第14話 一緒に居られる

《エマ》


 馬車で送ってくれたセイズっていう執事の人にどこかの部屋へ案内され、暇だったからそこで魔力の鍛錬をしていた。

 するとその集中状態で無いと感じ取れないほど小さい魔力が、私の魔力に合わせて飛ばされている事に気が付いた。


 ゼノが教えてくれた、調整した魔力波を飛ばし特定の人間とだけ意思疎通を図る方法。


 ただその時飛ばされている魔力には、そういった暗号のようなものは含まれてなかった。

 そんな事が出来ないほど、か細い糸のような魔力だ。


 興味に釣られてその糸について行くと、ある部屋にたどり着いた。


 その部屋がある筈の空間には何も感じず、まるで扉の奥には何もないかのような場所だ。


 肉眼ではただの扉だが、魔力的な感覚で知覚すると信じられないぐらい大きな違和感があった。普通の結界だと自分の感覚が何かに阻まれているのを感じるのに、ここの先はまるで空間そのものが切り取られているような感覚だ。


(……何があるんだろ)


 そう思って近づいて耳を当てるが、中からは何も聞こえない。


 しかし、確かに魔力の糸は私をこの部屋に導いている。意を決して扉を開けようとドアノブに手をかけると、魔力の糸の性質が急に変わった。


『先に話しておこうと思っていたが……お前、ドロシー使ってあの娘を育てようとしてるな?』

『エマの力は僕だけの手で育てるには大きすぎるし、狭い環境だけで育つのは勿体ない。それだけの話だよ』


 不機嫌そうな魔力に合わせて、糸を伝って実際に耳に届くのと同じ音の振動が伝わってきて、ゼノにリュアティスと呼ばれていた女とゼノの会話がそのまま聞こえてきた。


『ボロボロの状態を森で拾って、とんでもない才能を持った異国風の子供か。……どちらかというと、そっちのほうが信用できん。そんな奴を傍に置く気か?』

『……確かに、リスクの方が圧倒的に大きいだろうね』


「っ……そう、だよね……」


 扉に背を預けながらそう呟く。


 あの女とゼノの発言は、周囲の環境に慣れてから私がずっと考えていた事だ。


 私は、自分の事を説明することが出来ない。


 どこから来たのか、どうやって来たのか。


 そして——私が誰なのか。


 だから、ゼノの傍に居られるように、ゼノの傍に居ても良いと自分で思えるように、必死でそれがどんな物かもわからない"何か"が欲しかった。


 一番の近道は魔術だと思ったが、ゼノとあの女の話を聞く限りそれは間違いではないらしい。


 でも、それはそれで怪しく感じられている。


 しかし私が縋る事が出来る力はこれしかない。


 私の力が必要だと思って貰う。私が受け取った物を少しでも返す。それ以上は考えなくても良い。

 たとえゼノがどう思っていても、私はゼノの役に立たないといけない。


 ゼノの疑いは仕方なく、どこかで別れる事になっても、ゼノがそうするべきだと思ったことなら私はそれに従う。


 それが私の理性の部分。


 ただ私の心は、たましいはそうは言っていない。


(嫌だ……っ、それでも、私はゼノと一緒に——)


『——それでも、僕はエマと一緒にいる事を選ぶよ』


 私は扉の向こうから送られてくる振動の意味を理解して、力んでいた体から腰が抜けたのかと思うほど力が抜けへたり込んだ。


 ゼノが、私と一緒にいる事を


 それが義務感からだったとしても、それ以上の言葉は無かった。


(ゼノが、私と一緒に居てくれるっ……!)


 体だけではない何かが歓喜に震え、それを抑えるように両肩を抱きしめる。


 そうしていないと何かが爆発しそうだった。


 しばらくそうしていると、どれだけ時間が経ったかわからないが何とか立ち上がれるほどには体に力が戻ってきた。


「あのリュアティスって人、何したいんだろ……」


 落ち着いた所で、部屋に戻りながらここに来た理由を思い出す。


 あの魔力はあの女……ゼノにリュアティスと呼ばれていた人の魔力だ。


 玄関の前で私の魔力を押しつぶして来たから間違えないし、中から魔力越しで聞こえてきた声もゼノとその人の物だった。


 しかし理由が分からない。


 リュアティスの『先に話しておこうと思っていたが……お前、ドロシー使ってあの娘を育てようとしてるな?』という不機嫌そうな魔力と共に発していた言葉は、多分私が部屋の前に来たのが分かったからだ。


 ゼノにバレないよう、強い魔力に紛れさせて私に繋いでいた魔力の糸をよりはっきりとしたものに変えた。


 部屋に戻りゼノが戻ってくるまで色々考えてみたが、その理由は分からなかった。





《ゼノ》


 リュアティスとエマの話をした後も、エマの育て方の話やドロシー様の話、家に届いた手紙の内容の事などを話し、道中ですれ違った使用人の人たちに挨拶して部屋に向かった。


「エマ? どうしたの?」


 そして部屋の中には、エマが雪の積もった庭が見える窓際で考え事をするように立っていた。


「っ、ゼノ——……なんでもない、気にしないで」


 バッと振り向いたエマが明らかに何でもない訳が無い態度といつも通りの静かな声で言い、僕に向かってトコトコと歩いてくる。


「いや、何でもないって事は——っと」

『———っ♡』


 近づいてきて、そのままゆっくりと僕の胸に顔を埋めて抱きついてくる。

 加えてエマの母国語で嬉しそうな弾んだ声を出して何かを言った。


「……? なんか良い事でもあった?」


 そう尋ねると埋めていた顔をサッと上げ、いつも通りのはずなのにどこか憑き物が落ちたようなさらさらとした涼やかな笑みを浮かべた。


「うん。とっても、良い事があったよ」


 その笑顔は、元より綺麗な少女をより魅力的に感じさせるものだった。

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