第40話『余熱』




 清桜会所属陰陽師「服部楓」による大規模なテロは、人為的に引き起こされた霊災として、多くの犠牲者を出した。



「新都大霊災」―――――。

 後にそう呼ばれることになった一連の騒動は、日本国内において大きな影響を及ぼした。

 首謀者が現役の教師であり陰陽師であったことから世間の注目を集め、清桜会もその責任を問われることになったのはいうまでもない。

 清桜会新都支部支部長、支倉秋人は全責任を取りその職を辞任。

 防衛組織としての「清桜会」の在り方が見直される事態になった。




 新都の街にも、大小なりの差はあるものの霊災の爪痕が残った。

 最も被害が甚大だったのは―――――中央区。

 霊災に伴って発生した爆発の影響で、中央区神尾町神尾DEPARU前の爆心地付近は完全に蒸発。

 爆風の煽りを受けたと思われる周辺のビル群も倒壊し、一時は中央区全域に通行規制が敷かれた。

 中央区自体が行政の中心だったということもあり、役所やそれに関する周辺施設を他の区に移動させる案も検討されているらしい。

 いずれにせよ、中央区が機能していない現状、今現在は北区、南区、西区、東区におかれた分庁舎で、その役目を担っているという状況に他ならない。



 霊災後、清桜会が中心となって行われた調査では、新都各地に「服部楓」が儀式を行っていたと思われる祭壇がいくつか発見された。

 そこでは、霊力の継続的な供給を可能にする装置。そして、大気中に霧散している生体光子を濃縮し霊体を生みだす「特別オリジナル」を媒介とした装置が発見された。

 術者である「服部楓」の死亡により儀式は既に停止していたが、清桜会はそれを押収、解析を始めている。



 霊災の終結。

 言い換えれば、誰が「服部楓」を祓ったのか。

 関係者並びに関係機関には箝口令かんこうれいが敷かれ、一説には誰も真実を知らないのではないかという都市伝説まで生まれるまでになった。

 しかし、中央区の爆心地付近で一部始終を見ていた陰陽師の話によると、「服部楓」を祓ったのは、一人のと、一人のだという。

 その話は一般人の間でも話題になったが、人の噂も七十五日。

 一部の界隈では盛り上がりを見せたが、やがてその二人の陰陽師のことは時間が経つにつれ眉唾扱いされるようになった―――――。




 ***




 病室のドアの取っ手に手をかけると、中から「新太ー?」という声が聞こえた。

 何で分かるんだよ……。

 監視カメラでもついているのだろうか。


「京香、入るよ」


 ガラガラとドアをスライドさせると、そこには病室のベッドに横たわり、文庫本を読んでいる京香の姿があった。


「……相変わらず暇そうだね」


「そりゃ、暇よ。

 動きたくても……動いたら怒られるしね」


 確か明日検査で、それをパスすれば退院という流れだった気がする。

 当の本人は元気と言い張ってはいるものの、一時は危険な状態だった。

 それがここまで回復したのは、京香本人の生命力によるものだろう。

 話に聞くところには、安静と言われているはずなのに病室で筋トレやら何やらをして看護師さんに怒られているらしい。

 そこは安静にしとけと思うのは、俺だけだろうか。


「大体……大袈裟なのよ。たかが腹に穴開けられたぐらいで」


「充分大事おおごとだろ……」


 一体どういう基準で生きているんだ……。




「洗脳」の発現事象を受けていた京香は、洗脳中の記憶を保持していた。

 本人曰く、「体の内側に誰かがいる感じ」だったらしい。

 人格そのものに影響を及ぼすわけではなく、新しい人格を植え付ける発現事象、と言った方が正しいのかもしれない。

 とりあえず後遺症もない現状を喜ぶべきなんだろうな。


「親父は?」


「この後ちょっと顔出すって言ってたよ」


「忙しいなら別にいいのに……」


 父さんは霊災以降、後処理に邁進している。

 上層部という立場上、それは仕方が無いことかもしれない。

 今回の一件で信頼を失った世間からの「清桜会」への風当たりは強い。

 できることをやるだけ、と言いながら、父さんは日々夜の街へと繰り出している。


「ところでさ……」


 言いづらそうに言葉を濁す京香。


「ん?」


「……は?」



「……」



 ―――――……。






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