第2話 魔法使いに拾われる

 少女の手を優しく握り来た道を引き返そうとしたが、歩き始める前にその子の靴を履いていない小さな足を見た。


「ねぇ、ちょっと良いかな?」

「?」

「えっと……いや、どう伝えてもわからないだろうけど……まぁ良いか——よっと」


 手を離して身を屈ませ、少女の膝に腕を通して持ち上げる。


「……!?」

「ごめんね。少し我慢して」


 持ち上げた時に実感した残酷な軽さに驚いたが、それを表に出さないように微笑みかける。

 抱き上げた感覚も人間のものとは思えないほど弱々しく、極端に肉が少ない。


 外見年齢は10歳前後という感じだが、間違いなく成長期の頃から肉体の形成に必要な栄養をを十分に取れていないだろうから、もう少し上の可能性も高い。


 安心できるように、されど苦しくはないように胸に抱き寄せながら山道を歩く。


 できる限り腕の中に衝撃が伝わらないように丁寧に足を進め、目的地にたどり着いた。

 目的地と言っても、僕の目の前に広がる光景は木々が茂った周囲の森となんら代わりない場所だ。


「『帰ったよ』」


 特殊な発音の仕方でその空間に向かって帰還を告げる。


 するとヴェールが剥がれるように世界の景色が変わり、そこには森の雰囲気に合った木製の一軒家が建っていた。


 腕の中ではひゅっと息を飲む音が聞こえる。


 確かに、一般人からしたら不思議な光景だろう。

 ショックで気分が悪くなったりしていなければいいが、恐怖が大きかった少女の目に宿った好奇の光を見ればその心配はなさそうだ。


 数段分の階段を上って玄関の前で立ちどまり、「『開けて』」と呪文を唱えると木製の扉がひとりでに開く。

 部屋の中は柔らかく暖かい印象を与える木の家具と、今はそこまで寒くない為沈黙しているレンガで出来た暖炉がある。


「ようこそ、我が家へ」

「—————?」

「んー、とりあえずお風呂で、その後ご飯かな」


 何を言っているのか分からないから少女の言葉をすらりと受け流して、これからの流れを決める。


 まともに体を洗わせてもらえていないようなので、一度風呂に入れてあげる事にした。もう少し幼ければ入浴中の世話をしても大丈夫だっただろうが、流石に10歳以上の女子は自分の裸を見られる事を嫌がるだろう。


 特に難しい事も無いし、実際に見せてやれば使い方もわかるはずだ。


 そう考え浴室へと進む。


「魔力は……難しそうだね。魔石使おう」


 一人でそう溢し脱衣所に置いてある箱から半透明の翡翠色の石を取り出し、それを浴室の魔導具の窪みにすっぽりとはめ込む。


 これで魔力を上手く操れなくても、お湯を出す魔術式が刻まれた魔導具を使う事が出来る。


 魔力を操れたら手が塞がっててもお湯の強弱を変えることが出来てかなり便利だ。逆に魔石を使うと、お湯のオンオフを魔導具の一部分を触れて行う必要がある。


 魔力の扱いが苦手だと出てくるお湯が水になったり、いきなり勢いが強くなったりするため、そういう者は魔石を使ったほうが使い勝手がいい。


「ここに触れたらお湯が出て、もう一度触ったらお湯が止まる。これで頭を洗って、これで体を洗う」


 お湯を出したり止めたり、軽く髪や腕を実際に洗って見せたり、一応口でも話しながら身振り手振りで説明する。

 その動作を見て少女も魔導具に恐る恐る触れ、お湯が出てきたことにビクッと反応しながら直ぐにもう一度触れてお湯を止める。


 そして洗髪材を少し指につけスンスンと匂いを嗅いで、その華やかな香りに頬を緩めていた。

 ここに置いてある髪用と体用の洗料は僕の自作だが、気に入ってくれたみたいで良かった。


 僕がした行動を同じように繰り返し、少女は使い方を理解したようだ。


「じゃあ、着替えとタオルは置いておくから、ゆっくり入ってて。何かあったら大声出すように」


 そう話しかけて、タオルの位置を示してから脱衣所を出る。

 たとえ言葉は理解できなくても、何も言わずに出ていかれたら怖いだろうから意味が伝わらなくても色々喋っている。


 着替えを取りに行こうとした所で浴室からシャワーの音が聞こえてきたので、何か事故が起きるという事は無いだろう。


「これとこれと、下着は……アーシャに悪いけど、勝手に借りるか」


 自分の部屋に戻り、タンスに向かって腕を振ると、引き出しが勝手に動いて灰色のシャツとハーフパンツが空中を舞って僕の腕に収まる。

 そして少し悩んだ末、女性の友人が着替えを置いている引き出しを開けて、中から白のショーツを取り出した。


 その人も小柄だが、流石にあの少女よりは小さくない。ただサイズが少し大きいとしてもハーフパンツを直接履くよりましだろう。


 後でお詫びはしておこうと考えながら、道中で庭に干してあった植物の綿花を使って作ったタオルを回収する。


 それらを脱衣所に置いて、扉越しに浴室内でトラブルが無い事を確認してリビングに戻る。

 一応浴室の中で異常があったらすぐに分かるようになっているから、過剰に心配せずにある程度の時間で呼びに行くつもりだ。


 それまでは、食事でも作って待っているとしよう。





 ——どうやら私は、魔法使いさんに拾われたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る