田舎のカフェの不思議譚

 配分はしたものの何のブレンドだかわからないが香りの良い茶を、ユヅキの湯飲みと俺の湯飲みに注ぎ、客間だか居間だかまだよくわかっていない場所へと運ぶ。

 暇さえあれば睡魔に襲われるのか、ユヅキは椅子に座って閉じそうになる眼を、必死に開けようとしていた。


「持って来ましたよ、謎の茶」


「謎じゃないですが、教えません」


「結局謎じゃないですか」


「まあね。さあ、そこに座って。長旅でお疲れでしょうし、くつろいで下さいね」


「それ、最初に言ってほしかったです」


 少しずつ目が覚めてきたのか、比較的穏やかになってきたユヅキの微笑みに、微かな疲労感を味わう。

 俺は、本当に何をしにここに……

 溜め息を吐けば、茶を勧められた。


 俺が適当に淹れただけでも仄かに煌めいて見えるこの茶葉は、何なのだろう。

 目の前の青年を眺めると、毒入りにも見えなくはないため、目を閉じて一口だけ飲み込んだ。


「………」


 静けさが、部屋に漂う。


 俺も何も言わなかったし、ユヅキも口を開かなかった。


 どこか懐かしい、お茶の香り。

 俺は、いつかもこれを飲んだだろうか。

 じわりと、にじむように胸の辺りがほどけてゆくようだ。

 喉を塞いでいたつかえがとれて、胸の中にある想いが、静かに溢れ出す……


「俺は、兄さんに何も出来ないままだった。……兄さんと俺は歳が離れていて……母親が早くに逝ってからは、兄さんが俺を育ててくれたんだ。俺には……昔の記憶がなくて……兄さんは、無理に思い出す必要ないって笑ってたけど……だけど、その時の兄さんの顔は悲しそうで。……兄さん、俺がいたから、会社の海外事業にも参加しなかったんだ。兄さんは自分に合ってる職場より、俺を育てることを選んだ。去年、やっと高校を卒業して、バイトしてた先で雇ってもらって社員になって……やっと、兄さんに何かできるようになると……思ってたら、二月前、兄さんの誕生日の前日に……兄さんが事故で死んだ」


 そう、兄さんの背中には、生々しい傷痕があって。

 兄さんが死んでから、その理由を、記憶を、取り戻したんだ。


 兄さんは、いつも小さな俺を庇ってくれて。

 母さん……俺にとってはそれまでいい記憶しかなかった、母さんの暴力から……兄さんは、毎日俺を守ろうとしてくれていたんだ。


 母さんが死んだ時、泣きじゃくった俺の頭を、兄さんは優しく撫でてくれた。

 悲しそうなのに、苦しそうだった。


 なのに、兄さんは何度も、俺に感謝の言葉を述べていた。

 助かったよ、ありがとう、とか。

 ありがとうな、お前にはいつも感謝してる、とか。

 俺は今まで役に立てなかったのに、どうしてかわからなかった。


「誕生日に、働きながら少しずつ貯めておいたお金で、兄さんの職でもつけられるような腕時計を渡すつもりだったんだ。箱に入れて、物置に隠しておいて……当日に、驚かせようと。けど……渡せなかった。……兄さんは、俺がいたから、昔、家から逃げられなかった。俺がいたから、好きな仕事を選べなかった。……俺が、代わりになればよかったんだ」


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