田舎のカフェの不思議譚
「――本当に、そう思うのか? 薫、じゃあ今すぐにお前の命を奪って構わないんだな?」
ユヅキの声色が、がらりと変わる。
変わる、というよりは、代わった、のほうが正しいだろう。
先ほどの瞬間的なものではなく──
俺の目の前には、兄さんが居た。
姿形はユヅキだが、話し振りや声、空気感は、兄さんのそれだ。
異様な雰囲気にも関わらず、俺は真剣に答えていた。
目の前には、兄さんが居る――確実に、兄さんだと、確信したから。
「……構わないよ。俺は、兄さんを傷つけてばっかりだった。だから……」
言葉を続けようとするが、いきなり溢れ出した涙が邪魔をする。
なんで、こんな大事な時に……
「あはは、ばっかだなぁ! 真に受けるのは素直でいいことだけどな、これが冗談だって気付かないお前が心配になってきたよ」
ふいに、目の前から聞き慣れた笑い声が溢れて。
俺は、何度かまばたきをした。
「冗談……? だって兄さん、兄さんは俺がいたから色々……」
「お前が居てくれたから、乗り切れたんだよ。薫、俺は、弟のお前がいなかったら、もっと早くに死んじまってたかもしれん。お前の存在はな、俺にとって、いつも光だった。そりゃ疎ましく思ったこともあるぞ? だけどな、それは兄弟喧嘩の域だ。俺はいつも、お前に救われてた。……母さんが俺にきつく当たった日々、お前は小さいのに、俺を庇おうとしたんだ。そんなことさせられっかよ? 涙目で俺を庇ってくれた弟を、誰が嫌いになると思う? 誰が、命を奪いたいなんて思うんだ? 逆さ。――俺は、死んだのが俺で良かったと、思っている」
ユヅキの……否、兄さんの手が、俺の頭を撫でる。
ぐしゃぐしゃと撫でられて少しわずらわしかったその温もりには、もう二度と会えないと思って――いた。
兄さんは、苦しげに笑っている。
こいつ大丈夫なんか?
ひとりで平気か?って表情だ。
昔から変わらない、優しい苦笑い。
「兄さん……俺、兄さんに渡したいものがあったんだ。棺にも入れられなくて、ただ持ってた」
「おー、何だ?」
「これ……」
俺は上着のポケットにずっと入れたままだった黒い皮バンドの腕時計を、兄さんらしくない、ユヅキの細い手のひらに載せる。
兄さんらしくない兄さんの手は、それをしっかりと掴んでくれた。
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