第16話『序列第一位』




「アタシは認めてないからね、アンタのこと」


 街に出るなり開口一番。

 京香はやはり支部長の提案に納得なんてしているはずもなく、敵意のこもった視線を仁へと注いでいた。

 人のいない中央区は酷く閑散としていて、光源と言えば空から照らされている半月の光だけ。

 京香は狩衣へと着替え、その後ろを制服姿の俺、最後尾に既に狐面をした仁と続いていた。


「……」


 京香の発言に対し、ガン無視を決め込む仁。まともに取り合うつもりは無いようだ。


「支部長も訳わかんない! アンタみたいな怪しい奴に頼むなんて!! 

 あたし一人いれば新太くらい守れるのよ!!」


「……」


「大体、何でこの三人で行動しなきゃいけないのよ! 囮作戦だか何だか知らないけど、あえてをうろつかせる意味も分からない!」


 そう。

 俺達がこうして夜の街を歩いているのには、ちゃんとしたがあった。

 京香も言っていたが、敵の狙いが俺であると仮定して、この夜道に誘い出す言わば―――――囮作戦。

 俺を餌にして敵さんをおびき出し、京香と仁で迎撃する。

 要するに、追われるぐらいなら、こちらから迎え撃つということだ。

 そもそも敵がいるという仮定の下、この作戦が成立するわけだが、どうも京香は支部長の考えには賛同しがたいようだった。


「……弱い奴ほどよく吠えるってね」


「何ですって……?」


 ……ヤバい。

 それはだ。

 何よりもその家柄、地位にプライドをもっている京香に対して言ってはいけないことランキング第一位。

 他者との比較には毛ほどの興味も示さない京香だが、陰陽師としての優劣、そもそものに関して、京香は異様なほどに過敏に反応する。


「今から、ここでアンタと闘りあってもいいんだけど?」


 ……こうなるんじゃないかと思った。

 しかし、今は作戦遂行中であるという手前、仲間割れはマズい。


「京香……落ち着いて。仁も……」


「へぇ……アンタ。仁って言うんだ」


 途端に京香から溢れ出す霊力。

 俺の制止なんてまるでなかったかのように、その体に霊力を充填させてゆく―――――。


「……俺ら同士でやり合っている暇は無いんじゃないか?」


 仁に言われて気付いた。

 俺らの周囲には既に濃密な昏い霊力、それが意味するのは悪霊の現界。

 改めて感知を行う必要が無いほど俺らの周囲に集まってきているのが分かった。


「……続きは、コイツらを祓ってからね」


 怒髪天を衝かれた京香も、こればかりは対処せざるを得ないと思ったのか、敵意の対象を周囲へと向ける。


「強そうな奴はこっちに回しなさい。雑魚は任せるわ」


 言うが早く、京香は懐から護符を取り出した。

 それは普段の講義で用いられる実習用ではない。

 清桜会支給、正規用プロダクションモデルの人造式神に他ならない。


「起動、祢々切丸ねねきりまる』」


 京香の護符はやがてその姿を変化させ、一振りの日本刀が顕現した。

 ―――――祢々切丸。

 刀剣型の式神で、発現事象は『反射』。

 

 近くで様子を伺っていた一匹の悪霊が、痺れを切らしたかのように京香の眼前へと飛び出てくる。

 その人型の悪霊は京香へ肉迫、奇声を上げながら飛びかかった。

 

「っ!!」


 鉤爪での一撃を式神で受け、背後へと跳躍―――――間合いを取った。


 瞬間。

 ―――――悪霊の背後に、京香はいた。

 いつの間に納刀したのか、その式神の刀身は鞘に納められていた。


「……遅いんじゃない?」


 ―――――抜刀。

 悪霊の胴体を薙ぐ一閃。

 しかし、それはただの一振りではない。

 今しがた悪霊から受けた力学的エネルギーの『反射』。

 つまりは「威力の上乗せ」に他ならない。


「縺昴s縺ェ鬥ャ鮖ソ縺ェ???」


 何が起こったのか気付かないまま、悪霊は形状崩壊。

 新都の大気へと霧散する。


 飛び出した悪霊を皮切りに、悪霊達は一斉に行動を開始した。

 低級と思しき小型の悪霊が俺と仁とを取り囲み、波状に襲いかかってくる。


「クソっ……!」


 俺も霊力を捻出し、何とか悪霊の攻撃をいなすのがやっと。

 式神でなければ悪霊を完全に祓うことは不可能。

 式神を持たない俺がその身を守る手段はたった一つ。

 それは霊力を込めた徒手空拳以外存在しない。

 ―――――でもこのレベルなら、致命傷を受けることもない……!

 幸い低級であるが故に物理的干渉が少なく、いなしやすい。

 俺でも合気の要領で次から次へと襲い来る悪霊に対処できていた。


「……っ!!」


 でも、数が多すぎる……!

 波状攻撃。

 つまりは常に周囲に悪霊がいて、それに対処しなければいけない。


「仁っ……!」


 式神を保有する片割れ、つまりは仁に助けを求めるべく、隣へと目線をやる。


「よっ、ほっ」


「……!」


 当の本人はやる気があまりないのか、俺同様に適当にいなし時折祓う、そんな状況。

 何で本気出さないんだよっ……!

 昨日の鬼神のごとき敏捷性、腕力は見る影もなく、何なら合間に欠伸なんてしている始末。


「ちょっ……、マジで助け……!」


 ドパンと、唐突に俺の目の前にいる悪霊が集団ごと飛び散った。


「新太、大丈夫!?」


 京香は既に祢々切丸を解除し、の式神を起動させていた。

 形状から察するに、アレは『天羽々矢あめのはばや』。

 弓形の式神だが、正確には発現事象の効果を発揮するのは、その「矢」。

 ―――――『屈折』。

 弓矢から解き放たれた「矢」の軌道、それは式神の使用者に依存する。

 対象を補足、座標指定、そして。


「……食らいなさい」


 対象を自動オートで追尾し、―――――祓う。


「うわっ……!!」


 再度、俺のすぐ傍の悪霊が弾け飛び、霧散。

 味方に着弾しないようなZ軸まで及ぶ緻密な座標指定。

 この制圧力はさすがと言わざるを得ない。

 改めて戦闘しているところを見ると、京香はやはり紛う事なき天才。

 特待隊員にして既に部隊長クラス。

 そして、泉堂学園二学年序列第一位。

 支部長直々に命令を下される実力の持ち主だ。



 ―――――「天才」と、京香がそううたわれる所以ゆえんは二つ。



 その一つ目は、式神のによらない戦闘スタイルである。

 普通の陰陽師であれば、自分の得意な系統の式神を主に使用することになる。

 要は、刀剣型に秀でた陰陽師であれば、刀剣型。

 霊獣型に秀でた陰陽師であれば、霊獣型。

 その中でも相性云々は存在するが、基本的に自分に適した系統の式神を用いて戦闘を行う。

 しかし……彼女は別。

 一体の系統の式神を扱えるのか、俺も把握しきれていない。

 刻々と移りゆく状況と悪霊の出方次第で次々と式神を使い分ける様は、何度見てもどこか現実離れしている。




「……?」


 おかしい。

 それにしても、式神の交換が早い。

 こんなにコロコロ変える必要があるのか?

 心なしか、体捌きもどこか普段とは違う。

 大袈裟に。

 大胆に。

 まるで誰かに―――――。

 戦闘の最中、京香と何回も視線が交錯する。

 俺に対してではない。

 俺のにいる人物。

 つまりは……。


「っ……! 仁を意識してるのか……!」


 悪霊を祓う効率を完全に度外視した動き。

 それは、『狐』……つまりは仁というへの当てつけ。

「古賀京香」としての矜持を見せつけるためのものに他ならない。


「負けず嫌い、って言うレベルじゃない……」


 ここまで来るともう意地だ。

『天羽々矢』から打ち出された矢は、的確に悪霊の群れに飛び込み、爆風や衝撃波を現在進行形で生み出している。


 ―――――しかし。

 京香の式神による追撃を以て尚、悪霊は依然最初と同じ物量をキープし続けている。

 要は、祓った悪霊の数よりも出現する悪霊の数の方が圧倒的に多いということ。

 周りの悪霊をある程度掃討したところで、次から次へと湧き出てくる。


「いつまでっ、耐えれば……! ……仁、ちょっとはやる気出せよ!」


 圧倒的な物量の差。

 これをひっくり返すためには、圧倒的な「個」の力が必要不可欠。

 仁だってそれを分かっているはず。

 なのに……!


「……見てろ、ってさ」


「……!?」


「あの女がでそう言ってんだよ。

 だから見てる。


 お前も気付いてるだろ? 


 わざと俺に見せつけるように動いてんだ」


「……!」


「ほら、奴さん何か始めるようだぜ」


 京香の方を見ると『天羽々矢』を解除し、既に護符となった式神を手に握っていた。

 このままでは拉致があかないと判断したのだろう。

 手当たり次第に対処していては、現状は変わらない。


 つまり。

 ―――――今から京香は、現状を変える一手を打つ。



「『狐』!!」


「……」


「『旧型』が!!!」


 京香が新しく手に持った護符。

 それは先ほどまで彼女が使用していたものとに異なる。

 特定の選ばれし者しか扱うことのできない、人造式神の元に成りうるモノ―――――。


 ―――――『特別オリジナル』。





「……式神発動、神名しんめい赤竜せきりゅう』!!!」





 京香が「天才」と言われるその所以、二つ目。

 


 彼女もまた、『旧型』と呼ばれる陰陽師の一人である。




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