第16話 観察

 傍に付いていてくれるという騎士の人に「遠くから見させて頂くだけで大丈夫ですよ。訓練の邪魔をする訳にもいかないので」と伝えると、あまり乗り気では無さそうだったがリュアティスの一言で承諾してもらった。


 自分たちのホームでよそ者を放っておくのが不安だという気持ちもわかるが、そこはもう我が儘を突き通そう。本当にただ見るだけだし。


 因みにリュアティスは「満足したらしっかり飯を食えよ」とエマに言い残して離れていった。

 ここに居たという事は僕たちの動きを見ていたのだろうから何か用があるのかと思っていたが、そういう訳では無いらしい。


 訓練場に散らばる騎士たちはみな軽い運動着のような姿でばらけており、素手だったり刃を潰した直剣だったりを持っている。


 実戦の際にも金属鎧は身に付けず、魔物の素材や魔術加工が施された装備を身に付けているはずだ。


「ここの人たちはとても優秀だから勉強になると思う。よく見るんだよ」

「うん、分かってる」


(……言われるまでも無い、って感じかな)


 エマは僕の服の裾を軽くつかんだまま、二人組になって動きの確認のために軽く打ち合っている騎士達をじっくりと見ている。


 近接戦の実力を決める要因は無数にある。


 自分が最大限のパフォーマンスを発揮できるスタンスの確立、そんな相手への対応力、自分が使える駆け引きの手札、磨き上げた技術、自分の技を全て発揮するための力と速さ。


 全ての要素を上手く使う為の訓練と経験。


 そして、自らのスタンスにも、駆け引きに使う数多の手札にも、技術にも、力と速さにすら関連する『魔力』の扱い。


 魔術師が魔力を使って『魔術』を扱うのに対し、彼らは自身の『肉体』と『武器』を魔力で操る。


 身体強化をしていない準備運動の段階でも、魔力に馴染んだ彼らの肉体は自然に魔力を動かして体を操作している。


 魔力を消耗する身体強化はある程度スイッチのオンオフがある。


 だが体内で魔力を運用しているだけの重心の移動や反応の速さはほぼ無意識だろう。


 その状態が数分間だけ続くと、所々のペアで今度はしっかりと魔力を使った体術と剣術の訓練が始まった。


 全員本気ではないが魔力を使っている分先ほどよりも動きは早い。


 型の確認などでは無く間合い管理や視線誘導なども含めた『戦闘訓練』を行っている。


 そしてここからのグレードアップが、僕が前来た時にちょっと驚いた内容だ。


「ふぅ——……!」

「シッィ——……!」


 訓練場の各所で、さきほどまでは出ていなかった熱気が次々と立ち昇った。


 もっと広い訓練場で行われる騎士団の正規訓練では無く、この使用人寮の傍で行われる訓練には決まった訓練内容などない。


 訓練と言うより「修練」の為に解放されている場所と言った方が正しいだろう。


 使用人の長であるセイズさんと騎士団の団長から決められているルールは、「制限付きで好きにしろ」。

 サリアザード家によくある、大雑把で開放的なルールだ。


「負けた方が次の酒代な!」

「奢りたいなら初めからそう言えよ」


 そんな風に盛り上がってからは、半ば遊び場のようなものになっている。


 遊びというが、だからこそ騎士団で大切な連携も隅に置き好きに動いている分、それぞれの強みがわかりやすい。


 それに遊びだろうが負けたく無いのは人間のさがだ。


 そこそこ本気の騎士たちの姿は、エマからすれば自分の知らない知識の宝庫。

 彼女が一番興味を示す、未知そのものだ。


「……」


 エマがジーっと、目の前の情報を眺めている。


(相変わらずよく見てるなぁ………………ん? なんか魔力が——)


 エマの集中力に感心していると、僕の服を掴んでいるエマの魔力の流れが急に変わった。


「……こうじゃ無くて………………もっと流れを速くして……でもこれじゃ意味が……」


 瞬きもせずにボソボソと呟いているエマを見ると、彼女の中の魔力が様々な動きをして忙しなく動いていた。


(彼らの魔力を真似しようとしてるのかな?)


 その魔力の動きは、目の前にいる多くの騎士たちが行っている身体強化を再現しようとしているものだ。


 しかしその迷走具合を見れば、彼らほど上手くいっていないのがわかった。


「難しい?」

「……うん。同じような事は出来るけど、流れを速くしすぎたり魔力の量を増やしすぎたら体に留めれなくなって『身体強化』自体が解ける」


 『身体強化』は全身に魔力を流し、肉体の動きを補強することで成り立っている『魔術』とは違う魔力の使い方だ。

 それ自体は魔力操作に慣れれば出来るようになるもので、エマも当然出来る。


 ただ基本的な技術で『身体強化』があるだけで、それを発展、応用させる技術もある。

 エマはそれを行っている騎士たちの魔力を自分の体で再現しようとしていた。


「それは素質の段階だからね。魔力を体外に放ち魔術を形成する魔術師と、魔力を体内にとどめ身体を補強する騎士とでは体の作りが違う」

「……むぅ……やっぱり難しい」

「今度ちゃんと教えるよ」


 エマは魔術において天才と言っていい才能を持つが、騎士に必要な才能は別にある。

 それは肉体のもつ身体能力や体格などでは無く、騎士に向いている人は魔術が苦手で、魔術師に向いている人は身体強化が苦手というような、魔力器官の成長の方向性の差に過ぎない。


 それは向き不向きの話で、エマは適正が別の所にあったというだけ。


 しかしそんな適正などという言葉では表せない唯一無二の才能を、エマは持っている。


 そのうちの一つを、エマは今意識せずに活用していた。


 普通の魔術師がこの距離から騎士達を見ていてわかることは、せいぜい「魔力を体に纏わせて何かをしているな」という程度。


 無論大抵の魔術師は身体強化の原理を理解しているため、この光景を見たら身体強化をして戦闘をしていると分かる。


 しかしその体内で魔力がどう動いているかなど、至近距離ならともなくこの間合いで正しく把握できる者はそういない。


 加えてこの場には多くの騎士が集まって訓練している。


 異なる魔力に乱された場では、一人一人の体内の魔力の動きを見るのはさらに難しくなるだろう。


 森に居た時や、屋敷に入って使用人の特徴を当ててみせたエマの尋常じゃない感度の『超感覚』。


 魔力の動きや原理を見抜くことができるその感覚が、エマの異常性を生み出している。


 今の段階でも、こんな風に見ているだけでは到底たどり着けない所にまで自力でたどり着いていた。


 末恐ろしい才能だ。それだけでも十分凄いが……


(……もしこの子の才能がこれだけなら、ただの天才で済ませれるんだけどね)


 エマが騎士団の訓練を見ている横で、僕はそんな事を思っていた。

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