第10話 街の門

 そこそこの距離を歩くと、途中からは街灯が置かれきちんと整備された道に変わり、遠くに雪景色の中でもわかる威圧感を放つ門が現れた。


「……おや? 珍しいな」

「どうしたの?」


 門は馬車用の入り口と人用の入り口で別れており、人用の入り口は一人も並んでおらず、馬車用の入り口はそこそこ長い列が出来ていた。


 どちらともに騎士が立っており、その雰囲気はあまり穏やかではない。


「何度もこの街に通っているけど、ここまで行列になることも、あそこまで騎士の人たちがピリピリしているのも初めて見たよ」

「……確かに、前に来た時と結構違う」

「足を止めた人が変に暴れたりしないよう、ああいう態度も仕事の一環だろうけど……あ、もしかして——」


 いつもは穏やかな雰囲気で印象が強い事もあって、こういった状況になると空気が一段と引き締まっている様に感じる。

 それだけ、彼らが抱えている案件が重要だという事だ。


「……エマ、ちょっと耳貸して」


 エマの耳元に口を近づけ小さい声で話しかける。


「? わかった。やってみる」


 幾つかエマに伝えておき、そのまま門の近くまで手を繋いだまま歩いて行く。


「……ゼノ」

「大丈夫だよ」


 雰囲気が重い分不安を感じているのか、エマが繋いでいる手にさらに力を入れ身を寄せて来る。


 門に近づき、巡回するように歩いている兵士二人が僕らを視界に収めると、二人揃って近づいて来た。


「珍しいね? お二人さん。ここの道を歩いてくるなんて」


 爽やかな顔立ちと空気を纏った金髪の若い騎士が、見た目の印象通り軽薄そうな声と態度で話しかけて来る。


「北側の門から出て散歩してたんです。冬の動物を見たかったので」

「あー、この辺の森、冬でも動物が元気だもんなぁ」

「えぇ、雪も降り始めで綺麗ですから」

「ははっ、確かに。東側の門は人の出入りが多い分、雪が汚ないしな」


 その後も言葉を交わしてみたが、軽薄そうと言っても失礼な言動や態度な訳では無く、騎士と言う立場を盾に威張って偉そうにしているような事も無かった。


「……因みに、そっちの子は彼女さんだったり?」


 野次馬根性というか、横やりを入れてやろうというような軽い言葉。

 この短時間でこちらが抱いた、コミュニケーションを好みそうな彼の印象どおりの質問だ。


「っ……」

「あはは……ご想像にお任せします」


 会話が始まってからずっと僕の手を握ったまま背中に隠れていたエマが、話題に出されてビクッと体を震わせる。


 すると、その金髪の騎士の後ろに立っていた厳つい強面の騎士も会話に加わってきた。


「悪いが、その少女の顔を見せて貰えるか」

「構いませんが、何故?」

「ただの人探しだ。見せられない理由があるのか?」

「いえ、そう言う訳では無いですよ。……エマ、ちょっと出ておいで」


 ちょいちょいと繋いでいる手を引っ張ると、エマが壁から覗き込む様に僕の背中から顔を晒した。


「おっ、別大陸の子? 可愛い子彼女にしてるね、キミ」

「ルイ、やめろ。……目的の人物では無かったらしい。部下の非礼は許してくれ」

「大丈夫ですよ。すみません、人見知りなもので。誤解させてしまいましたね」


 再度僕の背中に隠れたエマに苦笑しながら、心なしか緩くなった二人の態度に内心で事情を察する。


「もう行って貰って構わない。門では軽く持ち物検査があるが、女の騎士もいるから安心してくれ」

「邪魔してゴメンねー。あ、女の子の方も、このカッコいい彼氏を離さないようにね」


 金髪の男が僕にウィンクしながらそんな事を口にした。


「離されないように気を付けます。さ、行こうか。エマ」

「っ……」


 微笑みながらそう返し、背後で頷いた気配を感じながら騎士二人の横を歩いて門まで向かった。



「……ルイ、どう感じた」


 エマとゼノの姿が見えなくなった後、二人に話しかけていた強面の男、本名を"ジルド・サミール"言う騎士が、ルイと呼んだ軽薄な態度の金髪の騎士に硬い声音で話し掛けた。


 すると笑みを浮かべてエマとゼノの背中を見送っていたルイの表情がスッと真面目な表情に変わり、幾分か落ち着いた声で上司の問いに言葉を返した。


「んー……微妙なトコっすね。一般人、って訳ではないでしょうけど」

「同感だ」


 そうやり取りをして、二人して門の方に足を進め始める。道中で、ルイの方が疲れたようにため息をついた。


「男の方、明らかのこっちの芝居に気づいてたっすよ、アレ。……良かったんすか? ジルドさん。あんな露骨に聞いちゃって」

「問題ない。逆にああいう言い方をしないと話が長くなる。……反抗する気は無かったようだが、強硬手段に出ないかテストされていた気分だ」


 苦い顔でいうジルドに、ルイは「ひぃ、おっかねー」と呟きながら門の先を見る。その横顔をみて、ジルドが不思議そうな表情を浮かべる。


「どうした」

「あの二人、多分結構使えるっスよ」

「何? 帯剣している様には見えなかったが……」


 ジルドは先ほど言葉を交わした若い男の姿を思い出す。荷物と言えば肩にかけていた小さめのバック程度だろう。

 それにどちらかと言うと魔術師たちに近い印象を抱いた。


 しかし、この部下の言葉を疑うつもりは無かった。


 それはジルドが部下を大切にしているから、という訳では無く、彼のその感覚が本物だと知っているからだ。


「剣術かも分からないっすね。視線とか体の動きとかそう言うのじゃ無く、戦いの匂い? みたいなのがあったんで。それに、この辺の森でデート出来る時点で、相当腕に自信があるんでしょう」

「確かにな。多少腕に覚えがある程度では、この辺りの森は抜けれんだろう」

「俺もわざわざ行こうとは思わないっすねー」


 魔物は空気中の魔力濃度が高い場所を好む。


 だから魔力の濃ゆい場所には縄張り争いに勝った強力な魔物か、ひそひそと生きている狡猾な魔物が多い。


 そしてこの門の周辺の森は、その強力な魔物が好む魔力濃度の高い森だった。


 だからこそ、この二人が巡回という形で門の近くで待機している。


「まっ、気にしてもしょうがないっすよ。……それにしても美男美女でしたねー、あの二人。実力も合わせて、恋人かお忍びのお嬢様と護衛って感じでした。対象の情報、赤毛の少女ってだけっすよね? 他になんか無いんすか?」

「……我々の仕事は確保では無くマークだ。一度街の中に入った以上、サリアザード様が対処なされる」

「はぁ……了解っす。にしても侯爵様も気の毒ですね。迷子センターじゃないってのに」

「仕方あるまい。我々にも詳細が伝えられない事情だ。よほど重要な事なのだろう」


 この後二人は、最近領主から下された命により緊張状態となっている忙しい騎士団の仕事に取り掛かった。


(……あの男の態度、狐に化かされたような気がしてならんな)


 男爵家次男という産まれから、侯爵騎士団の副団長という地位についているジルド・サミールは、どこか釈然としない気持ちのままその一日を終えた。

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