第7話

 その背中が見えなくなるまで視線を送り、小十郎はこちらに向き直った。

「若様――相手が御方様であろうとも、かような処遇に耐える必要はありませぬぞ」

 気づかう調子で渠は告げる。眉のあたりに悲しみが漂っていた。

 このときは知る由(よし)もないが、小十郎の幼少期もまた恵まれたものではなかった。

 父母を早くに亡くし、母の連れ子である二十歳近く年上の異父姉於喜多(おきた)に養育された。また、長男が神職を継いだため――渠の生まれは出羽米沢の成島八幡神社の神職の家だった――次男の小十郎は親族の家に養子に出された。

 ところが、養家に実子が生まれると小十郎は邪魔者扱いされはじめ、十四の齢のころに家を追い出されてしまった。

 ある日、小十郎はみずからの境遇に嫌気がさし、すべてを捨てて米沢を飛び出そうと決意した。そのとき、渠を諭して思いとどまらせたのが姉の於喜多だ。於喜多は文武両道に優れ、梵天丸の乳母を務めた芯の強い女性であった。彼女の説得で小十郎は心を入れかえ、小十郎は姉とともに幼君の養育に身命を尽くすことになる。

 ――そういった経緯があり、小十郎は義姫に烈火の如く怒(いか)ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る