第2話 みかん、食べさせて?

 生徒数2000人を超える県内屈指のマンモス校である瀬戸高等学校は、田舎の広大な土地を余すことなく使っており、学校内では畜産や農業、林業や漁業等と多種多様な模擬施設が立ち並んでいる。


 学科においても相当な種類があり、大学進学を主眼に置いた普通科に将来実家の家業を継ぐ人たちのために地元の組合と関わりの深い食品化学科や園芸流通科、PC関連の機器を扱う情報工学科など20種類にも及ぶ学科が存在する。


 特に変わったシステムとして、大学生活を想定した選択科目制度を導入しており、生徒自身で授業を選んで単位を取得していくという形を取っており、これは普通科のみの試験的な試みであり大学進学した後を想定しているという。


 更には部活動は申請させすればどんな部活でも設立可能であり、学科だけにはとどまらず趣味や新しい取り組みをしている生徒も多くとても活気のある学校なのだ。


「書けましたよみつり先輩、こんな感じで大丈夫ですかね?」


キーが所々取れている古臭いノートpcから顔を上げた俺は机を挟んだ向かい側に座っている人物にpcの画面を見せて言った。


「ふむ、森野一柑くんにしては早かったじゃないか、いつもいつも果物と戯れているだけの君がpcの操作が出来るなんて!しかもイラストまでちゃんと付けている!てっきり途中で飽きてミキサーに持っている果物をぶち込んで新しい味の開発を始めるのかと思ったよ。」


「いつもみつり先輩にやらされるので慣れましたよ…いい加減pcの使い方くらい覚えてくださいよ、と言うかそんなにいつも戯れてなんていませんよ!」


「わが校屈指のスイーツ男子が何を言ってるんだか…私は頭脳を、君は手と足と体を酷使するのがちょうどよいバランスだと言うのに。」


 ぶつぶつと言いながら出来上がった学校紹介のチラシを確認しているのは瀬戸高等学校三年普通科に所属する青山蜜璃だ、丸いボブカットの髪は手入れが行き届いていないのか寝ぐせのように所々ハネている。常に眠そうな目は目端で垂れており、喋り方とは裏腹に全体的に丸っこく可愛らしい顔つきをしている。


 太いフレームの黒縁眼鏡をかけており、愛嬌のある素顔とのアンバランス感が勿体ないなと思っていたが本人曰く「これは伊達だよ、私はモテるからね。男避けにもなるかなと思って付けているのだ」だそうだ。


「そういえば一柑くん、そろそろ部員を増やそうとは思わないのかい?」


「部員勧誘のちらしを作ろうとしてたら仕事を押し付けてきたのがみつり先輩でしょうが!部屋に入ってくるなりpcを僕の持ってきた家庭用ミキサーで叩き割ろうとしてたの見て僕はもう今日の作業は出来ないなと察しましたよ…」


「しょうがないじゃないか、何もしてないのに突然動かなくなったものだから私は直そうとしてただけで手伝ってくれとまでは頼んで無いよ。君がどうしても私のお手伝いをしたいと土下座しながら涙して懇願したからしかたなーくお願いしただけだというのに。」


「俺がお願いしたのはミキサーの安否であって先輩の進捗状況ではないです…」


「みつり」


「はい?」


「みつり先輩だろ一柑くん、先輩だとこの学校に幾らでもいるのだから識別子は必要だと言ったじゃないか」


「はいはい、分かりましたよみつり先輩…」


 糠に釘、のれんに腕押しである、これ以上話を続けても俺の胃に穴が開くだけなのだ、ため息をつきながら鞄から古いフルーツケースを取り出し、スマイルカットをして詰め込んだみかんを一つ口に放り込んだ。


みかんにはビタミンCが多く含まれており、肌荒れや風邪予防に効果がある。もっぱら俺は風邪予防に役立っているのか小さなころから風邪知らずの元気な体に育っているが。ちなみに果肉の袋には便秘改善の『ペクチン』や血圧を降下させる『カリウム』などが含まれている。


「おお、今日はみかんか!飽きもせずいつも食ってばかりいるな君は、食べ飽きたからとミキサーに放り込んだかと思えばジュースと一緒に果物を食べる君こそ変な生き物だねぇ」


「みつり先輩に言われたくないですよ…」


「私にはくれないのかい?仕事している女性の前で見せつけながら1人楽しく食べるのが趣味なのかい君は?だから君は何時までたっても部員も増やせず彼女もでき」


「えぇいうるさいですよ!どうぞどうぞお好きに食べてください!」


フルーツケースを先輩の手元に差し出した、そもそも先輩も1人の部活なのにこうも言われるのは納得がいかない。

この小さな部室は両脇に本棚やショーケース、側面には手洗い場やポット小さな冷蔵庫が置かれた部屋で中央には長机を二つパイプ椅子が四つ置かれているだけなのだが、本来1人の部活は部屋など用意されない。

しかしどうしても部室が欲しかった俺は先生に相談したところ「一部屋だけ1人程度なら使える場所があるぞ、でもあそこは別の部活も入ってるがな」と紹介されたのがこの部室であった。


先輩にフルーツケースを渡した後、部室を見渡し紹介された時のことを思い返していたが、ふと先輩がフルーツケースに手を出さずにこっちを見ていることに気づいた。


「あれだけ言って食べないんですか…」


そうため息をついてフルーツケースを回収しようと手を伸ばすと先輩が言った。


「一柑くん、この場を見てくれ、私は何をしてる?」


「パソコンを触るふりをしつつこっちを見てる先輩がいます。」


「ふりでは無いだろうが!今まさに君が作ってくれた学校紹介のちらしを印刷しようとしてるじゃないか、君はもしかしてみかんを取った手でキーボードに触れというのか?」


「手を洗うなりお箸を使うなりしたらいいじゃないですか…というかどうしてほしいんですか…」


「察しが悪いね一柑くんは、俗にいう『あ~ん』をする絶好のタイミングだと言いたいのだよ」


「帰っていいですか帰りますお疲れさまでした!!!」


「このみかんが食べられないと手が震えてチラシを削除してしまいそうだ…」


「………………。」


この人はやる、現に何度も俺が作った創作物をことごとく破壊してきたのだ、それはもう遠慮なく何一つ憂いなくやりきる人なのだ、こうなったら意地でもやりきるドSなのだ。

諦めた俺はフルーツケースからみかんを一つ取り出して先輩の口元へ近づけた、性根は曲がり切っているが眼鏡の奥にある愛嬌のある目つきや綺麗な唇はこの人には勿体ないと思うほどだ。


「どうぞみつり先輩、口開けてください。」


「ふふっ、あーん」


先輩が口を開けてそこに放り込もうとした瞬間


「「果物研究部に入れてください!!!」」


二人の生徒が小さな部室のドアを蹴り倒す勢いで飛び込んできた。咄嗟のことで固まった俺は入ってきた二人を見て言った。


「ん?」


「え?」「わぁ!」


「ちっ」


四人の声が小さな部室に響いた。

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みかんの美味しい食べ方 瀬都内みかん @SetoMikan0513

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