第15話 訓練場へ
妙に甘えてくるエマを不思議に思いながらも優しく宥め、綺麗な部屋の大きなベットに腰かけながら持ってきたリュックの中からいくつか荷物を取り出す。
「ゼノ、荷物ってそれだけなの?」
エマのその疑問は当然で、十日間以上は滞在する事になっている僕たちが持つには少なすぎる荷物だ。
「僕の服はこっちに置いてあるし、エマの服は用意してくれるらしいからね。本当は消耗品ぐらいは買いたかったけど、それを買う前にセイズさんが迎えに来てくれたから」
半年ほど前、僕はサリアザード家のご令嬢である少女"ドロシー"に関連する事情で、この屋敷に住み込みで働いていた。
この部屋はその時に使っていたもので、なんなら僕の為にこの部屋を開けてくれていたらしい。
おかげでその時、サリアザード家に用意してもらった服がここに残っているし、エマの服はドロシー用に用意していた新品の服があるからそれを使ってくれていいと言われた。
そして荷物の中の一つ、人の頭ぐらいのサイズの赤みがかった半透明な水晶玉を見て、エマが声を上げる。
「それ、魔導具?」
「そうだよ。ちょっとしたお土産。お世話になるからね」
「へー……どんな効果?」
「高密度の魔力だけを通さない結界の発生装置。空気中の魔力や物理的な物質、生命体は通すけど、魔術の効果は消滅させる。限度はあるけどね」
魔導具というのは魔術式が刻まれた道具の事で、家のキッチンや馬車の中にあった保冷保温の魔導具や、室温調節の魔導具などがある。
今回は前からこの家に来ていて「これがあったらいいな」という物を持ってきた。
ここにある魔術師用の訓練場にも同じような効果の物があるが、そっちはこの家の人が使うので、お土産と言いながら自分が気兼ねなく使えるようにするためのものだ。
後は自分用に持ってきた魔術に関連する道具を幾つか確認して、ひと段落ついてから傍でそれを見ていたエマに話しかける。
「まだご飯まで時間あるし、ちょっと面白い場所に行こうか」
「面白い場所?」
「そう。普通は見れるものじゃ無いし、ためになると思うよ」
そう言ってエマと共に部屋を出て、屋敷のいくつもある入口のうち、サリアザード家の騎士団や魔術師団、使用人の為にある寮に続く扉から外に出た。
使用人寮と言っても彼らは一般から見れば上流階級の者達だし、サリアザード家の力が大きいのもあり、普通にどこかの貴族の屋敷かと思うほどの大きさを持っている。
「……建物全部デカい」
「侯爵以上の力を持ってるのは、王族かその王族の親族がなる公爵家だけだからね。ある意味貴族のトップだよ」
「お金持ち?」
「そう。財力も武力も権力も、サリアザードに敵う家は少ないよ」
そんな話をしながら、冬だというのに綺麗に発色している生垣に囲まれたレンガ造りの道を歩いて、寮の傍にある運動場のような広い訓練場へたどり着いた。
周囲には薄くだが雪が積もっているのに、訓練場の土の上には雪どころか雪が解けて濡れた痕すらない。
「……ねぇゼノ。この家結界が多すぎると思う」
エマが訓練場の上空を見ながらそう言う。そこには空中で溶けて消えている雪の粒が沢山あり、この訓練場に雪が積もっていない理由が一目でわかる。
「まぁ貴族だからね。多分エマには分からない結界も沢山あるよ」
「そうなの? ……後で答え合わせして」
「僕にわかる範囲でね」
ちょっと悔しそうなエマに微笑みながらそう返す。
すると訓練場に居た騎士の数人がちらちらとこちらを見ていて、一人の若い騎士がこちらに走り寄ってきた。
「何か御用でしょうか?」
「すみません、ちょっと見学させていただいても構いませんか?」
「見学ですか……失礼ですが、どういった御用で屋敷に?」
僕とエマの顔を見て、怪しむという訳ではないだろうが話を聞かされていないからか困った様子で尋ねて来る。
……あ、そう言えば自己紹介しても良いのかな。全く考えてなかった。
「……あの?」
「悪いが、そいつらに訓練を見せてやってくれないか」
「っ――!」
黙り込んだ僕に騎士の人が警戒するような声で話しかけてきたタイミングで、僕とエマの後ろからついさっき聞いたばかりの女性の声がした。
その声にエマが過剰な反応をし、声とは反対の方向に逃げようと僕の体に隠れる。
「リュアティス様っ!?」
「私の友人でな。後で騎士団にも話を回しておく」
「リュアティス様の? それは——……いえ、承知いたしました。ここに居る者には話しておきます。少々お待ちを——」
「ここに居る騎士達にはいつも通りの動きをさせたい。伝えるのは後で良い」
「し、しかし……」
「構わん構わん。失礼だなんだを気にする奴では無い」
リュアティスは僕に向かって、「そうだろう?」とでも聞きたげな笑みを向けて来た。僕の事をよく理解している。
「この場所でのいつも通りが見たくて来たので、お願いできませんか?」
「……分かりました。ただ数人に伝えるのだけはお許しください」
「ありがとうございます。許すも何も、こっちが我が儘を言っているので」
そう言うと騎士は頭を下げ、真面目な顔で訓練場まで走って行った。
「助かったけど、見学が無理ならそれでも良かったよ?」
「別に良い。というより、さっきの騎士が怪しんでいたのはお前が自己紹介をしないからだ」
「いやだって、前回来た時は『一部の使用人以外にはバレないように動け』って言ってたじゃ無いか。今回は気にしなくて良いんだよね?」
ドロシーの為に来ていた時は何故か身分を隠させられていた。
セイズさんを含む一部の使用人、現在外出しているサリアザード家当主、ガイルド様について行っているであろう騎士団長以外に知り合いはいない。
ただ「リュアティスの友人が、ドロシーの為に屋敷に滞在している」というのは当時も知られていたので、恐らく先ほどの騎士もそれを思い出したのだろう。
「む、そう言えばそうだったか。今回は気にしなくて良いぞ。……そこの娘に色々させたいのだろう? それなら顔は知られていた方が過ごしやすい」
リュアティスが僕の後ろにいるエマに視線を向けると、エマは僕の体から覗き込むようにおずおずと顔を見せた。
「……ありがと、リュアティス」
「気にするな。子供は好きに学ぶべきだろう」
「……エマと何かあった?」
「いや? ちょっと元気づけてやっただけだ」
屋敷に入った時は「あの女」呼ばわりばったエマからの扱いが随分と昇格したなと思い尋ねたら、そんな返答が返って来た。
さっき部屋に入った時におかしかったエマの反応は、恐らくリュアティスが原因だろう。
いつそんな機会があったのか分からないが、悪い変化では無さそうだ。
「せっかくだ。後で私が見てやる」
「じゃあお願いしようかな。元から頼むつもりだったから助かるよ」
「任せておけ。……さっきの反応で気づいたが、随分スパルタだな。この年の子供にやらせることでは無いだろう」
「……僕の本意では無いと言っておくよ」
「順調に育っているのならそれが正解さ」
リュアティスがエマに向かって観察するよう目を細めそう言い、それに僕が諦めを含んだ声で応える彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。
そしてその会話が続く前に、先ほどの騎士が駆け寄ってきた。
「お待たせしました。ご自由に見て回って頂いて構いませんよ」
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