田舎のカフェの不思議譚

 ボストンバックを手に、カフェを後にする。

 代金は、お茶を淹れたのは俺だからと断られた。

 ありがとうございましたー、と同時に思いきり引き戸を閉めて、おそらくは……寝たいのだろう。

 最後までユヅキらしい見送りのない見送りに、知らず知らず笑顔になる。


 町の入り口まで来て振り返れば、野菜やら菓子やらを持った町民数人が、ユヅキに差し入れに向かう様子が見えた。

 差し入れだよー!という声が合唱のように響いてきたから、十中八九当たりだろう。


 ユヅキは、町の人にとってどんな存在なのだろう。

 最初に会ったおばあさんは、カフェの評判を自然に捉えていたように思う。


 ふと、すれ違いざまに、若い男女に訊ねてみた。

 ユヅキさんは、ずっとここにいたのですか?と。


 返ってきた答えは、やはり謎めいていて。

 別の土地から来たようだけど、知らないうちに町に馴染んでいたし、いつまで居てくれるのかはわからない、とのこと。


 こちらとあちら、生と死をつないだあの橋渡しのお茶に例えるなら、橋の真ん中、なのだろうか。

 町の真ん中に佇む、本人の存在までも生と死の真ん中のような、少し……かなり怖い人。

 ユヅキは、俺の中でそう印象付けられた。


 命が削られる?こういうことは頻繁なのか?という俺の質問に、ユヅキは応えずただ微笑みを浮かべていたんだ。


「帰らないとな、あの家に」


 俺は、田んぼがよく見える夕暮れの駅舎で、一人呟いた。



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