道しるべ堂の猫娘(三)


 実子はハッとして服装をまじまじと眺めた。歌っている場合じゃない。

 ここの神社がやっと復活できるんだから気合い入れなきゃ。それにしても、あのときの災害を思い出すと震えがくる。

 ダメダメ、思い出しちゃダメ。本当に狸オヤジに感謝しなきゃ。でもでも、自分だって頑張った。


『あたしにも感謝してよね。いっぱい噂広めて手を合わせてくれる人増えたんだから。その人の気持ちが狸オヤジの力を取り戻してくれたんでしょ。あたしって偉い』


 社に目を向けて、ハッとする。

 そうじゃなくてこの服装どうにかしなきゃ。ここは神社だし、この道しるべ堂で頑張らなきゃいけないわけだし。第一印象って大事。やっぱりここの雰囲気に合わせるべきだ。


 Tシャツにデニムパンツじゃ、ダメ。ここはやっぱり着物でしょ。はかまがいいかも。道しるべ堂を見回して、ひとり頷く。そうそう、大正ロマンならやっぱり袴だ。卒業式で着るようなあの袴。上は花柄の着物。それでいこう。

 待って、待って。市松模様のほうがいいだろうか。それとも松の葉模様、麻の葉模様。自分に合うのはなんだろう。悩んじゃう。

 えっと、えっと。やっぱり花柄の着物がいい。お花好きだもん。


 ツンとすまし顔で、ときどき笑顔。それで決まり。

 得意でしょ。ツンデレは。というかもともとそういう性格か。

 実子はイメージを膨らませてにんまりとした。和装ですまし顔からの笑顔なんてしたら、みんなキュンキュンしちゃうはず。タイムスリップした気分にもさせるかも。

 ああ、もう。テンション爆上がり。


 そうだ。誰か来たら、ちょっとした軽食でも出してもてなしちゃおうか。オリジナル珈琲とか紅茶とか。ケーキセットとかにして。ナポリタンなんかも出しちゃおうか。

 ちょい待った。それは違うかも。


 もう一度、お洒落な空間を見渡してあごに手を当て黙考する。和モダン。いや、やっぱり大正ロマンな感じ。和洋折衷ってところだろうか。

 どうしよう。迷いに迷って頭がかゆくなってきた。実子はガシガシ頭を掻きむしり、ホッと息をつく。


 ここは和で統一したほうがいい。日本茶専門店とか。そうなると、和菓子が必要か。

 もうまた、変な妄想して。和菓子なんて作るのは難しいでしょ。

 ううん、そんなことはない。こう見えても、料理は得意。和菓子屋のおっちゃんのところにほんの少しだけやっかいになったこともある。和食屋さんにだって居候いそうろうしていた。カフェにも居たっけ。あれ、本当にそうだったけ。


 全部妄想だったっけ。

 昔のことでよく思い出せない。なんでこうも記憶が曖昧あいまいなんだろう。記憶の捜索願い出さなきゃダメかも。


 ちょっと待って。こう見えてもって何。

 どうせ、何もできないお馬鹿さんに見えているんでしょ。人の姿をしているけど、猫だもん。いいの、いいの。言いたい奴には言わせておけばいいの。

 まったく、失礼しちゃう。って、言ったのは自分か。


 やっぱりお馬鹿さんかも。まあいいか。どうせ、気まぐれ起こして好きなものを振る舞うことになる。なんでもあり。でしょ。だって猫だもん。

 料理だって和洋折衷にすればいい。多国籍料理になっちゃうかも。


『いいのかな。適当過ぎないかな。うーん。いいの、いいの。気にしない。やっぱりなんでもありでいい。本当にいいのかな。なんだか急に不安になってきた。あたしって大丈夫なの。こんな、あたしでも未来ってあるの。って、あるでしょ。それなら、どんな未来だろう』


 わかんない。

 狸オヤジならわかるのかな。神様だし。父さんでもあるけど。まあそれはいい。


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