第14話『陰陽師を統括する者』



「はぁ……」


 ガタンゴトンと中央区行きの電車に揺られながら、やるせない感情を精一杯込め、溜め息と共に吐き出す。

 なんだか毎日帰り際にテンションが下がっているような気がする。

 それも全部自分の不甲斐なさのせいなんだけど……。


「おお~、電車なんて久々に乗るわ~」


 もうすぐ夕方という電車内は閑散としていて、ポツリポツリと主婦らしき姿が数えるくらいしかない。

 帰宅ラッシュを避けるために、早めに学校を出て来た甲斐があった。

 人混みはあまり好きじゃない。

 今、俺がこうして慣れない電車に乗っているのは、清桜会の本部に向かうためである。

 昨日の件で予想通り招集がかかった。

 これからの俺の処遇を決めるために、尋問……は言い過ぎか、事情聴取と言ったところだろう。

 いずれにせよ、あまり長引かなければいいけど……。


「おい、新太。本部ってこんな街中にあるんだな!」


 何かよく分からないが、先生も後で合流するらしい。

「……仕方が無いから言ってやる。感謝しろ」と小言を言われたのは記憶に新しい。

 あんなぶっきらぼうな先生でも、生徒のことを思う感情があるのだろうか。


「おい! おい!! あれか!? あの建物か!!!?」


「……あの、。頼むから静かに乗ってくれよ」


 現実逃避終了。

 完全にガン無視していたが、あまりにもうるさいのでつい声をかけてしまった。

 俺の隣には、謎の陰陽師、『狐』の正体である黛仁がいた。

 なぜ、仁が俺と同じ電車に乗っているのか―――――。


 説明は僅か四行くらいで事足りる。

 俺、学校から出る。

 仁、それを待っていたのかのように校門前で俺に話しかけてくる。

 これから本部に行くことを話す。

 仁「俺も行くわ」


 終了。

 まぁ、俺としても渦中の人物である『狐』、つまり仁がいた方が何かと説明しやすい。

 何なら本人から喋ってもらえばいいのかもしれない。

 ……そうだ、それがいい。

 全部丸投げしてしまおう!

 聞かれたこと全部に「私は被害者です」と言う決心をしたところで、目的地である新都中央駅に到着した。



 ***



「宮本新太様と……、その後ろの方は……?」


「あっ、狐と申します。どうぞよろしく」


「狐……様ですか、分かりました。少々お待ち下さい」


 ……何の茶番?

 清桜会本部の受付嬢は不思議そうな表情を浮かべながら、社内連絡用であろうスマホを手に取った。


「何か……陰陽師の施設っぽくない建物だな」


「まぁ、そうだね」


 清桜会新都本部はバリバリ新都の一等地、『中央区』にある。

 そもそも中央区自体、行政の中心であり様々な法人が入るビルが建ち並ぶオフィス街だったりする。

 国家機関である清明桜花会は、元を辿れば防衛省の傘下組織として発足。

 自衛隊にはまだ及ばないものの、構成全員はおおよそ十万人。

 清桜会の規模と、昨今の社会情勢を鑑みると、都市の中央に本部を構えるのはごくごく自然な成り行きであると思う。


「来たか」


「……?」


 コツコツとヒールを鳴らしながら、こちらへと近づいてくる人影が一つ。

 いや……二つ?

 一人は事前に話に聞いていたとおり、服部先生がタバコを吹かしながらこちらへと向かってきている。

 その後ろにいるのは……京香か!?

 めんどくさそうな顔を浮かべている京香。

 欠伸を噛み殺しているところを見ると、心なしか少し眠そうだ。

 ……まぁ、それもそうか。

 昨日の夜も出撃。そして今日も朝から学校に来ていた。


「本当は出撃の前に仮眠をとりたかったんだけど」


 チラリと目の前の先生を一瞥する。


「……アンタとの関係性、そして昨日あの現場にいた、ということから私も立ち会うように言われたのよ」


「先生と支部長にね」と付け加える京香。

 それは難儀なことで……。


「お待たせしました、宮本様。支部長と連絡がつきました。十五階の室長室まで上がってくるようにとのことなんですけど……」


 受付嬢はそこで言葉に詰まり、新たに現れた先生と俺とを交互に見る。


「案内は必要でしょうか?」


「……いや、必要ない。私が連れて行く。ご苦労」


「分かりました、よろしくお願いします」


 言うが早く受付嬢は本来の自分の業務に戻ったようで、目の前のpcを叩き始めた。


「よし、では行くぞ」


 先生の後に続けて移動を始める一同。

 エレベーターに乗り、目的の階へ。


「……?」


 何か京香がソワソワしている気がする。

 チラチラと後ろを頻繁に気にしていて、挙動が落ち着かない。

 やがて、痺れをきらしたのか俺に耳打ちをしてきた。


「新太。あの子って何?」


 あの子……。

 あぁ、仁のことか。

 当の本人は珍しそうに一番後ろからひょこひょこと着いて来ている。

 なんて言えばいいのか。

 京香は俺だけでなく、『狐』にも強い興味を持っていた。

 今俺らは本部に来ているし、何なら隠すようなことでもないとは思うけど……。


「あの子と知り合いなの?」


「……」


 まぁ、いいか。


「……アイツは『狐』だよ」


「…………は?」




「では、中に入れ」


 ガチャリと音を立てて、重厚な木の扉が開く。

 扉の『支部長室』と書かれたプレートを横目に、言われるがまま部屋へと足を踏み入れた。


「……!」


 部屋の中は土足で歩くのに申し訳なさを感じるほど高級そうな絨毯が敷き詰められ、壁の本棚には何の文献なのか、古い背表紙の本が所狭しと並べられている。

 中央にはベルベット生地の対面ソファと黒光りするテーブル。

 奥には高そうな木のデスクがあり、その後ろは一面ガラス張りの窓。

 夕暮れの新都が一望でき、高さは及ばないものの景色だけで言ったら、新都タワーの展望テラスに匹敵するのでは無いかと思った。


「連れてきたぞ」


「……楓、案内ご苦労様」


 夕日を反射するビル群を背景に一人佇む男性。

 恐らくこの人が―――――支部長。

 ゆっくりと歩みを進め、表情が見えるくらいまで近づいてくる。


「……!」


 身長がデカい……!

 平均身長位はあるはずの俺よりも頭一個分違う。

 艶やかな着物を着たメガネの痩身の男性。

 天然パーマなのか髪の毛は色んな方向にねじ曲がっていて、タハハ……とどこか頼りなさそうな笑みを浮かべている。


「清桜会新都支部支部長、支倉はせくら秋人あきとです。よろしく」


「あっ、俺は……」


「宮本新太君。……だね」


「……えっ?」


 まるで以前あったことがあるのような支部長の口ぶりに、呆気にとられる。

 初対面……だと、思うけど。

 どこかで会ったことあるっけ……?

 京香や先生から色々と事前情報として俺の事を聞いていたのかもしれない……けど。


「……?」


「……あぁ、ごめん。こっちが一方的に知っているだけだよ」


 頭に疑問符を浮かべている俺の様子を見かねたのか、支部長は苦笑いで言葉を紡いだ。


「そして……、君が『狐』君だね」


「あ……ども」


 それまで部屋の中を物珍しそうに見ていた仁だったが、さすがに必要最低限の礼儀は心得ているようで、支部長の方を向き、軽く頭を下げた。


「……二人とも、ご足労感謝するよ」


 俺と仁を交互に見つめる支部長。

 ……何か、思っていたのと全然違う雰囲気だ。

 支部長から漂うのは、まるで親戚の子どもが遊びに来たときのような歓迎ムード。

 もっとこう……取り調べみたいなものを想像していたんだけど。


「まぁ、立ち話もなんだ。座って座って」


「あ……どうも……」


 言われるがままに、俺は眼前のベルベットの生地のソファに腰をかける。

 俺の隣に仁。

 そして、目の前に左から支部長、先生、あと……仁を穴が空くくらい睨んでいる京香。

 露骨っ! 露骨すぎだろ……。

 当の仁はそれを別段気にする様子もなく、何食わぬ顔でちょこんと席についている。


「新太君」


「は、はい……」


「あの晩、?」


「はい…………え……?」


 あの晩?

 昨日のことじゃないのか……?

 あの晩って……。

 俺が、出撃して仁に助けられた、のことか?

 予想だにしない問いに、思考が停止する。


「昨日のことで……俺、今日呼ばれたんじゃ……」


「そちらの『狐』君に巻き込まれたんだよね? 現場に出てた陰陽師の記録ログを見れば、それは確認できる。君が一方的に連れ回されているようだ、という旨の報告も受けているよ」


「は、はぁ……」


「それは不問にするよ。当の本人も隣にいるし、後でゆっくりと話を聞くことにするね」


「僕が聞きたいのは三週間前の事。君が出撃した日の夜のことだ」


「……?」


「―――――あの晩、君はなぜ出撃したんだい?」


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