第13話 それでも

「私も、連れて行って。——お願いします」


 数日前、私用で友人の所に何日か泊まると話し、その間のこの家の事について話を広げようとした時、食事後の緩んだ頭がエマの真剣な声で引き締められた。


 同時に僕の前で頭を下げた拍子にさらりと揺れる黒髪に目を奪われそうになり、それどころではないと目の前の情報の整理する。


「……とりあえず、頭は上げてくれる?」

「……」


 顔を上げたエマの目にあったのは、少女の瞳に宿るものにしては大きすぎるように感じる決意。


「僕が留守の間は、君も知っているアーヴィスに一緒に居て貰う。彼が居れば危険は無い。それでも——」

「——それでも、一緒に行きたい」


 さらに強くなった語気で、刃物を向けられているかのように感じる強い視線。


 別に、全く重い話題じゃない。ほんの1日か2日、家を空けるだけの話だ。


(……エマにとっては、違うのか)


 数ヶ月共に過ごしたが、僕は未だに彼女の人間性の根本がつかめずにいた。


 エマは基本的に何事にも興味を持つ。頭がよく回る分呑み込みが早く、それでいて努力家。

 興味の対象が不思議な事があったが、それは感性という言葉で片づけられる範囲だ。


 そこまでは良い。ただの個人差に過ぎない。


 しかし、その興味の度合いが尋常じゃ無く強くなることがある。


 例えば魔術。生まれつきで決まる才能も、天性の代物と言っていいセンスも持ち合わせ、さらに精神性も魔術と相性が良い。


 しばらくは大抵の事が上手くいくだろうから、その感覚が楽しくてのめり込むのなら分かる。


 彼女が生活のいかなる時も魔力操作の鍛錬をしたいと言い出した時も、並外れた集中力で魔術の訓練をしていた時も、魔力を扱う感覚が面白いのだろうと思っていた。


 だがある時ふと垣間見えた彼女の目からは、まるで何かに縋りついているかのような執着を感じた。


 エマが僕に向ける視線は、その時よりも更に鋭い。


「……話しにくかったら言わなくても良いけど、なんで一緒に来たいの?」


 連れて行くことは全然構わない。しかし、エマのこの精神状態は把握しておかなければ危険な気がして、了承の前にそれを尋ねた。


 質問を受けたエマは、今度はキョトンとした顔をして少し考えてから口を開いた。


「…………一緒に居たいから?」

「……」


 こっちが呆気に取られて黙っていると、それを否定的な態度だと思ったのかエマが慌てて言葉を紡ぐ。


「あの、ゼノと離れたく無くてっ、私、ゼノが居ないと嫌で……っ!」

「……ははっ、そっか」

「な、なんで笑うのっ」


 急いで話すエマが面白くてつい笑ってしまうと、ちょっと怒ったようにエマが言う。

 彼女の必死な空気が薄まり、いつも通りと行かないまでも目からは先ほどまでの鋭さが薄れている。


「いいよ、一緒においで」

「っ、ほ、本当に? 迷惑じゃない?」

「もちろん。というか、いつか連れて行くつもりだったんだよ。気にしないでいい」





「——って事があって、ここに連れてきた」


 先ほどエマに向かって煽るように話しかけていた"リュアティス"という小柄な女性に向かって、エマを連れてきた理由について話す。


 手紙ではエマを連れて来る旨だけを伝えていて、理由などは書いていなかった。


 理由が精神的な事が大きかったため、手紙で伝えるより直接会って相談しようと思っていたからだ。


「なるほどな。……つまりあの少女もイカれてる訳か」

「……なんでそうなる」

「お前は頭のおかしい人間によく好かれるじゃないか。元気なのは良いが、あれは少々活きが良すぎるぞ」


 先ほど屋敷に入ったばかりのタイミングでエマとリュアティスが睨み合った後、リュアティスの「ゼノ、いきなりで悪いが話がある。おいそこのむすめ、一時間程度は留守番できるだろう?」という言葉でさらに空気が悪くなった。


 更に雰囲気を鋭くしたエマを僕も説得し、エマには一人で部屋に居て貰い僕はリュアティスと応接室で話していた。


「あれは僕を使ってワザと煽ったじゃないか。……ただ、活きが良いって言うのは間違いないよ。リュアティスはそういう子好きだろう?」

「そうだな、大好きだ。ああいう原石がキラキラ輝き始めるのを見るとテンションが上がる」


 リュアティスが楽しそうに言う。ただ直ぐに顔つきを変えて、真面目な声で話を変えた。


「それで、あの娘はどうする? ガイルドは大抵のことは受け入れるだろうが、どう扱うつもりだ」

「……そう言えば、ガイルド様とドロシーの気配がしないね。どこ行ったんだ?」

「二人揃って王都にな。帰還には少し時間がかかる。事情はそこで聞け」


 ガイルド様はこの領の主人だが、彼の優れた能力は王族に重宝されているためかなり忙しくしている。


 ドロシーというのはサリアザード家の三女で、一年ほど前に、昔から付き合いのあったリュアティスがサリアザードに僕を紹介した理由でもある。


 あまり人に言えない重い事情がある子で、僕とリュアティスが色々世話を焼き、特にリュアティスは彼女をとても可愛がっていた。


「先に話しておこうと思っていたが……お前、ドロシー使ってあの娘を育てようとしてるな?」


 リュアティスが座っているソファに肘をつきながら、纏っている魔力を少し険悪にして真正面に座る僕を見る。


 ……感づかれるとは分かっていたが、一瞬だったな。


「エマの力は僕だけの手で育てるには大きすぎるし、狭い環境だけで育つのは勿体ない。それだけの話だよ」

「確かにあの娘の素質は並外れているだろうが、どういう意味で言っている?」

「今の段階では当然だけど、本当に底が見えない。本人が自覚していないのもたちが悪い。環境を考えれば人と関わらせるのも怖いし、出来れば信用できる相手が良い」


 僕がエマに抱いているイメージと、ここに連れてきたいと思っていた理由をリュアティスに伝える。


 魔術師としてあの年齢は本当に駆け出しだ。年齢を重ねて魔力器官を成長させなければ、どれだけ才能があろうが単純に強い魔術を使えない。


 つまり幼い頃には才能の限界が見えない。それは前提の話だが、それを加味しても成長の先が想像できなかった。


 それも含めて、エマの立場には一つ懸念がある。


「ボロボロの状態を森で拾って、とんでもない才能を持った異国風の子供か。……どちらかというと、そっちのほうが信用できん。そんな奴を傍に置く気か?」

「……確かに、リスクの方が圧倒的に大きいだろうね」


 リュアティスの発言は、間違いなくその通りだった。


 エマに元居た国の話を聞いた感じ、魔術では無く別の技術が占めていた場所だというのは間違いない。

 ただかなり幼い頃からどこかに監禁されていたようで、その場所の事もあまり知らないらしい。


 僕にはエマの頭の中を見る事は出来ない。


 いつか痛い目に合うかもしれない。それを僕だけが被るだけならまだしも、大切な友人にも被害を負わせることになるかもしれない。


 ただ、それでも——


「——それでも、僕はエマと一緒にいる事を選ぶよ」


 自分で口にして、それが自分の思考からでは無くたましいから漏れ出た本音だと自覚する。


 つまり、普通に考えれば滅茶苦茶な事を言っているという事だ。


 そんな発言を、目の前の友人はニヤリと楽し気な笑みで受け止める。


「——それでいい。私達魔術師に、正常な思考など要らん」

「……相変わらずだね、リュアティスは」

「自分も他人も、命さえも等しく何かの道具。どれだけ善人だろうが、道中でどんな事を考えていようが、魔術師の最終的な思考回路はそこだろう。『自分だけは違う』などとは言わせんぞ」


 残念ながらそれを否定する材料も確信もなく、何も言わずに苦笑だけで返した。

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