田舎のカフェの不思議譚

「なあ、人って生きてるうちはフツーに歩くし、喋るだろ? なのに、いきなり物言わぬ骨になる」


「そうですね」


 事も無げに言うユヅキに苛立って、俺は水の入った湯飲みを、派手に音を立ててテーブルに戻した。


「ユヅキさんは淡白ですね」


「ええ、よく言われます。けど、薫君も人間なら、人間が等しく死ぬ運命にあることくらい、学んで知っているでしょう?」


 ユヅキは、どこからか迷いこんで来た蝶を指先に留まらせ、静かに微笑む。


 小さな白い蝶……


 そういえばあの日から、よく見かけていたような……?


「そんなことより薫君、水、もういいなら、僕の湯飲みと一緒に洗っておいてくれませんか?」


「は!? てめぇいい加減にしろよ!! 俺はこんだけ必死に……っ!」


「――薫。お前、そんなにイライラしてどうした?」


 一声に、俺は我が耳を疑い、ユヅキの顔をまじまじと見つめる。


 今の声は、まごうことなき、俺の……亡き兄の声だ。


「兄さん……?」


 瞳に涙を浮かべながら、不慮の事故で逝った兄を想う。


 今、俺の目の前に――


 ここは、本当に……


「何でしょう? 薫君、まあ君の思考はどうでもいいので、早くそれ二つを洗って、あちらの台所でお湯を沸かして、二人分のお茶を淹れてきて下さいね。茶葉は、緑のラベルの瓶を小さじ一杯、黄色のラベルのを小さじ二杯」


 さりげなく要求が増えていると感じつつ、ユヅキを眺めた。


 そこには先ほど垣間見えた兄の面影は一切なく、冷気を放つ青年が居るだけだ。


「一体……何が……?」


 呟きつつも、何故か身体は流し台に向かってしまう。


 ……そういえば、俺にとって唯一の家族だった兄さんと一緒に暮らしてたあの頃、兄さんにもこうしてよくお茶を淹れた気がする。

 仕事だけが取り柄の兄さんは家事はからきしで……比較的時間にゆとりのあった俺が、炊事していた。


「ふっ」


 呆れた笑いが零れて、俺は思わず口元を押さえた。


「おや? 何か楽しいことでもありました?」


 いつの間にか背後に立っていたユヅキに驚きつつ、首を横に振る。


「呆れていただけですよ。何ですかこの台所!! 茶葉はきっっれーーいに整頓してあるのに、他はぐっちゃぐちゃ。こんなんでよく――」


「お茶には興味がありまして」


「他にも興味を持って下さい」


「そんな時間があったら寝たいです。今も、もちろん」


「はぁ……」


 にこやかに微笑むユヅキへの反応のしかたが、ますます解らなくなる。

 そもそも俺は一体何をしに来たのだろうか、と溜め息が漏れた。


 ここが世間的に「カフェ」であることなど、既に脳の記憶から除外されていた。


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