第5話 安心する笑顔

 機嫌良さそうに頭を撫でられ続けるエマをさらに撫でながら、ずっと気になっていた事を訪ねる。


「『体の調子はどう?』」

「……——? ————!?」

「うん、良かった。拒絶反応は出て無いね」


 意思を乗せた特殊な発音方法では無く、エマにはわからないと理解していて普通の発音の仕方でそう溢す。


 一言二言なら問題は無いが、あの発音の方法で長い文を喋ると結構ツラい。

 今後言葉を教えていく過程で使えるように、色々と工夫を考えなければ。


「————————! —————……!」


 そんな事を考えていると、自分の体を一通りまさぐり終えたエマが驚いた顔をして話しかけてきた。


「『服は脱がせていないから安心して。ただ、魔術で怪我の具合と体の構造は見てるから、ちょっと不快かもしれないけど』」

「っ……—————! —————!」

「『許してくれてる?』」

「——♡」

「あぁ、はいはい」


 頬を赤らめて恥ずかしそうにする反応にこちらが謝罪をしようとすると、謝るよりも頭を撫でろという風に頭を押し付けてくる。


 やはり気に入ってくれたらしい。


 あの後寝ているエマを寝室に運び、自分の机で何か作業をしようとベットから離れると、力なく僕のシャツを掴んだエマにその動きを阻まれた。

 その手を無理やり離す事は出来ずしばらく隣で読書をしていたが、途中でエマがかなり寝苦しそうに呻き始めた。


 怪訝に思い身体を調べると、体中の青あざはもちろん、体の内側の状態も間違いなく楽に寝れるような体調では無く。なんなら、生きているだけで常に苦しいと感じる程の苦痛をその小さい身体に負っていた。


 それを知ったからには、解決するのが彼女を拾った責任だ。


 元々は魔術による治療はほどほどにしてほとんど自然治癒に任せようとしていたが、本気でエマの体に治療を施した。


 刺激が強いから、霊薬エリクサーと呼ばれる薬を十分の一に薄めて与える。


 それをそのまま飲ませても内臓や体の損傷は治るだろうが、体調の改善はされないし、強すぎる薬効は彼女の回復機能に後遺症を残してしまう。


 だから治癒の魔術で自己治癒力を上げ、それを薄めた霊薬で補助させる形で使い治癒力では消すことができない古傷などを出来るだけ綺麗にする。

 治療魔術は扱いが難しく、治療される側の魔力操作が熟達していないと拒否反応が起きる。


 だがエマの魔力は僕の魔力と相性が良いのか抵抗が薄く、すんなりと受け入れられて治療は滞りなく進められた。

 おかげで朝から半日ほど時間をかけてずっと治療を続けることが出来て、全身の痣や傷は綺麗に消えている。もし体が成長しきっている相手なら古い傷跡は消えないが、幼いためまだやりようがある。火傷の後なんかが無くて良かった。


 後は適度な運動と食事、睡眠を規則正しく続ければすぐに健康な子供になることだろう。


 途中一息ついて、自分が治療をしているのが軍人などでは無く、穏やかな寝息を吐く少女ということを再認識する。


 苦しい環境だったのは察してはいた——だが、この子の境遇を甘く見ていたかもしれない。


 多分、普通の子供なら簡単に、それこそ数日と経たずに死んでいる環境だったはずだ。

 彼女の身に刻まれた傷は何年も前から受けていた害意の証明であり、少なくとも子供に振るう力じゃない。


 死んでも構わないと思っていたか、当然のように殺意を持って行われた暴力だろう。それでもエマが生きているのは、彼女の体に魔力に関する非凡の才が宿っているからだ。


 魔力の運用方法が分からずとも、その体が死に瀕した時には本能的に魔力で体を補っていた。


 だから、彼女は死ななかったし、苦しみ続けた。


 そして僕が事態を重く捉えないという認識をしたのは、彼女が余りにもその環境に疑問を持たず、それを受け入れていたから。


 悲しい場所で生きていても、優しさと純粋さを持って育っていたから。

 少女の頭を撫でていた手を頬に滑らせ、親指でさらさらと頬に触れる。


「『さ、ご飯を食べようか。君が気に入ってくれると良いけど』」

「……?」

「『どうかした? どこか痛い?』」


 小さい体を支えてベットから降りようとすると、エマが何かおかしいというような顔をして僕を見た。


 その反応に、体が出来上がっていないのに治療したせいで何か悪影響が出てしまったのではないかと思い、ゆっくりとベットの上に少女の体を下ろす。


 すると、自然な動作でエマの手が僕の頭に伸びてきた。驚く暇もなく、その手がさらさらと僕の髪を撫でる。


「……参ったな」

「———?」


 エマは眉を少し斜めに歪めている。


 「大丈夫?」と、言葉は分からないが、そう尋ねられた気がした。


「『大丈夫だよ。ありがとう』」

「♪」


 エマの笑顔は、ずいぶんと純粋なものだった。



 私が起きた時、ゼノは何かを考えているようにみえた。


 それがどういうものかよくわからないうちに、その顔は優しい笑顔で隠される。


 ゼノは何回もなでなでしてくれる。あれは気持ちがいい。


 だから私もそうした。


 ゼノの驚いた顔は、ちょっと可愛かった

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