第5話『嘲笑』




「っ!!」


 思考を放棄し、「反射」に身を委ねる。

 俺の体はすんでのところで後方へ回避行動を行い、事なきを得ていた。

 ―――――完全な不意打ち。

 相手に手傷を負わすことが目的の一撃。

 立ち会いもへったくれもあったものじゃない。

 コイツの剣は、ただ俺を排除するためだけに振るわれた……!


「いきなり何を……!」


「だから言ってんじゃん、だよ。他の連中もやってんだろ?」


「こんなの立ち会いじゃないだろ……! 同意も無しに斬りかかってきて!!」


「ゴチャゴチャうるせぇな……、いいから剣を構えろよ」


 真崎はそのニヤケ面を崩すことなく、カチャリと剣先を俺の方へ向ける。

 コイツらがやりたいのは、立ち会いなんかじゃない。

 これはだ。

 自分達よりも格下の相手を、簡単にねじ伏せることを楽しみたいんだ。

 俺はその欲求を満たしうる格好の相手だと、そう判断された。


「……」


 ゆっくりと剣を構え、正中線に真崎を捉える。

「逃げる」という選択肢も確かにある。

 こんなの、まともに取り合わなければ良いだけの話だ。

 でも。


「……やる気になったか」


 いつまでも、舐められたままでは終われない……!

 俺だって、陰陽師を目指す者の一人だ。

 それに……剣での勝負なら負けたくない。

 歯を噛みしめ、式神を持つ手に力が入る。


「……」


「しゃあっ!!」


 しばしの対峙の後、やがて痺れを切らしたのか、俺との間合いを詰める真崎。

 大振りの一撃。

 大丈夫、捌ける。

 剣先を真崎へと向けたまま、背後へ移動。

 右からの薙ぎ払い、上段への振り下ろし、喉元への打突―――――。

 どれもお手本のような軌道。式神で受けるまでもない。

 今のところ、真崎の剣筋におおよそ規則性と呼べるものはない。

 特定の流派の気配もない。

 自身の肉体フィジカルのみで剣を振るっているんだ。


「おりゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「……っ」


 気迫を込めた一撃を体捌きのみで避け、体制を整える。


「クソが、避けんなよ!」


 これは……。

 剣に関して言えば、真崎は全くのド素人。

 なにも力任せに剣を振ればいいってものじゃない。

 相手との間合いや戦闘スタイル等、立ち会う上で考慮しなければならないことは数多くある。

 真崎コイツはまだそれを分かっていない。


 何はともあれ……。



 ―――――隙だらけだ。

 中段への構えを崩し、刀身を横に寝かせて体の脇へと構える。

 全身を曝け出し、―――――誘う。

 一般的に、ある程度剣術をかじったものであれば、こんな見え見えの誘いにはノッてこない。

 しかし。


「食らえやああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 真崎コイツはノッてくるよな。

 自分よりも遙かに格下と思っている相手に対し、警戒する必要は皆無。

 隙を見せれば、打ち込んでくるのは読める。

 それが、―――――何よりの隙に他ならない。


「―――――っ!!」


 上段からの一撃を『虎徹』で受ける。

 ギィンっ!という金属的な音と共に、舞い散る火花。

 力で受けるのではなく、相手にそれを返す古賀流の業。


「なっ……!!?」


 体勢を大きく崩した真崎は、式神こそ手放さなかったものの、どこに打ち込んでも反応はできないのは明白。


「っ!!」


 右足で踏み込み―――――真崎との距離を一気に縮める。

 時間がスローモーションになるような感覚。

 虚を突かれたのか、目を見開き驚愕したような表情を浮かべているのが視界の端で辛うじて確認できる。

 真崎の間合いには既に侵入し、更に肉迫。


 ―――――った。


 ガラ空きとなった喉元へ、俺の『虎徹』を滑らせた。









「……だからぁ、これって剣じゃなく戦闘なんだよ」


 完全に決まったはずの俺の一撃。

 あとほんの数刻で、真崎の喉元を刈り取るはずだった俺の一閃は。


 ―――――空を切っていた。


 手応え無く、無様にも空振った俺の『虎徹』の剣先が、地面へと着く。

 嘘……だろ?

 あそこから、あの体勢から回避行動をとるなんて……!


「何驚いてんだよ、俺らが使ってんのは『式神』だぜ?」


「発現事象……!!」


 ――――発現事象。

 式神ごとに備え付けられた、事象制御能力。

 効果範囲こそ式神によって異なるが、主に使用者、その周囲に影響を及ぼす。

 この『虎徹』の発現事象は―――――。





「『加速』……!」


「お前、発現事象を使ったことがねぇんだろ? 霊力が足らなくてなぁ!」


 真崎の『虎徹』の刀身から発される人工的な光。

 それが意味するのは―――――式神への霊力の集中。


「あっ……」


 ほんの一瞬のことだったように思う。

 俺の目の前に、

 発現事象―――――『加速』。

 その言葉の響き通り、慣性や遠心力、向心力と言った人体にかかる物理的な負荷度外視で式神使用者の移動を可能にする事象。

 つまりは、「瞬時の加速」、「瞬時の減速」が可能になるということ。

 あの晩の悪霊と同じ。

 いつのかにか間合いを詰められ、何もできずに殺されかけた。

 眼前に迫るモノが、鉤爪か、光刃かという違い。


「っ……!!!」


 一瞬の間隙の後。

 俺の背中を衝撃が襲った。


「あっ……がっ……!」


 明滅する視界の中で、真崎の姿を捉えた。

 そして、背後には固い壁の感触。

 それが意味するのは、―――――ここまで吹き飛ばされたのだということ。

 体中の力が抜け、その場に崩れるように足を着く。


「うぅ……」


 肺が痛い。

 微弱ながら霊力を纏っていたが故に、この程度で済んだ。

 しかし……。


「ごほっ、がはっ……」


 ダメージは甚大。

 直接衝撃を受けた背部からの呼吸もままならないほどの激痛。

 周囲には衝撃により砂煙が舞い、騒ぎに気付いたらしいクラスメイト達の声がする。


「宮本くーん、大丈夫かーい?」


 辛うじて聞こえる真崎の声。

 しかしその声は、俺の身を心配していると言うものではないことは明らかだ。


「……」


 手元を見ると、既に護符の形に戻っている『虎徹』があった。

 すんでのところで式神で受けれたようだけど……。

 ―――――式神に込める霊力の違いで、ここまで差が生まれてしまうのか。


『これはとりあえず火力でゴリ押せるようにする修練だ』

 先ほどの先生の言葉が、実感を伴って頭の中で鳴り響く。


「おい、そこ! 何をやっている!」


「いや、違うんすよ先生。宮本君と立ち会いしてたら勝手に何か飛んでっちゃって……」


「……怪我人を出せ、と言う指示はしていないぞ。 ……宮本、大丈夫か?」


 視線を前に向けると、心配そうな表情を浮かべる先生の姿があった。


「あ……、はい……大丈夫です」


 辛うじて声を絞り出し、その場に立ち上がる。


「とりあえず、医務室に行ってこい」


「……はい」


 先生に促され、痛む全身を引きずりながら修練場を後にする。

 最後に修練場の方を一瞥すると。


 真崎と蓮司がこちらを見ながらほくそ笑んでいた。






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