道しるべ堂の猫娘(四)
あの狸オヤジ、イマイチ信用できないし。
嘘、嘘。
そんなこと言ったら、罰が当たっちゃう。あれでも神様だ。自分を救ってくれた。すごく感謝している。信用できるでしょ。
そうなんだけど、ついついいじってしまう。そんなキャラなんだもん。というか父親なんだよね。ちょっと反発したくなるのかも。
『ごめんにゃさい』
神様ってそんなもんなのか。それとも、オヤジだからか。気づかないうちにどこかへ行っている可能性もあるのか。
ここの狸神社は正直なところほとんど知られていない。いろいろと事情があるからしかたがないけど。狸オヤジはいったい何をしているんだか。絶対にあそこに引き籠っているに違いない。
ああ、
暇で、暇でどうしようもない。誰か来ないかな。そろそろ来てもいいと思うんだけど。噂話好きな人をみつけてここの話をしてきたんだけどな。かれこれ数年。いや、もっとかも。
なんで来ないのかな。
そうか、狸オヤジが
『ここはあたしがもっと頑張って。うーん、うまくいくのかな。大丈夫、大丈夫、きっと。狸オヤジが寝ている間にだって、いろいろとしていたでしょ。だから大丈夫』
この
『実子さま、なんて言われちゃって。モテモテになって』
しまった。また妄想スイッチが押されちゃった。
美貌なんてない、ない。偽証罪で訴えられちゃう。違うか。詐欺罪か。
えっと、えっと。わからない。
とにかく、神社のお手伝いをしなきゃ。社務所もない、あんな小さな社だけど狸オヤジは力がある。いっとき、力を失ってしまったけどもう力は戻っている。そのはず。父さんは凄いんだから。
そういえば、狸オヤジは誰かさんのおかげだとかなんとか言っていたっけ。
もう素直に言えばいいのに。
それって自分のことでしょ。本当にそうかな。どうだろう。これといって何もしていないか。いやいや、自分なりに頑張っていた。でも、本当のところ誰かさんって誰だろう。
わからない。
『あたしってことにしちゃおう。心の中に留めておけば、問題ないでしょ』
とにかく、ここでしっかり働かないと。
働く?
それってなに。給料とか貰っていない。けど、食べていけている。んっ、そうだっけ。ここに初めて来たような、ずっといたような。もう、なんで記憶がはっきりしないの。認知症になっちゃったの。まさか、それはない。とにかく、ここで頑張る。それでいい。
そう、このお店のような社務所のような家のような場所で、頑張る。
本当に不思議な場所。簡単な料理も出すし、おみくじと縁起物を売るところで、御朱印だってある。頼まれれば狸オヤジがサラサラって。達筆ですごくかっこいい文字なんだから。
実際に誰かをもてなしたことはまだないけど。今日からは違う。ここの空気感が違う。
なんて最高な空間なの。
こんな店、他にはない。妄想でもなんでもない。それが『道しるべ堂』だ。社務所カフェ道しるべ堂って名前に変えちゃおうか。
うん、うん、それいい。今、勝手に決めた。
意外とやるんだから。そうよ、自分ならできる。きっと、たぶん。
まずは、人を呼ばなくては始まらない。そうすれば、本当にたくさんの人が訪れる神社になるはず。猫なんだから、招き猫にならなきゃ。
あっ、でも。ここって誰でも来られる場所じゃないんだっけ。なんで、そうしちゃったんだろう。狸オヤジの
狸オヤジ
この神社って古くからあるんでしょ。千二百年の歴史があるとか言ってなかったっけ。おかしいな。自分はいつからここにいるんだっけ。どう考えても今日からスタートって気がしている。なぜだろう。記憶喪失になっちゃったのかな。いや、違う。母さんの記憶はあるもん。じゃ、やっぱり認知症に。
実子はブルンブルンと頭を振った。
じゃ、なんで、どうして。
実子は首を傾げて、社をじっとみつめた。
あれ、今、揺れた。
地震?
違う? 気のせいかな。
あっ、そうだ。思い出した。ここって本当は存在しない場所なんだ。あのとき、倒壊してここは消えた。関東大震災だっけ。ジンロクが結界を張って時空を歪めて、地震が起きる前に時を戻したんだった。
現実世界とここは虹の架け橋だけが繋いでくれる特別な場所になってしまったんだ。
簡単に来られる場所じゃなかった。
なんで忘れていたんだろう。あんな大きな天災を忘れるなんて、ありえない。やっぱり認知症なのかも。まさか、そんな。違う、違う。忘れっぽいだけ。そうなのかな。
『あたし、寝ぼけてるのかな。百年くらいずっと寝てたっけ。まさかね』
とにかくファイト。
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