第11話 おかしな馬車

 門での検問を終え街に着いた所で、エマは人見知りのように地面に向けていた顔を上にあげた。そこには怯えている少女では無く、どこか誇らしそうな表情を浮かべた少女の顔があった。


「演技、どうだった?」

「良い感じだったよ。いかにも人に慣れてない女の子って感じだ」

「ん……えへへ」


 お礼代わりにドヤ顔を浮かべたエマの頭を撫でる。

 先ほどの騎士二人に話しかけられる前に、エマにこう耳打ちした。


『僕の背中に隠れて、怯えてるみたいな演技出来る?』


 そんな風にエマに伝えたが、思ったより演技の純度が高く予定とは違う展開になった。


 あの流れでも知りたいことはいくつか知れた。それに、こうして活気のある街を歩きながら周りの声に耳を傾けていたら色々わかるものだ。


『なぁ、なんで騎士団はピリピリしてんだ?』

『それがマジでわからん。一応人探ししてるらしいけどよ』

『人探し? 犯罪者でも逃げて来たのか?』

『さぁ? 騎士団の奴らも理由どころか特徴すら聞かされてないらしいぞ』

『なんだそりゃ。捜しようがねぇだろ』


 通りかかった飯屋のテーブルから聞こえて来る会話に、先ほどの騎士たちで予想した内容のいくつかが当たっていた事を確信する。


(さっきの騎士達は、他の騎士とは違って事情を知らされていたのか)


 そして同様に、頭の中で情報を整理する。


 あの二人は初めから僕よりも僕の後ろに隠れていたエマを注視していたし、エマの姿を見た瞬間疑いの視線を薄めた。

 つまりは、追跡している者の特徴を軽く知っている。


 あの厳つい騎士の方が副団長なのは知っているが、金髪の騎士の身のこなしも一介の騎士では無さそうに感じた。

 だからあんな探り方をしてみたが、それは間違ってはいなかったようだ。


 ついでに知り合いが管理している騎士団が強引な態度をとったりしないかなと試してみたが、健全に業務をこなしていた。安心安心。


「ねぇゼノ。なんであんな演技させたの?」

「ちょっと知りたい事があってね。あんま気にしなくて良いよ」

「知りたい事?」

「そう。女の子が一人、迷子になったらしくてね」


 流石にその理由を全て明かす事は出来ず、軽く誤魔化しながらそう言う。


 深く考えての言葉ではなかったが、エマは僕の手を握る力を少し強めた。


「迷子……そうなんだ」

「心配かい?」

「……一緒に居てくれる人がいるなら、その子も大丈夫だと思う」

「……そっか」


 僕の言葉をそのまま受け取っているのか、本当は違う事情だと感じ取ったのかは分からない。ただ目に浮かんだ悲しそうな感情は、ただの同情というより自分の過去をその話に重ねているように感じる。


 ただ、「一緒にいてくれる人がいるなら大丈夫」という発言に少し安心した。どうやら彼女目線で、僕は保護者をやれていたらしい。


 この話題をさっさと切る為、明るい声で話を変える。


「さ、軽く買い物して、昼になる前に向こうの家に着くようにしよう」


 今回、僕が山を下りてこの街に来たのは友人に用があったからだ。エマを連れて来たのは予定外だったけど、手紙でその旨は伝えている。


「わかった。……ゼノの友達、怖い人じゃない?」

「怖く無いよ。それに良くしてくれると思う。あの人子供大好きだから」


 特に、才能や意欲のある子どもは大好きだ。エマなんか才能もやる気も最上級だし、多分可愛がってくれるだろう。


「ただその人はこの街の偉い人の家に住んでて、そこの人にも挨拶しないとダメだよ」

「偉い人?」

「そう、偉い人。そっちも優しい人だから大丈夫」

「そうなんだ」


 友人の住んでいる家の事を色々説明しようと思ったが、エマは世情に無知では無いとは言え書物の情報しか無いだろうし、もうすぐ直に会う事になる。


 それに彼らの人柄を考えれば、警戒して事前に情報を入れる必要はないだろう。


「お土産は持ってきたけど、向こうに泊らせて貰うからいくつか生活用品を買ってから——」

「? どうしたの?」

「……相変わらず仕事が早い人だな。エマ、こっちに」


 突然言葉を切った僕に、エマが疑問の視線を向ける。


 そのエマの手を優しく引き、生活用品のある商店街から、馬車などがゆっくりと行き来している街を繋ぐ大通りに近づいた。


 雪が降っているとは言え賑わっているその通りに、豪奢では無いが高級感と存在感がある立派な馬車が一台止まっている。


 ただ異様なのは、その馬車を中心にして円状に壁があるかのように人や馬車がおらず、誰もその光景を異常だと捉えず平然としている事だ。


 そんな奇妙な空間で、一人の白髪の老執事が佇んでいる。


 人のいない円の中に入りその人に近づくと、彼は恭しく、年齢による衰えを全く感じさせない動作で頭を下げた。


「お久しぶりです、ゼノ様。ご足労をいただきありがとうございます」

「お迎えありがとうございます、セイズさん。お気になさらないでください、ここまで来ていただけるだけで助かります」

「恐縮です」


 自分より年上の人に頭を下げられるのはあまり慣れないが、それはこの人の立場を考え素直に受け入れた。


 初老の執事、僕が"セイズさん"と呼んだ彼は穏やかな笑みを浮かべて顔をあげ、こんどはエマの方に体を向けた。

 エマが力んだように肩を揺らすが、目を逸らさず少し緊張した様子でセイズさんを見返した。


「そちらのお嬢様が、エマ様でございましょうか」

「……お世話になります」

「おや、これはご丁寧に。私はセイズ・グリアドルと申します。何かご用があれば、ご遠慮なくお申し付けください。……いつまでも外で話す事も無いですね。どうぞこちらに」


 綺麗に礼をしたエマにセイズさんが感心したような声を上げ、僕たち二人を馬車の中に案内しようと背を向けた。


 その時にクイクイと、エマに握られた手が引かれる。


「ゼノ、これってどんな結界なの?」

「お、流石に結界っていうのは分かるね。説明は中でしようか。……ほら、手を貸して」


 セイズさんが開けた馬車の扉の横に立ち、エマに手を伸ばして優しく馬車内に導く。


「……え?」


 馬車の中に足を踏み入れた瞬間、エマが目の前に不思議なものがあったというような反応で声を上げた。

 それを微笑ましい気分で横目に見ながら、セイズさんに向き直る。


「この馬車で来てくれたんですね」

「ゼノ様のお迎えですから。……エマ様へのご教授は、どうかお手柔らかに」

「僕も論文で読んだ事しか知りませんよ。というか、こんな気軽に出して良い代物ではないでしょう?」

「おや、既に理由は言いましたよ。『ゼノ様のお迎え』ですから」


 微笑みながら口を開いたセイズさんに向かって苦笑を返し、そのまま御者の席に向かうのを見送ってからきょろきょろ車内を見ているエマに話しかける。


「凄いよね、この馬車」

「うん。不思議。壁にも空中にも魔術が作用してるの?」


 外見からだと四人乗りに見える馬車は、中からだとその見た目よりも更に二回りはデカく、椅子も柔らかいソファのようになっていた。


 二人分のコートを壁のハンガーにかけ、半ば密着するぐらいの距離感で座り広い空間を完全に持て余しながら驚きから復活したエマと話す。


「枠組み的には一応空間魔術っていう系統の一種だけど、まぁそんなのがあるんだって認識で良いよ。流石にこれについて知るには早すぎるし」


 コンコンと馬車の木製の壁を叩いてみると、本来するはずの木材の音では無く空間に響く不思議な音と魔力の波動が辺りに散った。


「外の人払いもその空間魔術?」

「あれは結界魔術と意識干渉の魔術の応用だね。ただ、アレは難度以前の問題で使う場所に細工がいる魔術なんだ。形式的には『儀式魔術』って種類」

「そうなんだ。後で調べてみる」

「うん。分からない所があったら聞いて。……この馬車の事、人に言わないようにね」

「分かった。誰にも言わない」


 自分の迎えだけに貴重な馬車を使うセイズさんからの過大な評価に少し呆れつつも、エマに色々経験して欲しいこちらとしてはありがたい。

 車内へ揺れを届かせない馬車に連れられて、冬でも賑わう街の中心に運ばれながら二人で緊張感もなくくつろいだ。

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