大事なのはここだ


 深呼吸をして、おみくじを開いていく。


「なんだろう、なんだろう、なんだろうな」


 ワクワクドキドキ。大吉出てこい。

 あっ、『吉』だ。

 もう、大吉じゃないの。残念。


「おい、そこの猫娘。さっきからうるさいぞ。眠れやしない。まったく『ぼんくら』だの、『おとぼけ』だの言いたい放題じゃないか。『選り好み』だの『あれでも神様』だなんてことも言っていたか。まったく」

「あっ、聞こえちゃってた」

「聞こえちゃってた、じゃない。おいらは伊予国いよこく刑部ぎょうぶ狸様のもとで修行をした狸神だ。すべてお見通しだ」

「左様ですか」

「猫娘、馬鹿にしているのか。その目はなんだ」

「そんな、滅相もない」

「やっぱり、馬鹿にしておるだろう。その顔が物語っている。まったく」

「もう、わかったわよ。というかこの顔はもともとこうなの」

「まあいい。おいらの可愛い娘だからしかたがないか。そうそう、おみくじだ。猫娘、勉強しただろう。まだ、大吉にこだわっておるのか」

「えっ、なに。なんか問題ある」

「ある」

「それじゃ、あたしからも一言。さっきから猫娘って呼ぶけど、実子って名前あるんだけど」

「うるさい、わかっておる。ちょっと照れくさくて呼べなかっただけだ。というか、それを言うなら、おいらだってジンロクという名がある。ぼんくらでもおとぼけでもない。できれば父さんって呼んでくれるのがいい」


『それはそうだけど、あたしだってなんか照れ臭い』


「こら、ニヤニヤするな」

「ごめんにゃさい」


 実子は手を合わせて、身体をくねくねすると上目遣いのまま頭を下げた。


「謝っているのか、睨んでいるのか。それともふざけているのか」

「だって」

「だってではない。そんな目で見るな。許してしまうではないか」


 うるうる瞳でじっとみつめれば、なんでもOKでしょ。効果抜群。


「まあよい。おみくじの大事な話をしようではないか」


 おみくじの大事な話ってなんのこと。さっき勉強したとか話をしていたけど。そうだっけ。したような気もするか。寝ちゃっていて聞いていなかったってことも。どうだろう。もしかして、自分は忘れっぽいのかな。


「あの」

「あの、じゃない。どうせ、覚えていないんだろう」

「ごめんにゃさい」

「そのおみくじを貸せ。説明してやる」


 もうそんなに怒らなくてもいいのに。またうるうる瞳で見ちゃうんだから。


「ここだ、ここ。大事なのはここだ」


 無視された。うるうるが効かないの。それとも見ていなかった。もう。しかたがない。どれどれ。何が大事なの。

 狸オヤジが指さす先に目を向けて首を傾げた。えっと、それって和歌。大事なのこれ。

 あっ、睨まれた。


「おいらはジンロクだ」

「ごめんにゃさい、ジンロク先生」

「先生じゃない。神だ」

「はーーーーい」

「伸ばすな、『はい』だ」

「ほい」

「『ほい』でもない『はい』だ」


 もう、細かいんだから。いいじゃない、そんなこと。神様なら、そこはもっと寛大に。

 あっ、まずい。怒っている。睨んでいる。雷落ちるかも。この顔は本当にまずいかも。

 ここは逃げるしかない。

 うわわっ。襟首掴まれた。


「実子」

「わかったから、怒鳴らないで。ごめんにゃさーーーい。父さん」


 うるうる。


「わかればよろしい。許す」


 やっぱり効果覿面こうかてきめん。待って、『父さん』って言ったのが効いた

のかな。

 狸オヤジは咳払いをして、おみくじに目を向けていた。



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