第20話『そして、誰もいなくなった。』

 


「ぷっ……くくく……」


《 ははは……、腹が……腹が痛い》


「いつまで笑ってんだよ……!」


 カラオケを終え、俺らは先ほどのゲームコーナーに来ていた。

 ……にも関わらず、いつまでも腹を抱えて思い出し笑いに興じているのは、先ほどの仁のによるものだろう。

 焚きつけた京香と彼の忠臣であるはずの天は、笑いすぎて歩くのもおぼつかない。

 当の歌った本人は顔をあり得ないくらい赤面させながらそっぽを向いている。

 ……まぁ、仁は頑張ったのではないのだろうか。

 人前で歌うの、苦手そうだったし。

 いや……でも、本当に良いと思うよ?

 ―――――童謡。

 高校生になった今でも、幼心を思い出すというか。

 懐かしい気分になるというか……。


「仁、俺は良かったと思うよ。……『どんぐりころころ』」


「うるさいっ! 俺に気をつかうな……」


 ……これは今は何を言っても無駄だな。


「ふぅ……笑った笑った」


《また頼むぞ、仁》


「もう二度と歌うか!!」


 これは……完全にへそを曲げてしまったようだ。


 ***


 先ほどよりは人は少なくなったとはいえ、未だゲームコーナーは大盛況。

 空いているゲームを探す方が難しかった。


《コレは何だ?》


 何か手頃なゲームはないものかと歩き回っている最中、唐突に天がそんなことを口にする。


「ん? ……あぁ、これか」


 天が言っているのは、緑色の動物がランダムに飛び出し、それを叩いて得点を競うという……いわゆるモグラ叩きのワニバージョン、と言う旨を伝えると、天は《物騒な遊戯だな……》と深々と頷く。


「アタシ、これ得意なのよね」


 隣を見ると、意気揚々と腕まくりをする京香。

 ……どうやらやる気みたいだ。

 ワニ叩きのコーナーは丁度人がおらず、空いている。

 何回か連続でプレイしても迷惑にはならなそう。


「誰が一番ハイスコア出せるかよ!」


……!?」


 勝負という言葉に異常に反応する仁。

 あぁ……。

 食いついちゃったよ……。

 カラオケのこともあり、仁は今京香に対し敵意がメラメラ。

 ただでさえ競いごとになるとお互い負けず嫌いなのに……。

 思えばこの施設には勝負事になりそうなゲームやらアクティビティがわんさかある。

 これは……。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


「っ!!」


 気合いの入った声と共に聞こえてくるズガガガガガガガガ!!!!という異音。

 声の方を見ると、既に仁が出てくるワニを叩きまくっているのが見える。

 ……いや、壊れる!

 壊れるって!!

 出て来た瞬間を見逃さずに的確にワニを捌いている仁。


「……なかなかね」


「こんなもんじゃねぇぞ。 はああああぁぁぁぁぁああああ!!!」


 うわ、残像!

 早すぎて残像が残り、「早く動きすぎて逆にゆっくり見える現象」みたいになってる!!


「ちょっと……。あまりやりすぎると壊れるよ」


「新太……止めてくれるなよ。これは俺のプライドをかけた戦いなんだ……!」


 いやまぁ、それは勝手ですけど……。

 いや、煙!!

 筐体から煙出て来てるって!!!

 ピヨピヨと間抜けな音をさせ、仁のスコアが表示される。


「ふん、今日一番だってさ。……当たり前だな」


「……今度は私の番ね」




 ドギャギャギャギャギャギャギャっ!!!


 だから、どう叩いたらそんな音なるの!?

 周りの人とかめちゃくちゃ見てるからもう止めて……。



 ***



 フリースロー、バドミントン、バレーボール、ビリヤード、ボウリング……etc。


「次は卓球!!」


「臨むところよ!!」


 そう言いながら二人は、卓球台のあるフロアへと消えていった―――――。





「はぁ……」


 ……めちゃくちゃ疲れた。

 囮作戦は中止になったとはいえ、京香はこれから夜も出撃を控えてるって言うのに……。

 結局ワニ叩きゲームを皮切りに、勝負という名目で施設のスポーツを一通り遊び始めたのが運の尽き。

 京香と仁は「疲れ」という概念を無視し、次から次へと遊び倒していった。

 俺も付き合って参加こそしてたけど……もう無理。

 体力の限界がきてしまった。


「ふぅ……」


 自販機で買ったスポドリを喉に流し込み、ベランダで一息。

 ラウゼの周りには高い建物はなく、景色が開けていて気持ちが良い。


「……」


 あと一週間もない内に四月は終わり。

 季節はすでに初夏と言ってもいいだろう。

 水色の絵の具を溶かしたような透き通った空。

 そこから、ほんのり汗ばむような昼下がりの太陽光が降り注いでいて、時折涼しい風が頬を撫でる。


「不思議だ……」


 疲労感が抜けてゆくのと同時に……、頭に浮かんでくる。

 仁、そして天のこと。

 一ヶ月前までお互い知らない者同士だったのに。

 ひょんなことから、こうして一緒に遊びに来るまでの関係性になった。

 ……そりゃ、まだ知らないことも多い。

 知っていることと言えば、名前、式神、あと連絡先……そんなもんか。

 あと忘れていけないのは、彼らが俺の命の恩人だということ。


 それだけ。

 たったそれだけしか知らないんだ、俺。



《……新太、疲れたのか?》


「……うおっ、ビックリした。天か……」



 丁度頭に浮かんでいた張本人がいつの間にか俺の傍らにいて、動揺してしまう。

 さっきまであの二人と一緒にいたはずだったので、抜けてきたのかな……?


《ふむ。こういうのも、たまにはいいものだな》


「そうだね……。俺も最近は余裕がなかったから、京香には感謝だ」


 学校のこと。実習のこと。陰陽師のこと。霊力のこと。

 そして、―――――最近の新都のこと。

 俺を取り巻く環境が少しずつ変化している現状。

 そして、としての現状。

 考えないようにしても、どうしても頭をよぎってしまう数々の事柄が知らず知らずのうちに心を圧迫していたのかもしれない。


「何か……体を動かしたらスッキリしたよ」


 天の言う通り、ここは素直に京香に感謝するべきだな、と思う。


《……私も、仁の楽しそうな表情を久しぶりに見た》


「あれって、楽しそうって言うのか? 振り回されて迷惑そうだけど」


《あぁ……、凄く楽しそうだ》


 そう言う天も、どこか穏やかな笑みを浮かべているような気がする。


「何か……親みたいだな」


《まぁ、仁とは彼奴あやつが物心ついた頃からずっと共にいるからな……。

 新太は両親と仲は良いのか?》


「まぁ……そうだね。父親じゃないけど」


《……むぅ。何か、事情があるみたいだな》


「……俺って捨て子らしくてさ。京香の父親が里親になって、京香と一緒に俺のこと育ててくれたんだよ」


《それは……難儀だな》


「まぁ、昔のことなんて良く覚えていないから……いいんだ。俺の親はあの人だけ」


 本当に、素晴らしい人だと思う。

 陰陽師としての腕もさることながら、人格者だ。

 父さんの人柄を一言で言うと、「弱きを助け、強きをくじく」。

 物事を俯瞰して見て、思考し、自分の信じた道を突き進む―――――。

 あんな人になりたいと思わせてくれる、そんな存在。


「だから……、俺もそうなりたいんだ」


 ―――――あんな陰陽師に。


《そうか。……立派なのだな。京香嬢と新太の父上は》


「……まぁ、このままじゃ無理なんだけどね……」


 最下位という現状を打破しない限り。


「まぁ、俺のことはいいよ。それよりも、仁と天は何で新都に……」


 そこまで言ったときだった。


「あっ、あんなところにいた!! お~い、新太!! 天!!!」


 唐突に―――――京香の声に遮られてしまった。


「新太、審判やってくれ! コイツ嘘言うんだ!! 俺が勝ったのに……!」


「……はいはい。天、続きはまた今度」


《あぁ、……行こう》


 呼ばれてしまっては仕方がない。

 天との話を中断し、手元の飲み物の残りを一気に飲み干して二人の元へと戻る。

 二人ともテニスのラケットを持っていた。

 まだやる気なのか……。

 もう少し付き合わなければいけない事実に辟易しながらも、俺はこのメンバーで遊んでいるこの状況を楽しんでいた。


「次はテニスか……」


「新太見ててくれ、今からこの女をボコボコに叩きのめすから!!」


「バドミントンで負けてるのに、テニスで勝てるわけないでしょ」


「あれは……足が滑ったんだ!! じゃなきゃ俺が負けるわけ……」





 ―――――騒がしく屋内に入っていく三人を、『天』は黙って見つめていた。



《新太……。





 君は、やはり……》





 ***


 [同日 新都某所 20:46]



「あ……嫌……だ……!」


 スーツ姿の男性は自分の目に写っているものが信じられなかった。

 

 両足が。

 膝より先が、溶けて無くなっている。


「……!!」


 ―――――逃げないと。

 男は半ば直感的にそう思い、背後へ後ずさりをする。

 ほとんど何も見えない、薄暗闇の中を手探りでほふく全身で進んでゆく。

 

 ……どうして。どうしてこうなった?

 俺は普通に生活していたはずだ。

 いつも通り仕事を終え、いつもの通勤ルートで帰り、最寄りの駅のホームに降り立ったところまで覚えている。


「……っ!!」


 人の気配。

 漆黒の闇の中で、乾いたが響き渡る。


「だっ、誰だ!!」


 呼びかけに答える者はいない。

 ただ、広い空間なのか声が反響し、その残響のみが耳に残る。

 

 ―――――確実に誰かいる。

 そいつが、俺をこんな風にしやがったんだ……!


「何がっ、お前何がしたいんだよ!!!!」


 得体の知れない恐怖で頭がおかしくなりそうだった。

 指先は冷たく、感覚がない。

 ……寒い。

 歯の根がガチガチと音をたて、体が勝手に震える―――――。


「誰か……誰か助けてくれっ!!!」


 何かにすがることでしか、この恐怖を発散できない。


「誰か、誰かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 不意に。

 男の手が何かに触れた。


「……何だ、これ……」


 ゴムのような感触。

 それに少しだけ熱を持っている。

 視界が中途半端に闇に馴れ始めていた。

 それが―――――良くなかったのかもしれない。


「ヒィっ!!!!」


 目の前までそれを近づけて気付いた。

 気付いてしまった。



 ―――――人体。

 男か女かは判別がつかない。

 しかし、のようなもの。

 それは……首。

 その表情は醜く歪んでいて。

 紅い鮮血がベッタリとついていて。


「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 悲鳴が再度、空間にこだました―――――。

 首を投げ出し、再度ほふく全身を再開。

 地面に面している部分は当に擦り切れ、肘はうっすらと血が滲んでいた。

 それでも、助かるために男性は必死に地面を這った。

 そして。


「……っ!!」


 光。

 文字通り、遙か遠くに見える一筋の光を見つけた。

 ドアのようなものの隙間から漏れる光―――――。


「っ―――――!!」


 反射的にそちらの方へ向かっていた。

 助かりたかった。

 になりたくなかった。


 まだ生きていたい、その一心で薄汚れた地面を這った。

 肘から出血し、進むごとに痛みが全身を襲う。

 それでも。


 ―――――生きたい。

 その一心だった。

 ドアまであと少し。


「はぁ……はぁ……はぁ……!!」


 わずかに空いたドア。

 ようやくドアに手がかかる―――――。



 たすかっ……。



 転瞬。


「―――――これで、お終い」


 男のすぐ耳元で。

 声が聞こえた。


「……え?」


 全身を経験したことのない痛みが襲い、意識が途切れた。

 辺りにはと鮮血が飛び散り、鉄臭い匂いが充満してゆく。



「……九百五十六」



 たった今まで男性だった肉塊のそばに、が立っていた。


「あと四日……」


 人影は、少し前まで人間だったを足で蹴飛ばし、暗闇の奥へと消えていく―――――。













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