第23話『自分だけの正解』
「お前ら、やってくれたな……」
目の前には見るからにご立腹と言った出で立ちの服部先生。
その瞳は閉じられ、腕を組み、つま先をトントンと規則的に鳴らしている。
「修練場の無断使用。授業外での式神の起動。挙げ句の果てに怪我人を出すとは……。随分と偉くなったものだな? 宮本」
「……すいません」
真崎達は既に医務室に運び込まれ、現在進行形で治療を受けている。
しかし、さすがに手加減はしたとは言え、仁も紛う事なき「旧型」の陰陽師。
一介の学生風情が、仁の一撃を受けて無事であるはずがない。
最近、ずっと行動を共にしていたから分かる。
入院……とはいかないまでも、全快にはそれなりに時間がかかるのではないだろうか。
「それに……『狐』」
俺の後ろには、特に悪びれる様子もなく仁が佇んでいた。
ただひたすらこの状況をめんどくさそうに、欠伸をしながら俺と先生を半目で見ている。
「君の存在は
「……」
ハナから説教なんて聞く気が無いと、態度からそれが伝わってくるようだ。
「状況は分かっている。上堂達にけしかけられたのだろう?
しかし、……明らかに
先生は顔に手をやり、これ見よがしに大きな溜め息をつく。
そりゃ、やりすぎ……だよな。
脳裏に浮かぶのは、口から泡を吹き、顔をパンパンに腫らせ、完全にノびていた二人。
それに加えて、修練場の中を見回すと壁や地面に窪みが生じていたり、たった二発の攻撃にしては目に見える傷跡が多く見受けられる。
いくら使用頻度が低い修練場であっても、学園の施設の一部。
修繕しないわけにはいかないだろう。
正直、真崎達のことでそこまで罪悪感はなかったけど、先生の様子を見ていると、一抹の申し訳なさが出てくる。
発生した事態の処理をするのはいつだって生徒を管理している者、つまりは先生自身に他ならない。
「狐……話を聞いているのか? 要は、
「へいへい」と仁は頭を掻きながら、欠伸を噛み殺している。
明らかに舐め腐った態度―――――。
そんな様子の仁を見て先生もやがて諦めたのか、俺に向き直った。
「今回の件は
……お前らの処分についてはそれからだ」
「どうぞ、ご勝手に~」
「……もういい、行け」
……珍しい。
先生が匙を投げるなんて。
頭痛に耐えるかのようにこめかみを抑えている先生。
俺の背後では、「んじゃ、さっきの食堂に行ってるぞー」と呑気に歩いていく仁。
カフェテラスのことを言っているのだろうが、その姿には当事者意識のかけらもない。
「……宮本、奴の手綱はちゃんと握っておけ」
仁が修練場のドアから出て行ったのを確認すると、先生は声のトーンを低くして呟いた。
「やはり『狐』は得体が知れない。奴が我々「新型」に危害を及ぼす敵性勢力とみなされれば、秋人……いや、失礼。支部長の対応も大きく変わるだろう」
「まぁ、
「……先生って、支部長とお知り合いなんですか?」
「……ただの同期さ」
先生は煙を吐きながら、つまらなさそうにただ一言そう言った。
先生の同期ということは、支部長も一期生、つまりは「新型」として世に出た最初の陰陽師ということになる。
先日清桜会の本部を訪れた時も、同僚というよりはもっと親身な仲という印象を受けたけど……そうだったのか。
「だからって、それ以上でもそれ以下でもない。ともに研鑽を積み、苦汁をなめ、悪霊を祓うことに日々邁進した。……今の
「……」
今の俺ら……か。
日々、切磋琢磨し「新型」の陰陽師として大成する。
それが俺らに求められていることだ。
「俺ら……「新型」って……、一体何なんでしょうか?」
「……」
「前に先生は言っていましたよね? 『陰陽師とは探求する者達のことだ』、って」
いつか、教室での一件の際に先生が話していたこと。
先ほどの仁の問いもあったのかもしれない。
俺の中の根本的な価値観が大きく揺らいでいるのを感じていた。
「では……、「新型」の陰陽師は間違っているんですか?」
すると、先生はチラリとこちらを一瞥し、もう短くなったタバコをくわえた。
「……今の日本では、悪霊滅殺、人類救済を掲げ陰陽師の養成が行われている。
しかし、元をたどれば陰陽師とは『陰陽道を主体とした研究者のこと』を指す。
悪霊退治が第一ではないんだよ」
「……」
「……しかし、旧型やら新型やら、色々なものが入り混じる昨今だ。前に教室で話したのは―――――『私の正解』」
先生の……、正解。
「それをクラスの奴らには
……お前も陰陽師志望なら、『自分の正解』を探してみろ」
自分の正解……。
それは、一般論じゃない。
誰かの出した答えでもない。
―――――自分だけの正解。
「……何だか、難しそうですね」
「もちろん簡単ではないさ」
あっけらかんとそう言いながら最後の一吸いをし、タバコを携帯灰皿に押し付ける。
「……そもそも、俺は陰陽師になれますか?」
「……とりあえずお前は『
二本目のタバコをくわえながら先生は踵を返し、修練場の出入り口の方へと歩みを進めていく。
「……頑張ります」
「古賀も言っていたが、コツは
その後、一気に式神に纏わせていく。
……お前の式神は刀剣型だったな。ならばより鋭く、だ。
以上、講義終了」
先生はこちらを振り向き、「ま、せいぜい頑張れ」と言い残して修練場から出て行った。
後に残されたのは、―――――俺一人。
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