田舎のカフェの不思議譚

「おっ! これは見易くていいな、文字盤がシンプルなやつ、探してたんだよ。ナイスだ、薫!」


 兄さんは嬉しそうに腕時計をしようとして、腕が細すぎることにはっとした。


「あぁ、そうだった、俺はこの人の身体を借りているんだよな。確か、長時間だと命を削るらしい。すまん、薫! そろそろタイムリミットだ」


 ユヅキさんが、身体を貸している――

 俺は、そのことに気付きながら、考えないようにしていた。


 けど、もう、夢は終わるようだ。


「喜んでもらえて、良かった。兄さん……心配かけて、ごめん。俺は大丈夫……大丈夫だから、生きるから。だから、兄さん──ありがとう」


「ああ。薫、元気でな」


 涙をぬぐって笑うと、兄さんも同じ笑みを浮かべた。

 笑顔がそっくりって、よく言われていたっけ。


 ――ぐらり。

 ユヅキの身体が前方に伏した瞬間。


 温かな温度が、全身を包んだ気がした――。


「兄さん……」


 囁きは、ゴィーン!という鈍い音に遮られる。


 ユヅキが、机に額をぶつけた音だった。


「うっ……」


「だ、大丈夫ですか……?」


 ユヅキさん、と声をかければ、ものすごい形相で睨まれて。


「おっっせぇんだよてめえら! 僕の寿命はてめえらと一緒なんだよ人間なんだよ! うだうだしやがって全く……命がいくつあっても足らんわ!」


 机に突っ伏した状態から起き上がれないのか、横顔で威嚇が続く。


「ユヅキさん、素が接客モードになってます」


 試しに放ってみた言葉は、意外と有効だった。


「――やぁ、これはすみません。お客様、お恥ずかしい所をお見せしまして申し訳ありません」


 威嚇から一転、にこやかな微笑みはやはり殺気を放っていたけれど、とりあえず荒々しさは去ったようだ。


「ところで、この腕時計は薫君のですか?」


「あ、はい。でも――もし良かったら、ユヅキさんが使って下さい。あっ、でも一番細い場所でもユヅキさんは抜けちゃいますよね……。ここに来た誰かがこれが必要なら、渡して下さいませんか?」


 身体を貸している間は感覚がぼやけるのか、あまり覚えていないらしいユヅキは、一度腕時計をはめようとしてみて、ふむ、と頷いた。


「確かに、僕では大きすぎますし、今までの来客模様では、僕より必要な方がいるかもしれません。よさそうな時計ですが――では、有り難く頂戴しましょう」


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