森で拾ったボロボロ少女の世話する~とてもいい子に育ってくれた——ちょっと育ちすぎたかも~

nola

第1話 ボロボロ少女を拾う

「ひどいな……」


 いつものように街へ降りようと緩やかな山道を下っている際中、本来人が立ち入ることがあまりないはずの森の中で、一人の少女が力なく座り込んでいた。


 服はボロボロ、髪もボサボサ。顔色は悪く、頬は痩せこけ、所々に痛々しい青あざが見える。

 その少女の状態に思わず顔を顰め、背景は分からずとも幼い少女をそんな状況へ追いやったらしい環境へ思わず低い声が漏れ出る。


「ひっ……」


 その声に反応してか、少女の荒れた唇から怯えの声が漏れて表情が恐怖に歪む。


 既に怖い思いをしているだろう少女をこれ以上怖がらせてどうする。


 そう考え、一歩離れて敵意が無い事を示し、視線を同じ高さにして相手の本能に目の前にいる人間は危険ではないと思わせる。


「ごめん、怖がらせてしまったね。……君は、どうしてここに居るんだい?」


 出来る限り優しく聞こえるように、柔らかい声と表情を意識しながら尋ねた。


 僕が怖い存在ではないと理解してくれたのか、怯えの目を疑問の目に変えてから口を開いた。


「———————?」

「……なんて?」

「っ、——————、——————」

「んー……この大陸にある言語じゃ無いか。種族は人間……でも、見た事のない顔立ちだね。別大陸の子かな? だとしたらなんで……」


 少女の答える言語は全く聞き取れないが、ただ闇雲に音を出している訳では無いのがわかる。つまりこちらの知識にない言語で話している。

 黒髪に薄い茶目というのもあまり見た事が無いし、顔立ちも馴染みのないものだ。


 海を越えた別の大陸から連れられた奴隷と考えるのが一番可能性が高そうだが、この国は奴隷制を禁止にしているし、態々そんな国に大陸を渡って奴隷を運ぶ事も無いだろう。


 もしそういった事があったとしてもこの森に立ち入る理由は大して無く、ここまで衰弱している子供一人を逃がす事も考えずらい。


 そんな事を考えていると、一つ、明確にこの少女がここに居る事への矛盾を思い出した。


「あれ……なんで生きてるんだろ」

「……?」


 つい声に出てしまった疑問の意図が言葉に、言葉の分からないであろう少女が幼い動作でコテンと首を傾げる。


 ここの森には強力な魔物が多い。


 その上森に入って得られる物が少なく、強いて言うなら魔物の素材だ。つまり、この森に入る理由はその強力な魔物達に対抗できる強者であり、もし戦闘の痕跡があれば自分にわからないはずが無い。


 そもそもこの少女が戦えるようには思えない。そして裸足で、その足に山道を歩いて出来た傷は見当たらない。


 怪しすぎる。


「はぁ……まぁ、別にいいか」


 気は乗らないが、こうする以外に道はない。

 そうは思いつつも、その選択をする事に一ミリも迷いもなく、嫌な感情も浮かばない。


 出来る限り目の前の少女が怖い思いをしないように、ゆっくりと手を差し出す。


「——僕と一緒に来ないかい?」





「——ここ、どこ……?」


 いつも曖昧だけど、そのいつもよりさらにふわふわとした意識の中で、視界に映る光景への感想がそれだった。


 木と草、緑と青空。あまりにも自然の色が濃すぎるその光景は、私にとって初めてと言っていいものだ。


 腰を下ろしている地面は暖かくも冷たくも無く、ただ、いつもみたいに硬くはない。


 ……やっと捨てられたのかな。


 狭い部屋で少ないご飯を食べながら体を丸めて耐える日々。

 学校にも途中から行かせて貰えず、たまにものを投げつけられたりする。


 あの場所と比べれば、こんな綺麗な空気の場所で雨に打たれながら死ぬ方がとっても嬉しい。


 もう疲れた。

 お腹もすいた。

 もう寝てしまいたい。

 ゆっくりと、静かな場所で。


 試しに立ち上がろうともしてみたが、その気力すら起きない。


 体を倒そうとして力を抜くと横からガサっと音がして、そこから大きな人影が現れた。


「————」

「ひっ……」


 黒い髪と黄色の目を持った男の人が出てきて、その人は優しそうな綺麗な顔を歪めながら何かを呟いている。

 その言葉は何を言っているか分からなかったが、多分私を気持ち悪いと思ったはずだ。いつも、あの人にそう言われてきた。


 ごめんなさい、と謝ろうとすると、その人は少し離れて体をグイッと下げ、私の目をまっすぐ見つめてくる。


「—————、————————?」


 やはり何を言っているのかは分からないが、その声と表情は私に向けられたものの中で一番安心するものだった。


「……どうすればいいの?」


 よくわからず、そう質問する。


「———?」

「っ、何もしないの? 痛いことも、怖いことも」


 意味のわからない言葉に少し驚くが、相手の優しい顔をみて久しぶりに謝罪以外の意味がある日本語を口から出す。


 その後もその人は話しかけてきたが、やはり言っている意味がわからなくて首を傾げてしまった。


 その人は「はぁ……」と大きくため息をついた。

 何かされるのかなと体がビクッと勝手に揺れる。


 また同じ高さでその人の綺麗な目を合わせてきて、やっぱり全く意味のわからない言葉で私に話しかけてくる。

 ただ今度は、その大きな手を私に差し出してきた。


「……——————————?」


 言葉の意味はよく分からない。


 ——それでも、その硬くて暖かい手に自分の手を重ねた瞬間、自分の人生が大きく変わった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る