第4話『造られた式神』


 泉堂せんどう学園。

 新都南区、上総かずさ町に存在する私立の学園。

 十数年前、国家事業として陰陽師の養成が進められ、この泉堂学園も時を同じくして創設。

 一学年80人、全校生徒約240人。

 一般的に高等教育機関に該当する当学園は、現代陰陽道を始めとする諸理論や悪霊を修祓するための実践戦闘訓練を行い、職業としての「陰陽師」になることを最終目標に据え教育活動が行われている―――――。


 ***


[第一修練場 10:43]



「おい、宮本。お前やる気あるのか?」


「はぁ……はぁ……、すいません……!」


 着替えを爆速で済ませて急いで修練場に向かうと、鬼の形相の女教師、そして辟易した表情のクラスメイトの面々が授業の開始を待っていた。


「本当ならばもう始めていても良かったんだ。……古賀に感謝するんだな」


「……」


 先ほどまで俺と一緒にいたはずの京香は、何食わぬ顔してクラスメイトの中に混じっていた。

 先生の口ぶりからすると、授業の開始を待つよう打診してくれたようだけど……。

 素直に感謝する気になれないのは、京香のせいで遅れたと言っても過言じゃないから。

 行くんなら俺にも声かけてくれてもよかったろ……。


「木偶の坊が来たところで、今日の実習を始める。式神の用意をしろ!」


 木偶の坊って……。相変わらず歯に着せぬ物言いだ。

 しかし、みんなの時間を奪ってしまっていることは事実。

 加えて、クラスメイトからの冷たい視線が痛すぎる。

 これ以上俺ごときのために時間を割くのは申し訳ない。

 俺は、懐から実習用の護符を取り出し、霊力を込めた。


「『起動アウェイクン、type「虎徹」』」


 俺の言葉に応えるかのように、護符が姿形を変えてゆく―――――。

 それはやがて、一振りの日本刀の形へと変貌を遂げた。

 刀剣型の実習用式神、『虎徹』。

 周りを見ると俺同様に『虎徹』を携えている者もいれば、弓型の式神、霊獣型の式神を発現させている者もいて多種多様。

 しかし、全て実習用であるためそこに大きな差異は生まれない。


「しばらく休んでいた者もいるために、改めて説明をしよう」


 チラリとこちらを一瞥されたような気がするが、寛大な心を持ってスルーする。


「諸君らはもう二年生。実践を視野に入れ、講義を進めていく。

 まず、悪霊をにはを持って対抗する」


「諸君らが起動させたものが、その式神だ」と先生は続ける。


「正規の隊員になれば扱える式神は増える。しかし、諸君らはまだ見習い。こちらで調整した実習用の式神で修練に励んでもらう。

 

今回扱ってもらう実習用の式神は、全部で三種類。


 一つは刀剣型の『虎徹(こてつ)』。


 一つは弓型の『雷上動(らいじょうどう)』。


 一つは霊獣型の『木霊(こだま)』。


 自分の適性は使用してみないと分からないから、とりあえず使ってみることだ。最も『一術者一式神の原則』。……式神の同時併用は不可能だがな」


「せんせー、もうそこは大丈夫でーす」という声が飛び出し、先生はそこで口をつぐんだ。


「では、始めろ。……あと古賀は前回同様、弓の指南に入れ」


 それだけ言い、先生は修練場の端へ向かっていく。

 一人だけ名指しの京香は弓を持ったクラスメイト達に囲まれ、広い修練場の奥へと向かっていった。


 ……式神ごとに、修練開始って感じかな。

 広い修練場の中は、各々の式神ごと別れて何やら始めるみたいだけど……。

 周りを見てみると、『虎徹』をもっている人達も、何やら剣道で言うところの立ち会いのようなことをしている。


「……?」


 ……光ってる、のか……?

 よく見ないと気付かないが、立ち会いをしている二人の式神が微弱ながら発光しているのが分かった。

 修練の最中聞きに行くのは忍びないが、背に腹は変えられない。

 俺は立ち会いを行っている二人の近くまで行き、間を縫って声をかけてみる。 


「あの……、今って何する時間?」


「ぁ?」


 声音から分かる不機嫌さ。

 胸が痛くなるが、それを堪え、言葉を紡ぐ。


「刀身が光っているけど……それって一体……?」


「他の奴に聞けよ」


「ってか、邪魔だよ。向こう行け」


 ……。

 淡泊にも程があるほど淡泊。

 俺のことが気に食わないのは分かるけど、だからといってここまで取り合ってもらえないとは……。

 刀剣型を持っている他の生徒に聞いてみるが、ほとんど全員同じような反応だった。

 嫌われすぎだろ……。

 こんなのは慣れっこだと思っていたけど、前言撤回。今年は俺に対する扱いが更に酷くなっている。

 しかし、こうなったら最終手段。

 俺は既に床に座り込んでいる先生に恐る恐る声をかけに行く。


「あの~、服部先生」


「何だ、宮本新太。さっさと始めろ」


「一体……何をすればいいんでしょうか」


 すると、服部先生は露骨に眉間にしわを寄せ、めんどくさそうな表情を浮かべた。

 いや、待ってほしい。俺だって一応生徒の一人なはず。

 入院という不可抗力をちょっとは考慮してくれてもいいんじゃないか!

 先生はタバコに火をつけ煙を吐き出すと、めんどくさそうに口を開いた。


「……他の奴らがやっているのは『霊力装填れいりょくそうてん』による実践修練だ」


「『霊力装填』……」


「式神を起動させるだけでは、戦闘で使い物にならない。式神に霊力を込め対象を祓う」


「なるほど……」


「実習用の式神は調整されていると言ったろ? 

まずは、霊力を込めることに慣れろ。後は勝手に式神が自動オートで霊力を増幅し、正規隊員同様のパフォーマンスを発揮できる」


「実習用式神って便利ですね……。霊力を増幅してくれるなんて」


「あくまでも実習用だ。霊力の増幅も修練場のみの副次的効果に他ならない。

 本来の式神はもっと「五行」やら「発現事象」の性質が絡む。

 これはとりあえず火力でゴリ押せるようにする修練だ。

 

……まぁ、理論と実践は別物。とりあえずやれやれ」


 なるほど。何をするか、概要は分かった。

 

 ―――――式神に霊力を込める。

 

 言葉で言うのは簡単だけど、どこか感覚的なイメージは拭えない。

 いくら式神が一般化し、誰でも扱えるようになったからとはいえ、こればっかりは個人の裁量によるものだろう。

 目を閉じ、呼吸を整え精神統一。

 全身の霊力を、『虎徹』へと集中させていく。

『虎徹』へと移動……、移動…………。

 刀身に霊力を纏わせていくように……。


「……おい、宮本。お前やる気あるのか?」


 どこかで聞いたようなセリフ。

 不思議に思い先生の方を見ると、訝しげな顔をしていた。

 先生は真っ直ぐ俺の『虎徹』を凝視している。


「『虎徹』は……、と言うか実習用の式神は、霊力が識別しやすいように込めた霊力次第で色が変化するんだ」


「お前、何だそれ」と先生は俺が今しがた霊力を込めている『虎徹』を指さす。

 先生が不思議に思うのも、それもそのはず。

 俺の式神『虎徹』は変化なし。

 顕現させたときのままを保っていた。


「微弱な霊力にも反応するんだぞ? その式神」


 先ほどのクラスメイトの光る刀身が頭をよぎる。

 そうか。

 込めた霊力で刀身が発光する。

 実習用式神らしく分かりやすい仕様になっていることが伺える。

 しかし。


「……!」


 いくら霊力を込めても、俺の『虎徹』は光るどころかうんともすんとも言わない。


「なぁ、おい。見てみろよ」


「……逆にすげぇな」


 そんな俺の様子に気付いたのか、『虎徹』を振るっているクラスメイトの一部がこちらの様子を見ながら、またヒソヒソと何やら喋っている。

 ……気にするな、集中しろ。


 先生は始めこそは黙って見守っていたが、全く成功の兆しが見えない俺にさじを投げたのか、「……まぁ、もう少し頑張ってみろ」と、それだけ言い残し、霊獣型を発現させている学生達の元へと行ってしまった。

 後に残されたのは式神に力を込めている俺一人。


「……っ!」


 式神に霊力を込める。

 感覚としては理解でき始めているはず。

 でも……。

 霧散してしまう。いや、何というか……。

 霊力の出力が足らないのか?

 込められないのではなく、込める霊力がそもそも存在しない感じ。


「さすが、最下位おちこぼれの宮本君じゃん」


「……!」


 集中が途切れ、『虎徹』を覆っていた霊力が霧散していく。

 もう今日何度目か分からない。

 集中力を途切れさせた張本人は、いや、は俺の背後にいた。


「やっぱ、霊力が無いのかね~。去年も酷いもんだったじゃん。霊力が少ない奴は大変だ」


「式神を起動させるだけで手一杯なんだろ」


「そうだな」


 侮蔑と嘲笑の入り交じった声音に、一瞬頭に血が上るが、すぐにそれを諫める。


「……コツとかあるなら、教えて欲しい」


 俺の背後には、先ほど実習内容を聞いた際に邪険に扱った二人組。

 上堂真崎(かみどう まさき)と鮫島蓮司(さめじま れんじ)がいた。

 二人とも、体と態度の大きさは一級品であり、クラスの中でも俺を目の敵にしている筆頭格でもある。

 しかし、別に彼らの言っていることは間違いじゃない。

 俺が最下位なのは事実であるし、クラスメイトの、いや恐らく学年で陰陽師としての才能が劣っていることは自覚している。

 だからこそ。

 努力することだけが俺に唯一許された抵抗であり、存在意義なんだ。


「コツっつってもなぁ、どう思う? 蓮司」


「そんなん感覚っしょ、感覚。説明できるもんでもねぇし」


「そうだよなぁ」と真崎はわざとらしく芝居がかった口調で同意した。


「それじゃあ、言葉で言えないなら……」


「……!」


 真崎の瞳に、悪意が灯った。


味わってもらうしかないなぁ」


 転瞬。

 今しがた俺が立っていたところを、真崎の『虎徹』が薙いだ。







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