おみくじは神様の言葉


「ほら、ここだ。ここを声に出して読んでみろ」


 読まなきゃダメなの。

 うわっ、また睨まれた。


「はい、はい、読む、読む、読むってば」

「うむ」


 腕組みして、偉そうに。

 うっ、怖い顔している。読めばいいんでしょ。


「『花の咲く 日は遠けれど めぐり来る 春のおとずれ 心して待て』これでいい」

「三回だ。三回読め」


 三回って。狸オヤジのやつ、命令しなくたっていいのに。うわ、凄い目つきして。しかたがない。ここは素直に読もう。

 実子は三回読んで狸オヤジの顔に目を向けた。


「読んだけど。これが何」

「何ではない。この和歌が、実子の未来を占う言葉なのだ。神の言葉なのだ」


 神の言葉、これが。

 実子は和歌を見直して、和歌の下に目を移す。


「あの、あの、これは何」

「それは和歌の解釈だな」

「そうなんだ。なら、これだけ読めばいいんじゃないの」

「そう言うな。和歌の心を感じてほしいのだ。それに、おみくじはだな。昔、歌占いであったのだぞ。占いというものはだな」

「はいはい、わかったから、そこまで」


 狸オヤジは話しが長いから、話す前に止めなきゃ。


「何が、そこまでだ。大事な話は最後まで聞くものだ。実子、おまえは占いの結果だけ聞いて納得するのか。今年は運が悪い。以上なんてことで納得するのか。ここに書かれていることをきちんと受け止めて、キーワードを見つけて自分なりに意味を考える。そこから連想を広げて、運気アップのカギを引き出すのだ。わかったのか」

「ほい」

「『ほい』じゃない。まったく反省していないな」


 わかっているのに。反省しているのに。口うるさいんだから。『ほい』は馬鹿にしているように感じるかもしれないけど、なんか言いたいんだもん。いいじゃない。それくらい許してくれても。でもでも、謝っておこう。


「ごめんにゃさい」


 おとぼけだけど、言っていることは間違いない。悪いのは自分だ。

 えっと、それでキーワードだっけ。えっと、えっと。

 和歌の解釈を目で追って読んでいく。

 何がキーワードだろう。

 ちょっと待って、自分は運が悪いの。どうなの。

 狸オヤジが口にした言葉を思い出して、おみくじに目を移す。


***


幸福の招来する日は いまだ遠いけれども必ず御神徳をたまわり有難いしあわせな花ある道がひらけて来ます 心をこめてお祈りしましょう ただし人としての道をあやまると大きな災難さいなんいます



***



 遠いのか。なんか落ち込んじゃう。

 けど、けど、ずっとじゃない。いつか幸福がやって来るってことでしょ。思っていたよりもいい運なのかも。そうそう、そう思えば笑顔になれる。

 よくよく考えてみれば、吉って大吉の次にいい運なはず。そうでしょ。違ったっけ。神社によって違うんだっけ。まあいいか。


「狸オヤジ。じゃなくてジンロク。うーん、狸でいいか。つまりこれは待っていれば、あたしの運は急上昇ってことでしょ。運は悪くないってことでしょ」

「おい、どこをどう捉えたらそうなる。『心を込めて祈りましょう』ってあるだろうが。ただ待っていてもダメだ。それに、『人として道を誤ると大きな災難に遭う』とあるだろうが。そこを見逃すな。まあ、運は悪くはないとは思うが」

「あたし人じゃないもん。大丈夫でしょ」

「まったく、屁理屈へりくつ言うな。人も妖怪も同じだ」

「そうなの。というか、あたしって妖怪なの。やっぱり」

「人でも猫とも言えぬ。だから妖怪だろう。というか、狸でいいかとは聞き捨てならぬ」


 ああ、もう。やっぱり口うるさい。

 狸神なんだから狸でしょ。真面目にここで働けばいいんでしょ。神様にもきちんと手を合わせればいいんでしょ。

 それって、このおとぼけ狸オヤジに手を合わせるのか。それはちょっと。

 実子は狸オヤジの顔をじっとみつめて、小さく息を吐く。

 やっぱりただの狸だし。

 おとぼけ狸オヤジって言うより、まんまる狸って呼んだ方がいいのかも。ダメなの。なら、やっぱり狸オヤジしかないか。長い付き合いになりそうだし。というか、すでに長く一緒にいるか。父さんだもん、一緒にいるのは当たり前か。


『それにしても本当に、あたしの未来に花は咲くんだろうか』


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