「はい……。」
あまり気が進まないが実験と関係があるのなら聞くしかない。
「端的に言うと、政府の売り方についてです。いわゆる需要と供給の話しですね。」
「と言いますと…?」
「日本政府の儲け方です。今、通常の柑橘類の市場価格は暴落しています。これは『紅色姫』が市場に卸されてからの出来事です。つまり、日本政府は『紅色姫』の安定供給に成功したと言う事なんですね。」
いまいち話が分からない。生憎な事に需要と供給の関係や儲け方については分からない。
「……もう少し噛み砕いた説明を……。」
「えーと、つまり日本政府は『紅色姫』を通常のレモンの品種と同じぐらいの値段で売りさばいたと言うことです。」
「なるほど、つまり消費者である富裕層は今までと同じぐらいの値段で、魔力増加率がさらに高いレモンを買えるようになった。すると自動的に他の柑橘類の価格は下がる。つまり今、日本は独走状態なのか。」
理解は出来た。だが、これと共同実験の関係性が分からない。
「話を共同実験に戻しますと、以前『紅色姫』での『霊長類を使った魔力増加率の実験』で実験に使った個体が全て数ヶ月後に不可解な死に方をしまして…。」
「あのレモンを食べたことが原因と言うことですか?」
「まだ断言は出来ない段階ですが、我々魔道医学協会はその可能性が高いと考えています。もちろん、人にも作用すると考えています。」
霊長類が死んだと言うことは人間も例外では無い。
「つまり、手探りの状態でこの詳しい原因を突き止め、摂取した人を助けると言った共同実験ですか……。ちなみにどのような死因でしょうか?普通に考えれば中毒症状でしょうけど…。」
「………。」
瀬戸さんは少し考え込んでいる。それ程不可解な死に方なのだろうか。
「言葉にするならば……爆発…いや、破裂…どちらにせよ細胞単位で爆ぜた……という感じかな……。写真を見てもらった方が早いかな。科学や医学よりも魔力的な何かが作用したと考えています。」
瀬戸さんはローテーブルの上の飼料を開いてこちらに見せた。
「えっ……。そんな死に方が…。」
写真には飼育設備が写っている。檻の中が真っ赤に染まっている。肉片すらそこには無く、血だまりが檻の床に出来ている。写真を一通り見終わると、自分の仕出かした事が現実味を帯びてくる。
「なんだ……、またか…。なにが……、なにが人の役に立つ魔力研究だ……。なにが貧富の差を解決する魔力研究だ……。結局全て私が原因じゃないか…。」
蚊の鳴くような声で心の中に溜まった罪悪感が口から溢れた。
「五十嵐博士、恐らくまだ数ヶ月の猶予があります。医学的、魔力的観点から原因を探りましょう。」
絶望や後悔をしても仕方が無い。そう自分で悟ったはずだ。ならば、まだ抗えるはずだ。一度深呼吸をして感情を落ち着かせる。
「分かりました。協力させてください。ちなみに猶予はどのくらいですか?」
「長くて半年だと思われます。」
「長くて……。」
諦めるのはかんたんだ、そう自分に言い聞かせた。
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