第8話『邂逅』



[南区泉堂学園前 17:45]




「はぁ……」


 医務室で張られた湿布&テーピングの効果は未だ継続中。痛みは大幅に抑えられている。

 復帰初日にまた怪我。でも、今は体よりも心の方が痛んでいた。

 帰路についてから、もう何度目の溜め息だろう。

 気を抜くと今日の実習のことを自然と思い出してしまう。

 ―――――結局、俺の剣じゃ式神には敵わない。

 霊力のディスアドバンテージを補うための剣術。

 陰陽師として闘える可能性を広げるために頑張ってきたのに……。

 剣術の素人にも負けてしまうなんて。

 ……こんなんで陰陽師になれるのか……?


「……アイツらは、次実習でシメるから」


「別にいいよ……」 


 京香は隣で眉間にしわを寄せている。

 本来はここに虎も交ざっているのが通常なのだが、用事があるとかでさっさと帰ってしまった。

 故に今日は二人での帰路ということになる。


「俺がもっと強くなればいいんだ。ただそれだけ」


「……」


「……まぁ、そんなことよりもさ。この後、京香は出撃だろ?」


「そうね。……今日から増員が始まるみたい」


「……そっか」


 悪霊数の増加に伴う陰陽師の動員。

 それが正規隊員だけではまかないきれないところまできている、との話は最近学生の間で囁かれていた。

 正規隊員が補充できないとなると、次に動員されるのは俺達、陰陽師養成学校の「学生」。

 とは言っても、いきなり全学生というわけではない。

 京香のようなはあるが、一、二年生はまだ陰陽師としての修練や経験が十分ではない。

 そのため出撃命令が出されるのは主に三年生だろう。


 しかし京香曰く、経験のない者をいきなり激戦地に投入する予定はないらしく、配置されても悪霊が過疎化している区域だろう、とのこと。

 ……それもそうか。

 現場経験の有無は実践での大きな考慮要素になりうる。

 学校の中と現場では天と地ほどの差が存在する。それが分かっていない上層部ではないだろう。


 学生動員について京香とポツリポツリ言葉を交しながら道を歩いていると、分かれ道に差し掛かった。

 俺らの自宅があるニュータウン方面と、南区市街地へと向かう道。

 京香はこれから街へと向かうので、ここで別れることになる。


「じゃあ、新太。またね」


 手を振りながらそそくさと駆けていく後ろ姿を静かに見送った。

 あまり時間的余裕もないのだろう。 

 腕時計を見るともうすぐ十八時。

 夜間の都市封鎖ロックダウンも行われていることだし、あまり外に居たくない。

 ……俺も、行くか。

 道場への道を一歩を踏み出した時だった。





「…………?」


 誰かに呼び止められた。

 声のする方向、つまりは俺の背後を向く。

 すると。

 後ろには、一人の少年が立っていた。



 誰だ……?

 と言うか、

 ここにはさっきまで京香がいた。そして、俺らの周りには誰も居なかった……と思う。

 見覚えのない、どこか幼さの残る顔。中学生か?

 身長は俺よりも10センチ位は低いんじゃないだろうか。

 ぱっと見で分かることとして、全身がとにかく黒かった。

 上は黒のパーカーに、下は黒のスウェット。

 目を隠すほどの重い黒髪。

 挙げ句の果てにスニーカーまで黒いという始末。

 俺にこんな真っ黒な知り合いはいない……よな。


「えっと……俺?」


 道を歩いているのは俺一人だけど、一応確認。

 すると、その少年はどこか小馬鹿にしたように笑った。


「他に誰がいるんだよ」


「…………」


 やっぱり俺か。


「おかしなこと聞く奴だな。何かヘンなでも見えてんのか?」


 何だコイツ。

 とりあえず、失礼な中学生だ。初対面の相手に……。

 重ねて言うようだが、俺にこんな失礼な中学生の知り合いはいない。

 それは断言できる。

 すると、その中学生はきびすを返し、ツカツカと俺の先を歩き始めた。


「……しっかし、新都ここって変な街だよな~」


 変……。

 それってどういう……?

 と言うか、藪から棒に何だ?


「有名な霊場れいじょうでもないクセに、悪霊だらけじゃねぇか」


「それは……そうだね。でも、悪霊が増えたのはつい最近のことだよ」



 話している内容からすると、この少年はこの街の人ではないのかもしれない。


「あの時の悪霊もなかなか強かったよなー。あのレベルがゴロゴロいるんだろ?」


「あの時……?」


 ……彼が何の事を言っているのか分からない。

 まるで俺とに、悪霊を見たような口ぶりだ。


「あの晩の悪霊だよー。ほら、お前が殺されかけたやつ」


「…………!」


 記憶が鮮明な映像を伴ってフラッシュバックする。

 あの夜―――――。

 俺は彼の言う通り悪霊に殺されかけ、とある陰陽師に助けられた。

 後で聞いた話だけど、正規隊員が現場に到着した時には、もう血塗ちまみれの俺が倒れていただけだったようだ。

 誰が悪霊を祓ったのか。

 そもそもそんな悪霊なんて存在したのか。

 目撃した人が誰も居ないので、あの夜の体験を裏付けるものが何も無かった。


「君……あの時見てたの!?」


「はぁ……?」


 お前、何言ってんだ?という表情。


「俺も記憶が曖昧で……。あの悪霊から誰かが助けてくれたんだ。でも、どんな陰陽師だったか分からなくて……」


「お前はバカか」


「えぇ……?」


「……いや、ちょっとマジで気付いてないの?」


《彼は出血もしていたし、意識も朦朧もうろうとしていたのだろう。覚えていなくても仕方がない》


 俺と少年とのやり取りに割って入る謎の声。

 周りを見るけれど、俺ら以外に人影はない。


「そっか……、じゃあこれなら思い出すかな?」


 少年はどこから取り出したのか、とあるをヒラヒラと振る。


「…………!」


 彼の振っているモノを見た瞬間、呼吸が止まった。

 なぜならば。

 それはまさしく、あの夜と俺の記憶を繋ぐ唯一の物だった。

 少年が得意げそうに取り出したモノ。

 それは、俺の記憶にこびりついて離れない。

 記憶の断片。


「狐……!!」


 あの夜見たまんまのを、少年は持っていた。





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