第21話『玉石混交』



「おい、新太知ってるかぁ?」


 朝から開口一番、廊下で虎に呼び止められた。

 奴は自分のクラスのドアからひょっこりと顔を出している。


「何を……?」


「最近ちまたを騒がせているのこと」


「……? 何だよそれ」


「特例隊員の中で噂になってるみたいなんだけどさぁ……、何か狐の面を付けてるらしいんだよ」


 う~ん。

 ……心当たりしか無い。

 百パー仁だな、それ。

 最近は俺、仁、京香の三人で行動するのが増えているため、第三者から仁こと『狐』のことを聞くと不思議な気持ちになる。

 とりあえず仁の存在は一応おおやけになっていないため、ここはとぼけておくのがベター。


「……ちょっと良く分からないかも」


「そっかぁ……そうだよなぁ。

 式神を使用せずに素手で悪霊をボコるらしいんだけど……。古賀なら分かるかな」


「どうだろうねぇ」


 絶対知っているけど、俺同様虎には言わないんじゃないだろうか。


「どんな奴なんだろうなぁ、『狐』……」


 ……。








[4月22日(月) 泉堂学園内カフェテラス 12:52]



「このカレー、うまっ」


 よどみなくスプーンを動かしている仁。

 虎……、お前が気になっている陰陽師は、カレーがお気に入りみたいだぞ……。

 カフェテラスの中は学生やら、スーツ姿のサラリーマン、買い物帰りの主婦やらでごった返していた。

 泉堂学園の食堂ことカフェテラスは一般人も利用可能なため、昼休憩時間にはかなり混雑する。

 俺と京香、仁は余り目立たない端っこの席で、情報共有兼食事をしていた。






「何かさ、『狐』ってめちゃめちゃイケメンらしいよ~」


「うそ! 連絡先欲しい!!」


「ちょっと抜け駆けダメ!」





「『狐』って、式神使わないらしいぜ」


「どういうことだよ、肉弾戦専門? プロレスラーか何かか?」



 周囲から聞こえてくる声。

 いつの間にか皆の話題に『狐』があがっている。

 虎曰く、噂の発生源は特例隊員だと聞いていたけど、一般生徒の間にも浸透してきてるのか。

 斜め前の席でも……。



「俺の友達の友達の兄貴が、『狐』見たって言ってたぜ」


「マジでか!! どんな見た目!!?」


「狐の面をつけてて、全身真っ黒で、……女らしいぜ」



 惜しい。

 ちょっと惜しいな、それ。

 ニアピンではあるけど、女じゃないんだよなぁ。

 と言うか、そんなに皆『狐』のことが気になるのか……。


「うまっ、うんまっ」


 ……渦中の人物は、に居るんですけどね。

 当の本人は別段周りの声に気にする様子も無く、スプーンを口に運んでいる。

 まぁ、そんな俗っぽいことを気にする仁じゃないか……。


「……ちょっと、新太。聞いてる?」


「……え?」


 周囲に耳をそばだてていたせいで、京香の話を聞いていなかった。

 マズい。

「何でアタシの話を聞いてないのよ!?」ってな感じにドヤされるのが見えた。

 これは紛う事なき謝罪案件。

 ……しかし、京香の反応は俺の予想とは異なり、淡泊なものだった。


「だから……、また増えているのよ。


 京香は自分の注文したパスタをつつきながら、神妙な面持ちでそう呟いた。

 ふと気付くと昼休みも後半に突入し、人通りもまばらになってきたタイミング。


「もしかして……また、悪霊が……?」


「……昨夜、ここ最近で最多の発生を観測したの」


 そういう京香の目の下には珍しくクマができていた。

 昨夜は多くの正規隊員が駆り出され、明け方まで修祓を行っていたと聞く。

 ……なるほど、そういうことか。


「……地場がまた乱れ始めている」


 俺らとの間に割って入ったのは、依然カレーを忙しなく口に運んでいる仁だった。

「それは、古賀おまえも感じてるだろ?」と傍らの水を一気に飲み干し、ふう……と息をつく。


「……」


 京香は苦々しい表情を浮かべながら、軽く首を倒し首肯する。


「霊の出現に関してはが影響する。俺らが新都ここに来た段階で、酷い乱れようだった」


「……やっぱり人為的なものなのか?」


「……だろうな。こんな局所的な、なまでの乱れだ。

 察するにどこかの誰かさんの仕業だろうな」


「どこかの誰か……」


新太おまえを狙ってる奴に間違いないな」


「……」




『常に何者かが君の命を狙っているものと思っていた方がいいね』


 ふと、頭の中で支部長の声が再生される。

 ―――――やっぱり、仁もそう思っているのか。

 この新都の異変と俺が関わっている、と。

 しかし、とてもじゃないけど俺は素直にそう思えない。

 一介の学生である自分が、こんな一都市の異変に関係しているなんて。


「お前んとこのは何やってるんだよ」


 仁は今しがた使っていたスプーンで京香を指す。

 すると京香は不機嫌そうな表情でそっぽを向き、気まずそうに口を開いた。


「……清桜会も、対応することで精一杯なの」


「対処療法より原因療法だろ」


「それは……! もちろん、そうだけど……」


 言葉尻が小さくなっていくのは、京香自身自分が悪霊を祓うことしかできない現状に、無念を覚えているからだろう。

 叩けるものならその原因を叩きたい、と京香もそう思っているはずだ。


「新都内の霊場には常に見張りの陰陽師を常駐させているけど……」


「異変がないってか?」


「……(コクン)」


 一つの街の地場を丸々弄るなんて芸当は、通常であれば不可能。

 どんな装置や方法を使ったとて、そこまで広範囲に事象を成立させるには並大抵の陰陽師では力不足。

 しかし、方法は


 それは……『霊場』。

 昔は心霊スポットやらパワースポットと言う名で呼ばれていたらしい。

 元から地場の乱れが生じていて、霊が現界しやすい環境になっている場所のこと。

 新都で言うと、各地に点在している神社が該当するだろう。

 霊場では陰陽師もその恩恵を受けやすい。

 地場に干渉しうる式神……。

 そんなものは聞いたこともないけど、もしあるとすれば……。


「……そもそも、新都全域の地場が乱れきっていて、どこが儀式の中心なのか特定も難航してるの」


「だろうな、敵さんもそれが狙いだろうよ」


 ……いやまて。

 そもそも、という考えが違うんじゃないか?

 地場に干渉することを考えたら、霊場は一番最初に候補に挙がる。

 だからこそ、さっき京香が言った通り清桜会は霊場に人を派遣しているんだろうけど……。


「……おい、新太。何一人で考え込んでんだよ」


 清桜会の人間が黒幕だとすれば……。

 どう動けば都合が良い?

 どうすれば身内に動きが予測されない?


「ちょっと新太……?」


 何か……。

 考えがまとまりだしている、ような気がする。


「えっと……うん……?」


 何か上手く言葉にできない、何て言うんだろう。

 するとそんな俺の様子を見かねたのか、ボフンと目の前に天が出現した。


……か? 新太》


 ……それだ!

 わざわざ既存の霊場で儀式を行うのではなく、新都のどこかに新太に霊場を造り、現象を発生させる。

 そうすれば清桜会に気付かれることなく、既存の霊場に依存することもない。


「新都全域に効果を及ぼすには、恐らく一カ所じゃない……数カ所。

 新都の何カ所かに術式を組み、させることで事象を増幅させているのかも」


「……! そんなのどこに……!!」


んだよ、京香。

 人工的な霊場である以上、住宅街、商業ビル、駅、あのラウゼですら候補になり得る」


「それじゃあ、探しようが……」


「……」


 これは、あくまでも

 しかしこの仮説が事実だとしたら、「異変の原因を叩く」ことはもはや不可能に等しい。

 この広大な新都の中から、乱れた地場の原因となる人工的な霊場を数カ所、何の手がかりなしに見つけるなんて。


「……まぁ、現実的じゃないな」


 頭の後ろで手を組み、溜め息をつく仁。


「やっぱり人で絞った方がいいんじゃないか? 例えば……」


 そこまで仁が言ったときだった。


 ppp……ppp……


 近くで電子音のような音が鳴り響いた。


「あっ……、ちょっと、ごめん」


 仁の言葉を遮ると、京香は清桜会の通信用のスマホを取り出し、内容を確認した。

 しばらく画面を見つめ、スワイプし……京香の目が見開かれた。

 そして。

 食べかけのパスタをそのままにし、席を立った。


「……どうしたんだ?」


「緊急収集っ! ごめん、アタシ行くね!!」


 ただそれだけ言い、京香はカフェテラスの出入り口に向かって走って行った。







「……慌ただしい女だぜ」



 京香が駆けていくのを仁と見送っていると、俺の背後から聞き覚えのある声がした。

 

 声の主はすぐに想像が付いた。

 ……好意は頭に残らなくも、敵意は明確に記憶に残るんだ。


「正規隊員サマは大変なことで……。

 でも、どうしてこんなクズに構うんだろうな、


「そこがほんっと謎だよな~」


 声のする方を見ると、そこには二人組が立っていた。


 上堂かみどう真崎まさき鮫島さめじま蓮司れんじ


 俺と同じクラスであり、ことあるごとに俺に敵対視してくる奴ら。

 そこまで過去のことじゃない、を伴った記憶が蘇る。

 あの時真崎から受けた傷は跡となり、未だに背中に残っている。


「……おいおい、コイツ中坊連れてるぞ」


「……あぁ?」


 中坊、と言われ明らかに声音に怒気をはらませる仁。

 眉間にしわを寄せ、正面から真っ直ぐ二人組にメンチをきる。


「中坊が食堂使ってんじゃねぇよ、ガキが」


「……ここは、一般の人も使えるはずだけど?」


 一応重ねて言うが、ここは一般開放されている施設であるため、一応外部の人間も自由に使用が認められている場所。

 故に、仁が使用していても文句は言えないはず。

 すると真崎は俺の反論が気に食わなかったのか、たちまち怒りに顔を歪め、吠える。


「俺らはいずれ陰陽師になるなんだよ! 

 パンピーと同じ場所で飯食えるか!!」


 そこに「正しさ」は存在しない。

 いくら正論を振りかざしたとして、コイツらは俺の言うことを何一つとして聞く気はないだろう。

 俺が宮本新太。

 つまりはクラスの落ちこぼれのである限り、俺の言葉コイツらの前では何の意味を持たない。


「と言うわけで、パンピーと落ちこぼれはここから出てって貰えるかな?」


 嘲笑、侮蔑。

 いつもと寸分違わぬ性質をもった視線。

 普段であれば京香が抑止力になっているのは言うまでもない。

 京香が立ち去ったのを確認して、俺らに絡んできたのだろう。

 クソ……。

 お前らもを見ているくせに。

 強者には手出しせず、弱者を見下すしか能の無い俗物に他ならない。


「……」


 無言で仁はその場に立ち上がった。



「……


 仁のその物言いに、蓮司と真崎がこめかみに青筋を立てたのが分かった。


「ちょっと表に出よっか♪」


 ……!!

 見たことのない仁の満面の笑み―――――。

 こっちはこっちでブチ切れているっ!!









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