第32話『喪失と略奪』
人と神。
異なる性質を持つもの同士が混ざり合い、別の何かへと変質してゆく。
先生だったものはやがて、異形の姿にその輪郭をも―――――変える。
『一つ、式神との融合。
二つ、魂の
三つ、大霊場の発現。
以上の要件を満たしたとき、成神は成立する……』
「っ!!」
式神と融合した先生は、俺の頭上を飛び越えて――――――。
背後の死体の山に
何かを掻き混ぜるような不快な音が辺りに響き渡り、そして。
眼前の死体の山が、融解を始める。
「何だよ、これ……!」
人体、式神、死体が混ざり合い、溶け合い、そして生まれた
それは――――――巨大な肉塊。
表面はヌラヌラと気色の悪い光を輝き、遺体の一部だと思しき、所々から飛び出す腕や足。
そして肉塊に表出する数多の
先ほど見た苦悶に歪んだ表情、それは惨たらしい遺体のモノに他ならない。
それが肉塊の禍々しさを一層倍増させていた。
その肉塊の上に、
肉体は、もはや上半身のみとなり肉塊に下腹部で結合している。
もはやそれは人とも式神とも呼べない。
それは言うならば、『悪霊』。
それが今の先生の姿にふさわしい表現に思われた。
『過去の記録では、五百の贄ですら成神が成立しなかった例もある。
……だから、念には念を入れた』
『……
ただただ愉快そうに嗤う目の前の人外に、寒気を覚える。
九百九十二―――――。
それが何を意味するのか。
信じられない。
信じたくもない。
「贄」、それはつまり。
「っ……!!!」
……歯を思いきり食いしばると、口内は仄かに血の味がした。
「……先生。一つだけ教えてください」
『なんだ』
「俺を狙った理由は……、
『……そんな当たり前のことを聞くのか? お前に
「……!」
『『六合』の発現事象は「拡大・拡張」……と聞いていた。
それ故に、『病符』で取り込み、『融解』の発現事象の効果を底上げを図った。
『病符』の効果範囲を
それだけ大勢の人間が死ねば、放出される生体光子も臨界を越える……!』
残酷な計略を嬉々として語る先生。
そこに俺らを導いてくれる「先生」としての姿は存在しない。
ただ己の願望を滲ませ、どんな犠牲も顧みない異常者に俺の目には映った。
『……しかし、『六合』は発動する気配もない。
術者と思しきガキも、学園で無能の烙印を押されている』
「あの晩、俺を出撃させたのは、式神の発動を促すため……!」
『……その通りだよ、宮本。
術者が死の危機に瀕すれば、式神も発動するのではないかと考えた。
故にお前を洗脳し、夜の新都へ出撃させた』
俺にはその
恐らく、京香を洗脳している『蚕室』とかいう式神の発現事象。
『……結果は失敗だったがな。
根本的な要因は未だに分からないが、お前の洗脳は
挙句の果てに『六合』は発動しないどころか、変な『狐』が表れる始末っ……!!』
その時のことを思い出したのか、先生は憎々しげにそう吐き捨てた。
『
でも、まぁいい……。十二天将自体はこうして手に入った』
先生の目線の方向。
そこには、清桜会によって封印されていた、あの
『……式神の霊力出力が最大に達するのは、術者が死に瀕したとき。
そして――――――
肉塊にぶら下がっている
それは視認すら可能なほど濃密な霊力の奔流。
「一体、何を……!?」
本能的に感じる嫌な予感。
冷たく昏い亡者の霊力、無念のままこの世を去った者達の怨念。。
そして、一瞬のタメの後。
霊力を纏った腕が――――――高速で放たれた。
その腕の先には。
京香がいた。
―――――まさか!!!
「っ!! 京香ぁ!!!!」
洗脳。
それは
どれだけ声を張り上げても、どれだけ呼び掛けても、彼女の――――京香の魂には届かない。
「逃げっ!!」
転瞬。
放たれた腕が、京香の腹部を正面から
貫通の衝撃で周囲には鮮血が飛び散り、京香の泉堂学園の制服を、紅く染め上げる。
「あっ……、ごふっ」
京香は真っ直ぐに先生の方を見たまま、血の塊を吐いた。
貫通した腕にはすでに形状崩壊し、抑えを失った血液は止めどなく京香の細い体から流れ出ている。
「京香ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」
―――――京香に何してっ……!!
俺は半ば無意識に『虎徹』の護符を取り出し、――――起動。
異形と変わり果てた先生へと肉迫していた。
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
『宮本……』
こんな激情を自分が抱くとは思わなかった。
それは―――――純粋な殺意。
眼前の
ただただそれをぶつけるためだけに、俺は剣を振りあげていた。
しかし。
『私が求めているのは、
先生へと斬りかかるその僅かの間隙―――――。
パン、と乾いた音が鳴り響く。
音の発生源は俺の持っている剣、つまりは『虎徹』。
「……! がぁっ!!!」
確かめる間もなく俺の体を衝撃が襲う。
慣性の働くままに飛ばされ、二転三転廻る周囲の風景。
そして、地面に叩きつけられる俺の体。
「うっ……」
霞む視界で、天井を捉える。
視線を横へと向けると、そこには遠くの方に肉塊から伸びる腕を触手のように動かしている先生の姿が見えた。
あの腕で振り払われた……!
「クソ……!」
体の内側から響いてくる鈍痛を噛み殺し、その場に起き上がる。
――――まだ俺は負けていない。
まだ俺は、生きている。
立ち向かわない理由はない……!
『
「……!?」
―――――軽い。
手に持った式神に先ほどまでの重量感が、ない。
ゆっくりと手に持った虎徹に目線を向けると。
「そんな……」
剣の切っ先が、
思い出したのは、吹き飛ばされる前のあの
恐らく―――――。
「あの時……!」
―――――あの時、既に『虎徹』は折られていた。
『あんなに大きく隙を見せたら……ダメじゃないか』
『虎徹』の起動は自動解除され、半分ほど破れた護符の形へとその姿を変える。
「クソ……ちくしょう……!! ちくしょうっ!!!!!」
『……これだけの
冷や汗を額に滲ませながら苦悶の表情で喘いでいる京香。
その手に握られた『六合』は未だ黒い護符の姿を保ったまま。
そして、その握力も限界が訪れたのか、六合は京香の手を離れ、ハラリと地面へと落ちた。
『『六合』の使用は諦めるべきか……、だったら……古賀』
「う……ごほっ……う……は、はい。先生……」
フラフラと、足下もおぼつかない。
その場に立っているのもやっと―――――。
口から溢れ出る血液を床に吐き、京香は先生の方を向く。
『―――――
「…………え」
肉塊から伸びる数多の腕。
それが一斉に京香の方へと伸び、そして―――――。
「京……香……?」
膨張と収縮を繰り返す、グロテスクな腕。
それはやがて京香を掴んだまま、
そして、周囲は暗闇へと―――――包まれる。
「京香……、京香ァっ!!!」
俺の声は暗闇の中にこだまし、……消える
『……『
暗闇に響く先生の声。
しかし、内容を聞く余裕なんて今の俺にはなかった。
『数年かかるような研究・解析もコイツがいればわりと楽でね。『
京香……、そんな……。
今の俺にはただ、呆然と暗闇を眺めることしかできない。
手に握られた破れた護符、こんなものじゃ……なにも……。
『中には例外もあるが、発現事象の
暗闇に、ぼんやりと灯る光―――――。
いや、違う。
これは……。
「炎……?」
光源へと視線を向けると、肉塊の周りに複数の
それは紛れもなく―――――。
『ふふっ、素晴らしい……。これが
目の前の醜い肉塊が。
赤竜を扱う、凜とした京香の姿と、重なる。
「……それは、お前のものじゃない……」
『……聞こえないな』
「それは……、お前のものじゃないって言ってるんだ!!!!」
『そうか。……ならば、取り返してみろ。
「……、 っ……!!」
周囲に響く爆発音。
満ちる熱気と、
炎の一点集中による極限まで高められた破壊力。
舞う砂煙の間を縫って、天井に
そこから差し込むのは―――――月光。
『……じゃあな、宮本』
肉塊は落ちてきた瓦礫を踏み台にして、今しがた開けた天井の穴へとくぐり―――――。
跡形もなく、その姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます