第8話 少女が得た幸せ
《エマ》
ある日の夜。
私は暖炉の火が付いたソファの横で、何枚もの手紙を読んているゼノに風呂上がりの火照る体を預けてうとうとしていた。
「……エマ、そろそろ——」
「いや。……このままがいい」
「時間的にエマは寝ないと——」
「……」
「……わかったよ。なんでもいうこと聞くって言ったもんね」
「んー……♪ 『ゼノ好き……♪』」
「あ、それズルい」
頭を撫でられながら言葉の中に日本語を混ぜると、その言葉の意味がわからないゼノはちょっと拗ねたような反応をする。
どうしてこんな状況になったかと言うと、別に何か特別なことでもなく、私へのご褒美とやらでゼノが「なんでも好きなこと聞いてあげる」と言ってくれたからだ。
多分甘やかしてくれている。ゼノに迷惑をかけるのは本意では無いが、彼の思考に自分の存在があるというのだけで嬉しくなる。
さっきゼノに乾かしてもらった髪を撫でて貰いつつ、ゼノの肩に預けていた頭をゼノの太ももに移動させながらがら会話を続ける。
「ちなみに、さっきなんて言ったの?」
「……秘密。教えてあげない」
「…………ふーん」
……ちょっと意地悪そうなゼノの声を聴いて、これから何をされるかはなんとなく分かった。
「ぁ——ん……っ。ま、待ってゼノっ、それダメ……」
「んー? これ読んでるからちょっと待ってね」
「ひゃっ……んぅ……♡」
ゼノが新しくローテーブルから手紙を一枚とり、それを読みながら私の耳や輪郭、首筋なんかを弄ぶ。嫌な訳が無いけれど、感情面では喜びよりも気恥ずかしさが勝っていた。
しかし私の体はそれを退けず、ゼノの太ももに顔を埋めて体を捩るだけだ。
「ぅ……はぁ……♡」
「……」
気配的に本当に手紙の内容を読み込んでいるらしく、本当に無意識程度の感覚のまま私で遊んでいる。
いつも通り髪を撫でるときもあるけど、一度耳や首を触られると撫でられる側は頭を撫でられるだけでも、いつもと同じ様には感じない。
手紙の内容はゼノがこの前に貰っていたのと同じ様にこの国の言葉ではない暗号で書かれていて、ゼノも読むのに集中するし時間をかける。
結局ゼノが手紙を読み終えたのは、机の上にあった淹れたてのホットミルクがぬるくなった頃だった。
「……はぁ、向こうの皇族は何してるんだ」
「ぁぅっ……!?♡」
「あ、ごめん。痛かった?」
「っ……だい、じょうぶ……」
ゼノがローテーブルに手を伸ばすため上半身を下げたせいで、突如初めて聞いたゼノの不機嫌そうな低い声が耳のすぐ近くで響き、同時に耳の骨がカリッと弾かれた。
その後のゼノの手の動きがよくない。耳を強く触った分を取り返すように、花を触るみたいに耳に触れてくる。
続けて優しく頭を撫でて、さっきの声は聴き間違いだったかのような優しいゼノの声が聞こえた。
「そう言えば何でもしてあげるんだったね。何して欲しい? 僕がしてあげられる限度はあるけど」
「なんでも……」
この膝枕がそのお願いだったが、それはご褒美の内に入らないらしい。
正直、ゼノが与えてくれるものだけで途轍もなく幸福だ。これ以上思い浮かばないぐらいには。
「……ゼノが何か決めて」
考えて出た答えがそれで、ゼノは私の頭を撫でながら悩まし気な声を上げた。
「そうだなぁ……」
「ん……」
私の耳や首を触って、ゼノがしばらく考えるように無言になる。
「じゃあ、アクセサリーはどう?」
「アクセサリー? ……首とかに付けるやつ?」
「そう。幾つか種類があるけど、僕の手作りでエマ用に作ろうかなって」
「! ゼノの手作り、欲しい」
ゼノが言ったご褒美の内容に、私はバッと顔を向ける。
ゼノの作ったものを身に付けるのというのは、考えるだけでもとても良い気分になる。
私に反応が面白かったのか、くすっと柔らかい笑みを浮かべ、ゼノが私の体を起こしながら立ち上がった。
「じゃあ明日、地下室に行こうか」
「入って良いの?」
「うん、今のエマなら魔力にも耐えられると思うし。長居しなければ大丈夫」
この家にある地下室。ゼノがたまに足を踏み入れるため地下への階段に続く扉を開けるが、その奥からはすごく強い魔力の反応を感じる。
そこは人間には過酷な環境だが魔術師としてのゼノの体に都合のいい環境にしているらしく、今の私には刺激が強すぎるらしい。
体が自分の魔力に馴染んで、周囲の魔力干渉から体を守る魔力の扱い方も覚えた今だから大丈夫なのだと思う。
「色々作ったやつがあるから、それを見ながら好きなやつを作ってあげる」
「……ゼノが好きなように作って欲しい」
「僕の好みでいいの?」
「うん。ゼノが私に合うって思うように作って欲しい」
並んで個室のある廊下を歩きながらそんな話をする。
「エマが良いならそうしようか」
「やった」
「じゃあ気合いを入れて作らないとね。素材選びはエマも一緒にする?」
「ん、そういうの初めてする」
「あんまり経験する機会無いよね。……眠い?」
「……うん。眠くなってきた」
眠気に抗いながらゼノに寄り添って歩く。すぐにゼノの寝室に辿り着いて、問答無用でベットに潜り込んですぐゼノの分のスペースを開ける。
「ゼノ、早く」
「……もう自分の部屋で寝れるだろう?」
「……いや」
その一言だけで、ゼノは困ったように笑ってベットのに入り、私を包み込むように背中へ手を回してくる。
「……もっと強くして」
「はいはい」
ほとんど日常となっている暖かさに幸福を感じ、空腹と苦痛による気絶では無く、心地よい眠気に任せて目を閉じた。
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