第19話『第一回カラオケ歌合戦』





「ここよ!!」


 俺らの目の前には大きな総合施設のような建物が鎮座していた。


「……何だ。ラウゼか」


 ―――――ラウンドゼロ。

 先ほどのカフェから歩いて行けるくらいの距離にあり、泉堂学園に通っている生徒であれば最早お馴染みと言ってもいいだろう。

 現に高校生くらいの子達が頻繁に出入りしているのが見て取れる。

 ゲーセン、ボウリング、カラオケ、様々なスポーツが時間制限はあれどリーズナブルな値段で自由に楽しむことができる複合型アミューズメント施設。

 それが、ラウンドゼロこと通称ラウゼ。

 俺も来るのは初めてではなく、中学の頃にそれこそ京香や虎と何回か来たことがあった。

 なるほど。

 夜までの時間つぶし、もとい遊ぶのにはもってこいの場所であると言える。


《……何だここは……! 随分と愉快げな場所だ……》


 天もこういうところに来るのは初めてなのか、目をキラキラとさせてラウゼの外観を眺めている。

 その一方で。


「……」


 明らかにテンションが下がっている男が一人。


「なぁ、俺、帰ってもいいか……?」


 こういう場所で遊ぶのが元々苦手なのか、そもそもこれまでに遊んできたことがなかったのか。

 足取りからして既に仁は気乗りしなそうな、終始憂鬱そうな表情をしていた。


「何言ってんのよ、これからが本番じゃない」


「……人多そうだし、……あっ、ちょっ、何すんだよ! 離せ!!」


 京香は仁の首根っこを掴み、ズルズルと中へと連行していく。

 バタバタと暴れる仁だけど、無情なり。体格的にもそこまで二人は変わらないため、抵抗空しく引きずられていく仁。

 京香としても有無を言わせないつもりらしい。

 ……仁、もう諦めてくれ。

 こうなった京香は誰にも止められないんだ。

 俺らは三人分のフリーパスを買い、あまり乗り気ではない仁を引きずりいざ中へ。




「うわー、混んでるねー」


 まず俺らを出迎えたのはゲームコーナーの騒がしさ。

 UFOキャッチャーやら某太鼓を叩くゲーム、筐体ゲームにメダルゲームなど様々なゲームに学生や家族連れが集中している。さすが土曜日。

 都市封鎖ロックダウンが行われているという現状もあるのだろう。

 夜間に外出できない分、昼間にこうしてそのストレスを発散しているのかもしれない。


「……音デカっ」


 ゲームの人工的な爆音に眉根を潜める仁。


「仁はこういうところ、来たことないんだ」


「……来ようとも思わない」


 京香と同じ旧型でも、これまでの境遇やら何やらが異なりそうだ。

 ……新都ここに来る前はどこに住んでて、何をしていたんだろうか。


「ゲームはまだ無理そうね……、だったら最初は……」





 ***




『カラオケよーーーーーーーー!!!!』


 マイク越しに大声を出したため、キィィィィィンという耳障りなハウリングが入った。

 何を歌おっかな~と意気揚々とデンモクを操作し、流行りの曲をガンガン入れ始める京香。

 ズンチャズンチャ♪とイントロが流れ始め、身振り手振りを加え歌い始める。


「……(シャンシャン)」


 横を見ると死んだ顔で、京香に持たされたタンバリンを鳴らしている仁の姿。

 抵抗……いや既に思考すら放棄し、壊れたマリオネットのような姿が痛々しい。


『ちょっと! 新太も盛り上げなさいよ!!』


 仁を微笑ましく見ていたのが仇になったのか、曲の最中、唐突に不機嫌そうな表情でズビシィっ!!と指を刺される。

 おっと、マズい。

 俺らは完全に盛り上げ役。仕事をせねば。

 近くにあった鈴を取り、シャンシャン鳴らしながら「いいよー」とか「かっくいー」とか言ってみる。

 すると、京香は機嫌を直したようで、再度顔をクシャクシャにしながら歌い出した。


《京香嬢は歌が達者だな》


 楽しそうに体を揺すりながら、歌を聴いている天。

 どうでもいいけど……カラオケにいる狐というのも、すごくシュールだな。


「……天も歌えばいいんじゃない?」


 半分冗談で言ったのだが、天は神妙な面持ちになって、《ふむ……そうだな。雅楽の類いがあれば私も一肌脱がなくもない》とか言い出した。

 ……雅楽て。





「はいっ、次は仁が入れてよね!」


 ひとしきり歌って疲れたのか、席にドカッと座り「ぷはーっ、染みるー」とコップに入ったジュースを飲みほす京香。


「ほらっ! 早く早く!!」


「……はっ」


 ……我に返ったか。


「……お、俺も歌うのかよっ!?」


「歌いなさいよ」


 京香による独裁政権は現在進行形で猛威を振るっている。

 そして、それはついに仁に歌唱を強要するまでに至る。

 仁って絶対に人前で歌とか歌わないタイプだよな……。


「新太! おい、新太が歌えよ!!」


「仁、抵抗は止めるんだ……」


 俺は今しがた京香がいじっていたデンモクの予約画面を見せる。

 そこには既に何曲か予約済みで、仁の割り込み予約を待つだけとなっていた。


「新太が歌う歌は……もう私が予約済み」


 ふふふ……、と不敵な笑みを浮かべる京香。

 そう。

 俺には歌う歌すら選ぶ権利がない。

 昔からそうだったから、今更別に驚きはしないが……。


「そんな横暴があって良いのか……!?」


 しかし。

 仁には京香政権への耐性は皆無に等しい。

 あたふたしながら、あーでもないこーでもないとデンモクをいじる仁は、新型とか旧型とか陰陽師とか関係ない、どこか年相応の少年に見えた。


「……よし!! 入れた、入れたぞ!!」


 震える手でマイクを取り、意気揚々とその場に立ち上がる仁。

 顔をまっ赤に染め上げ、体を上下に揺すりながらリズムを取っている。

 何の曲だろう……。

 ずいぶんゆっくりとしたテンポの曲だけど……。

 そして。



 仁は歌い始めた―――――。





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