第31話『禁忌を欲する者』





「どうして……先生が、ここに……?」


「……私がここに居る理由、か。

 お前はもう、?」


 ただただ愉快そうに俺を見据え、そして、先生はゆっくりと京香へと向き直った。


「……!」


 心臓が早鐘を打つ。

 体がその熱さを失ってしまったかのように、急速に冷たくなっているのを感じた。


「……古賀、ご苦労。の拘束は?」


「はい。『天門』、そして『赤竜』で事足りました」


「……? その二つで事足りるとは意外だ。何か不確定要素イレギュラーがあったのか?」


 京香はこちらをチラリと一瞥し、微笑を口に携えた。


「誰かさんがおかげで、隙をつくことができました」


「……それは良い誤算、だったな」


 ……!

 何だこれは。

 一体何なんだ……!

 京香……。

 先生……。

 これまで俺の身に降りかかったこと。そして、普段通りの中に、不自然が垣間見える京香の様子。

 考えろ。

 これまで何があった?

 思い出せ。考えろ。

 敵にはどんながあった?

 一瞬にも満たない刹那。


 そして。

 ―――――俺の脳内に浮かぶ一つの

 それはとても残酷な事実で。

 俺自身が、その可能性を疑いたくなってしまう。


「もうすぐ一時……。捕縛から約十三時間か。奴ら、早ければもうすぐ出てくるな」


「……」


 その場に立ち上がり、俺は改めて先生と向き合う。


「……先生」


 俺の仮説が正しいのならば―――――京香は。


「京香を、してください」


「……それはどういう意味だ?」


 仮説を裏付けるのは、俺自身の体験。

 それは、


「俺に使ったのと同じ……、人を『』する式神を京香にも使っているんですよね?」


「……」


 帰ってきた反応は否定でも肯定でもない、ただの黙殺。

 しかし、やがて先生は俺に見せつけるように、ふところから一枚の護符を取り出した。

 疑念が、確信に変わる―――――。


「……のことか?」


「……!」


 古めかしい変色した護符。

 人造式神じゃない……?

 もしかして、『特別オリジナル――――――?』


「北陸の方の『蚕室さんしつ』という式神でね。

 数年前に手に入れ、ここ最近になってようやく解析が完了した。

 外部からの継続的な霊力を供給することで、半永久的にその効果を発揮する」


 外部からの継続的な霊力の供給。

 そんな技術は清桜会でも未だ確立されていない。

 故に陰陽師は、一術者に一式神の使用が原則だった。

 京香の式神の同時併用、それも外部からの霊力の供給によって実現しているのだとしたら……。


「事象対象はという制約はあるが、それでも共謀者をノーリスクで生み出せるのだから、私としては動きやすいことこの上なかったよ」


「……! いやでも、式神を運用できるほどの霊力をどこからっ……!!」


「お前の目は節穴か。……にあるだろ」


 先生は俺の背後を指した。

 そして。

 俺はその光景を見てしまったことを、ひどく後悔した。



 俺の視界に飛び込んできたのは、――――――おびただしい数の「死」。

 山積みにされた

 男か女かも判別不能なほど腐乱が進んでいるモノ。

 瞳孔が開かれたまま、恐怖に顔を歪めたまま、亡くなっているモノ。

 目を覚ました時から漂っていた異臭の正体が分かった。

 分かって尚……。


「うっ……」


 体の奥底から込みあがってくるものを、我慢することができなかった。

 激しい嗚咽と共に、俺は込みあがってきたものをそのまま床にぶちまける。

 涙が滲み、喉が焼けただれるように痛い。


「人から放出される生体光子バイオフォトン

 それをいかに少ないリソースで最大の供給を得るか。

 それは……、希望をちらつかせて――――――殺すこと。

 様々な方策を試行し、得た結論だ。

 恐怖、焦燥、憎悪、絶望、怨恨、悲哀、死の間際の人間は色々な感情を抱く。

 そしてそれらは、死後も魂の情報と共にこの世に残り続ける」


 それを動力源として、式神を……。

 人の所業じゃない。

 先生は……。

 いや、この人は……!!


「何で、こんな非道ひどいことが、できるんだよ……!!」


「――――――非道ひどい? ……お前にはもうすでにあるんだがな」


「……!」


 先生の視線が冷たく昏いものに変わる。


「言ったはずだ。陰陽師とは、『探求する者達』のことだと。

 一介の国のいぬに成り下がり、一般市民の命を守るのが私たちの仕事であり義務


 ……


 その声音に混じるは、―――――怒りの感情。

 先生はため息交じりに前髪を大きくかきあげた。


「私はね、宮本。へと進みたいんだ。誰も見たことのない景色を、見たいんだよ」


「だからって、こんな大勢の人を殺すなんて……!」


 小馬鹿にするような性質を伴った、睨め付くような視線。

 やがて先生は無知な子どもを諭すように、穏やかな口調で言葉を紡ぎ始めた。


「……君は知っているか? 『蘆屋あしや道満どうまん』という陰陽師を」


 蘆屋道満。

 それは現代陰陽道で……いや、陰陽道全般においての大きなである。


「平安の外法使い……」


「……そう。

 かつて我らの祖である安倍晴明と闘い、そして敗れた過去の陰陽師だ。

 ではなぜ、清明と敵対したのか……分かるか?」


「……」


「……分からないはずだ。これは歴史から消された陰陽道のとされているからな」


「……その陰陽師とこの状況、何の関係が……!」


「大いにある。道満は……奴はな、になろうとしたんだ」


「は……?」


「『成神なるかみ』。

 彼が提唱した術式さ。

 人の身でありながら、式神とすることにより、さらに高次元への存在へと進化する秘術。

 それは、この世の理への冒涜――――――」


「……そん…なの……、馬鹿げてる……」


「我らが祖も、そのように思ったらしい。

 道満を術式ごと殲滅、『成神』を禁忌とした。

 そして、陰陽道では式神を使する清明の術式が一般化した……。

 ……でもね、宮本。

 私には道満の思想が理解できるんだ」


 陰陽師として、さらにその先へ――――――。


「新型としての限界はすぐに訪れた。

 そんな時に……私は、禁忌と呼ばれる外法を知った。

 私は、まだ自分の知らない世界があることに愕然としたよ。

 まだ私は先に行ける、陰陽師としての高みへ!!」


「その外法のために……罪のない一般人を……!?」


 自分自身のエゴのために、そんなことのためだけに、こんな惨状を生み出したって言うのか……?


「……理解できないだろうな。お前には」




 私が目指した陰陽師の先には何もなかった。


 だから。


 私は先へと進むんだよ。



 そう言いながら、先生はの護符を取り出した。



「式神発動、神名『病符びょうふ』!!!」



 新たな『特別オリジナル』の発動……!

 先生の傍らに顕現したのは、人の背丈ほどある体躯を持つ――――――牡鹿おじか

 しかしその瞳に生気は宿っておらず、体も所々黒く変色している。




「今より、を始める――――――」



「っ……!!」



 転瞬。

 傍らの牡鹿の首が、ゴトリと床に落ちる。

 いや、違う。

 ―――――

 首だけに留まらず、牡鹿の手足がズルリと溶け、バランスを失ったその巨躯は床へと崩れ落ちる。

 そして。

 それに呼応するかのように先生の体も―――――その形を変え始めた。

 手足は関節の可動域を越えて曲がり、式神同様に溶け始める皮膚。

 それは見るも醜悪な、思わず目を背けたくなるようなだった。




「『病符』の発現事象は「」」



 数刻前まで先生だったモノ。

 ドロリと溶けた人体がうごめき、今しがた発動した『病符』と同化してゆく――――――。







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