第17話 リュアティスの料理

 訓練場にいた騎士達が自分の事を観察している欲深い視線を察知し始めた。


 流石に邪魔になるだろうと思い屋敷に戻ると、使用人の案内で一つの部屋に通された。


「……なるほど、エマは欲求に正直なタイプか」

「そうだね。ご飯の時と寝る時はいっつも幸せそうだよ」

「それは良い事だな。足りなくなったらまた作ってやる。気にせず食え」

「ん……ありがと、リュアティス」


 嬉しそうに目を輝かせながらご飯を食べているエマが、リュアティスに向かって感謝を伝える。


 先ほども随分態度が軟化していたが、ご飯を食べ始めてからは明らかな好意が目に宿っていた。


 なんだかんだ悪い関係性にはならなそうな二人を見ながら、僕も一般的より少し大きいダイニングテーブルに所狭しと並んだ料理を口に運んだ。


「……うん、やっぱり美味しいね。リュアティスの料理は」

「久しぶりに作ったせいで少し時間が掛かったがな。懐かしいだろう? お前も遠慮するなよ」

「そうだね。いただくとするよ」


 僕とリュアティスがそんな会話をしている際中も、エマはそれを流し見で見ながら黙々と料理を食べている。


 急いでかきこむような事はしていないが、一向にペースを変えずに食べ続けていて、口が空いている時間がない。


 それを見てリュアティスが口をほころばせる。


「こうも嬉しそうに食べられると気持ちが良いな」

「エマは結構感情表現が素直でしょ。分かりにくいけど」

「一先ず目が雄弁だというのは分かった。表情に出ない分、目と魔力に感情が乗っかっている」


 今食べているご飯はサリアザード家の料理人が作ったものでは無く、リュアティスがエマのために作ったものだ。


 机の上に敷き詰められた様々な食材を使った美味しい上に種類の多い料理。

 それを、エマは既に普通の大人が食べる5人分ほどは食べている。


 小さな体のどこにそんな量のご飯が収まっているのかという疑問は、高い適性を持った魔術師見習いや騎士見習いを見た人間が皆思う事だと思う。


 成長期の魔術師や騎士は、すごい量のご飯を食べる。


 それは普通の人間が使う活動と肉体の成長以外に、魔力器官の成長や魔力の生成にエネルギーを多く使うからだ。


 体を作る為以外にも、優秀な魔力器官を作る為にはそれほどまでに大きなエネルギーが必要になる。


 睡眠にしろ食事にしろ、過剰なものは良くないものの嫌がらない分だけ保護者としては助かるものだ。


「さっき僕たちの所に来たのはエマの魔力を見るため?」

「その通りだが、エマの場合はよくわからなかった。一先ず色んな食材で作ってみて、食べきれなくても良いと思ったが……杞憂だったな」

「相変わらず変な特技だね。リュアティスの食事診断」


 リュアティスと僕が出会った時にもされた、相手の魔力にあった食事が分かるという不思議な技術。


 本人談では魔力と相性のいい食事と言うのがあるらしい。


 先ほど訓練場にいた僕とエマに会いに来たのもエマの魔力を観察するためだったのだろう。


 昔からの特技であり、その副産物で料理が上手くなったのだとか。


「だが、未だにお前と相性のいい食料がつかめん。お前ら二人は魔力の性質が近いのかもしれんな」

「……んくっ、きっとそう」


 切り分けたローストチキンを飲み込んだエマが一度手を止めて一言挟む。


「ははっ、ゼノの話はメシより大事か」

「当たり前。……あむ」

「随分懐かれてるな」

「素直な子でしょ?」

「あぁ、少なくともお前に対してはそうみたいだ」


 エマが嬉しそうに黙々とご馳走を食べ、僕らがたまに雑談をして。

 窓からのぞく雪景色を背景に、穏やかな昼食の時間が過ぎた。




「じゃあガルディス帝国とこの国は仲が良いの?」

「そう言う訳じゃ無いが、だからと言って仲が悪いという簡単な話でもない。技術の共有や交換留学なんかはしてるしな。お互いの国力が拮抗している分、争いたいと思っている訳でも無いだろうが」

「……めんどくさい」

「全くだ。大人しく殺し合うか協力するか選べばいいものを」

「それは極論すぎないかい?」

「敵味方が分かりにくい。危険因子を消そうと思っても、立場がどうこうでそう簡単にはいかんしな」


 食事を終えて一時間程度腹休めがてら、僕とリュアティスでエマに貴族の事を教えていた。


 それが落ち着くと、一緒に話していたリュアティスが声を上げてソファから立ち上がる。


「……なぁエマ。メシだけじゃ喰い足りないんじゃ無いか?」


 それを聞き、同じソファで僕の隣に座っていたエマも同じ様に立ち上がる。


 普通なら何を言っているか分からないその言葉だが、リュアティスが放っている魔力の滾りがその意図を明確に告げていた。


「……うん。何ならそっちの方が美味しそう」

「期待して良いぞ。絶品をご馳走してやる」


 ニヤリと笑ったリュアティスの後ろに、エマが静かについて行く。


「二人とも血の気が多いなぁ」


 そんな二人の後ろを僕もついて行く。

 ……ちょっとワクワクするのは、仕方のない事だと思う。





 移動した先は、先ほどの大きな使用人寮の中。


 途中でリュアティスが使用人に声をかけられたり、僕とエマの事を見て明らかに不審そうな顔をしている人もいた。


 そんな目を気にせず、リュアティスは入口から隠されたような位置にある屋敷の奥の扉を開け、そこにある下に続く長い階段を降りて行った。


「……ここに居る人、皆魔術師?」

「そうだ。しかも、そこそこ使える奴らだな」


 石造りの暗い階段を降りてたどり着いた場所は、地下だとは思えないほど開放的で暖かい空間だった。


「あの光は?」

「植物にも生物にも、地上の日光と同じ様に働く光源だ。凄いだろう?」


 エマが指を使って示した場所には輪郭の分からないほどの光を放つ光球があり、それに対する疑問への答えにリュアティスがそう返す。


 リュアティスの言う様に、その光からは晴れた空から感じる暖かみと同じものが感じ取れる。


 何なら外の冷たい雪を落とす曇り空よりもよほど気分が良い。


 天井の色は薄い青に染められているが、雲などは流石に再現されて無い。


 扉からその空間に出た僕たちは盆地の様に周囲を囲っている硬い石造りの足場に立っていて、階段で繋がっている中央の広大な低地の部分は人工か自然物か分からない芝生に囲われている。


 その芝生の上で、魔術師らしき者たちが魔術を放っていた。


「お前たちが住んでいた森よりは魔素が薄いが、魔術師にとって都合のいい魔力濃度を保った空間だ」

「すー…………うん。良い感じ」


 生物が持つ『魔力』と差別化を図る為に『魔素』と呼ばれている自然に存在する魔力を、深呼吸をして自分の魔力と混ぜるように体内に取り込んだ。


「魔素との親和性が高いな。流石、あんな場所に住んでいる事はある」


 感心したようにリュアティスが言うと、休憩していたらしい若い男の魔術師が走り寄ってきた。


「いかがいたしましたか? リュアティス様」

「私用だ。場所を借りるが、構わないな?」

「大丈夫だと思います。今の時間は人が少ないので」


 その魔術師がリュアティスと短く言葉を交わすと、こちらに視線を向けてきた。


 流れ的に先ほど地上の訓練場で起きた騎士との会話が繰り返されるところだが、そうはならない。


 彼はリュアティスと話していた時の真面目な顔から爽やかな笑みに変え、僕に話しかけて来る。


「久しぶりじゃないか、ゼノ」

「半年ぶりですね、エルム先輩。仕事は順調ですか?」

「存分にこき使って貰ってるよ。その分環境は最高だけどね。……ところで、その子は?」


 学園に通っていた時から関わりのある友人であるエルムという先輩が、今度はエマに視線を向けた。


 表情は爽やかなまま。しかし、探るような視線を。


「僕の弟子みたいなものですよ」

「……君の弟子ね。納得した」


 エルム先輩はエマからサッと視線を逸らし、リュアティスに向き直る。


「場所は、空いている区域を存分に。結界はどうしますか?」

「ゼノ、用意はあるか?」

「ありますよ」


 リュアティスからの問いにそう言って、屋敷から出てくる時に持ってきた赤い水晶のような結界の魔導具を出す。

 すると、リュアティスよりもエルム先輩が興味深そうにその魔導具を見ながら口を開いた。


「……ゼノ、それは『魔晶石』だよね?」

「いや、使ってるのは魔石ですよ。訓練用結界の魔導具です」

緋色ひいろの魔石をそんな雑に……もっといい魔導具に使いなよ」

「寄付するために持ってきましたから。半端な魔石は使えないでしょう?」

「え、本当? 寄付してくれるの?」

「えぇ。今回は前来てた時と違って周りに僕の素性がバレても良いらしいので、少しでも印象を良くしようかと」

「そんなん要らないと思うけど……了解、後でゼノからの贈り物だって伝えておくよ。それではリュアティス様、失礼します」


 エルム先輩は呆れたように言って、最後にリュアティスに向かって頭を下げて休憩に戻って行った。

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