檸檬爆弾 導火線
「魔力、それは古くから存在するエネルギーの一つである。概念に近いものとされ、不安定な存在だ。それ故、物理的に、科学的に証明は出来ない言われていた。しかし、近年になり存在は証明され、魔力と科学の融合が期待されている。」
目を輝かせる学生たちの前で力説する。時間を忘れ、講演会はあっという間に終わってしまった。
「五十嵐良介博士に拍手を。」
拍手の雨が心を満たす。
「ありがとうございました。少しは魔力について理解できていれば幸いです。」
会場から退場する。今日の講演も上手くいった。
「五十嵐博士、今日もお疲れ様です。」
助手の佐藤往生が、缶コーヒーを差し出してきた。相変わらず爽やかな男だ。聡明な若者、と言った印象だ。
「いつもありがとうな。」
缶コーヒーを受け取りながら、礼を言う。実際、助手というのはありがたい存在なのだ。一人じゃないというだけで心強い。
「大丈夫ですか?最近忙しい様子ですが…。」
「仕方ないだろ、研究資金は国が出してくれてるんだから。研究もとっとと成果出せだの、それと同時に講演会も積極的にして、様々な世代に広く知られるようにしろだなんて、注文が多すぎるから忙しいのは仕方ないよ…。」
「それでも、交渉の余地は……」
少し感情的になった、佐藤の声を遮った。
「ノーと言えば、国は援助してくれなくなる。魔力についての論文が出て数年、講演会とか、最近になって出来る余裕が出て来たんだ。」
国に講演会などの活動をしていないのがバレて援助を打ち切られそうになったのは、佐藤には黙っていようと、心の中で取り決めた。
「そうですか…、それじゃあ仕方ないですね。無理はしないようにお願いします。」
佐藤の心遣いが胸に刺さる。缶コーヒーを開けて、一口飲む。香ばしい苦みが、口に広がる。罪悪感が胸に広がるように。
「まあ最低回数に、もうそろそろ届きそうだから、何とかなるはずだ。」
「とりあえず、研究所まで戻りましょうか。」
「ああ、そうだな。」
学校を出て、佐藤が駐車場に止めている車の鍵を開ける。
「帰りくらい、私が運転するよ。遠い訳でもないし。」
佐藤は首を横に振った。
「大丈夫です。博士は帰って色々やらなきゃ行けない事が山積みでしょうから。」
「まあ、確かに…。」
研究所に戻ってからやる事は、講演会についての報告書作成、マウスの食物による魔力増加量の実験など。言われてみれば忙しい。
「帰ってから実験の記録、講演会の報告書作成、しっかりやってください。お願いしますよ。」
「ぐっ…。」
面倒くさい、という顔が出そうになる。元々惰性なので、根気、やる気という物が他の人より欠けている。特に講演会の報告書作成は、研究と関係ないのでやりたくない。
「顔に出なくても、面倒くさがってるの分かってるんですからね。とりあえずさっさと乗ってください。」
佐藤が運転席に乗り込んだ。
「本当に頼もしい助手だな。」
ぽつりと呟いて、佐藤に続いて助手席に乗った。
「何か言いましたか?」
「いいや、別に。実験結果多分このままだと予想通り、レモンだろうなって話し。」
食べ物によっては、摂取すると魔力保有量が増加の傾向が見られる。マウスの食物による魔力増加量の実験は、どの食べ物が効率よく魔力量増加の作用があるかの実験である。
「もうそろそろ、他の研究所との結果をまとめる、と言っていましたね。」
車のエンジン音が駐車場に響く。
「そうなんだよ…。まとめるのは政府だけどな。」
佐藤がアクセルを踏む。
「そう言えば、政府は魔力量を増やす取り組みを増進するとの話しですけど、一般層の人が魔力を増やして何かメリットがあるのですか?」
「今後、魔力をエネルギーにした、車とかが開発される予定でな。いわゆる魔道具とか生活魔法といった、物が発達すると考えられているからな。どんな国民層にも、魔力についての理解を深めてほしい、のが今の政府だな。だから、政府主体で研究しているんだと思う。」
「それで、うちの研究所は柑橘類全般が担当になったんですね。」
「政府が定めた条件での実験は、面倒くさかったな。」
一通り不満を言い終わると、しゃべることがなくなった。車に揺られるうちに睡魔が誘ってきた。意識がうつろになり、いつの間にか寝てしまっていた。
「博士…、五十嵐博士!」
肩を軽く叩かれながら、名前を呼ばれている。曖昧な意識がはっきりしていく。
「ん…。」
「しっかりしてください。」
「ああ、もう付いたのか。すまん、熟睡してた。」
霞む目を擦りながら、状況を確認する。研究所の駐車場のようだ。
「研究所に戻ったんですから、やるべき事をやってください。」
「はい…。」
気は進まないがやるしかない。まずは、マウスの食物による魔力増加量の実験の記録からだ。
研究所内に入り、実験をしている部屋に入る。一般的なネズミ用のゲージが並んでいる。げっ歯類特有の獣臭が漂っている。ゲージ一つに一匹入っている。それらのネズミを慣れた手つきで、重量計のような形をした魔力測定器に乗せる。機械に映し出された数字を記録する。そんな作業を数十分、黙々と続ける。もちろん、佐藤や他の研究員もこの作業をしている。人数が少ないとそこそこ時間がかかってしまう。
「博士もうすぐ終わるので、講演会の報告書作成に移ってください。」
佐藤が気を利かせてくれた。
「それじゃあ頼んだ。」
研究室を出てパソコンが並ぶ部屋に入る。そこで講演会の報告書を書き始めた。カタカタとパソコンのキーボードを打つ。講演を行った事実確認だけで十分だろうに、政府は報告書の提出まで求めてくる。はっきり言って面倒くさい。
パソコンと睨み合いを始めて数時間たっていた。いつの間にか日は沈んでいた。
「疲れた。今日はもう休憩室に泊まろうかな。蓬莱さんに一声かけないとな。」
蓬莱さんはこの研究所の警備や清掃などの管理をしてくれている人だ。出稼ぎに出て来ている若者だ。たまに、言葉がなまっている時がある。
今この日本では貧富の差が大きくなっている。そのため蓬莱さんは、農業をしている実家に仕送りをしているらしい。私はこの貧富の差が、縮まる魔力研究をしたいと思っている。今のところそれらしい、成果は出ていないが。
事務室の隣にある警備室に光が灯っている。警備室のドアにノックをする。薄暗い研究所内に音が反響する。
「はい!」
警備室から元気な声が聞こえる。それと同時にドアも開いた。作業服を着たそこそこ体格の良い男性が出てきた。
「五十嵐さん、今日も泊まりですか?」
「ここ数日は、忙しくてな…。」
蓬莱さんは既に休憩室の鍵を持っている。
「どうぞ、あまり無理しないように。」
「お気づかい感謝します。」
鍵を受け取り休憩室へ向かった。休憩室は和室になっている。畳の良い香りがする。部屋の片隅に用意されている布団を広げて眠りについた。
携帯電話の目覚ましが鳴った。窓から朝日が差し込んでいる。この布団から出たら実験データをまとめなければならない。もう一時間寝たい。
そんなことを考えていると休憩室の出入り口が開いた。
「博士!今日もここでしたか。」
佐藤がもう出勤していた。私の行動をよく先読みする男だ。どうせ昨日の帰りには、早めに出勤して私を起こそうとしていたのだろう。
「いつまで布団に入ってるんですか。早く準備してくださいね。」
佐藤はそう言うと休憩室から出て行った。仕方なく布団から出て準備を始めた。
実験データを書き込んだ記録用紙を持ってまたパソコンとの睨み合いが始まった。そんな日が数日続いた。
「終わったー!」
提出期限より早めにデータをまとめ終えた。他の研究所の結果は分からないが、柑橘類全般を担当した我々の研究所ではレモンの魔力上昇効率がずば抜けて高い。
「これって、場合によっては魔力上昇効率が良い食べ物ほど値段が高くなったりするのかな?」
どちらにせよ、実験データをまとめて発表するのは政府、レモンが一番という事が決まった訳ではない。
「でも、柑橘類でまだ試したい事もあるしな……。庭木として敷地内に植えるか…。」
「一人で何ぶつぶつ呟いているんですか?」
後ろから佐藤の声が聞こえた。独り言を聞かれていたようだ。
「全部聞こえてた?」
「はい、そこそこ大きな声だったので。植えるスペースはありますが、誰が育てるかが問題です。」
「あっ…。」
ここは魔力研究所、果樹の知識を持った人が居るとは思えない。
「とりあえず、今回の実験の結果皆さんに知らせてくださいね。明日朝礼と称して集まってもらいますか?」
「ああ、そうしてくれ。」
次の日、朝礼で実験報告を皆の前で公表した。
「まあそれで、結果によると全体的に柑橘類は魔力上昇率が比較的良いと言えて、特にレモンは価格が上昇する可能性がなきにしもあらず。なので実験用に柑橘類をいくつか庭木として、購入しようと思っている。もし、果樹に関して知識がある人が居るなら管理を手伝ってほしい。手伝くれると言う人は後から声をかけてくれ。」
多分そんな人はいない。管理できる人を新たに雇わなければならない。でも、そこまで資金が潤沢とは言えない状況だ。
ぞろぞろと各自の持ち場に戻って行く。やはり果樹に詳しい研究員はいなかった。集会室には佐藤と私だけになった。
「一応、事務の職員にも声かけときます。」
「ああ、頼んだ。」
半分諦めたような返事をした。
その日の夕方、蓬莱さんが顔を出してきた。
「五十嵐さん、あの話し自分でよければ引き受けます。」
「果樹の管理してくれるの?」
少し驚き、聞き返してしまった。警備とか清掃とか色々任せてしまっているのに、これ以上負担をかけるのは申し訳ない。
「はい、一応農業の心得は持っているので。」
「いや、でも……、じゃあお願いします。」
申し訳ない、でも現実的に今の資金振りを考えると新たに人を雇うのは無理だ。ここは蓬莱さんに頼るしかなかった。
数日後、実験データを政府に送る日がきた。厳密な手続きをして送った。国を挙げての実験と言うこともあり色々面倒くさかった。
「本当に人使いが荒い政府だ。資金は足りるか足りないか、と言うか足りてないし、カツカツの実験期間提示してくるし…、本当に疲れた。」
研究所のベランダに立って、黄昏れながら愚痴をこぼす。敷地内に一台のトラックが入ってきた。
「ん?庭木屋かな。」
おぼつかない足取りで、研究所の出入り口に向かった。
既に佐藤と蓬莱さんが対応していた。佐藤が私の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「博士…大丈夫ですか……?」
「ん?」
佐藤が深いため息ついた。
「顔色悪いですよ…。」
「そうか?」
今は自分の顔色の事などどうでもいい。注文した果樹を一目みたい。
「とにかく休んでください。」
「大丈夫だよ。ここ最近の疲れが顔に出てるだけだと思う。」
果樹が気になり出入り口をちらちらと見てしまう。
「顔に出るほど疲れが貯まっているんです!今日はもう休憩室で休んでください!」
背中を押され強制的に連れて行かれる。
「そんな怒らなくても…。」
休憩室の扉が開かれた。言わずもがな休憩室に押し込まれた。
「いいですか、無理すると死にますよ。自分の体調は自分で管理してください……は言い過ぎかな…。とにかく、今は休んでください。」
ドアをバタンと閉められた。あそこまで言われたら休むしかない。しばし寝ることにした。
それから一ヶ月後、マウスの食物による魔力増加量の実験の結果をまとめたデータが一部の研究機関や政府の上層部に公表された。
「さてさて、魔力省はどんな風にまとめたかな。適当だったら批判してやる。」
我々、魔力研究機関を馬車馬のように働かせたのだ。その分しっかりした論文であってほしい。それに、この実験結果によっては国に利益が上がる可能性があり、利益が上がった場合は実験支援金が増額される契約になっている。
論文を読み進めると、やはり柑橘類は全体的に数値が良い事が書かれている。そして、数値が一番高いのはレモンだ。
「レモン…。」
その時、資料室の扉が動いた。佐藤が入ってきた。
「博士ここに居たんですか。その論文一部の人にしか公表されてないのに、メディアがリークしています!」
スマホを取り出して、ネットニュースを開いた。すると、論文の内容が掲載されている。
「凄いね、最近のメディアは…。」
「何感心してるんですか!これでは援助金増額の話しは白紙になりますよ!」
国が極秘でやっていた実験、つまり柑橘類主にレモンの生産量を増やしてから発表する予定だったはずだ。それなのにメディアは国の利益など考えずにこの論文をネット上に載せた。
「不味いことになるかな……。」
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