田舎のカフェの不思議譚
*
「――ふむ。じゃあ貴方は希望を抱きたくてこちらにいらした、と」
グラスではなく湯飲みに入った水を差し出しながら、青年はじっと俺の瞳を見据えた。
青年の前に置かれた、彼用らしき湯飲みからは湯気がのぼって、仄かに良い香りがしているような気もしなくもないが、その辺りはそっとしておく。
とりあえず、俺に差し出されたのは、ウォーター。水だった。
「そうなんです、俺は──生きるための、希望がほしくて……。この町のカフェは、どんな者にも希望が宿る不思議なカフェだって噂になっていたから……」
「なるほど。それで貴方は僕の安らかな眠りを妨害した、と」
懐古に浸る暇もなく、打撃のような言葉が俺を遠慮なしに殴り付ける――錯覚を感じた。
「あっ、いえ、睡眠を妨害しに来たわけではなく──ですね、普通に来店した、というか……」
「そうなんですよね、来店なんですよね。貴方を困らせて申し訳ない。……全く何故こんな店があるのやら……まあ僕が営んでいるんですが……開店日ってくっそ面倒くさいですね」
謝罪なのか脅しなのかわからない言葉を振り撒きながら、青年は再び微笑む。
怒気の混じるその微笑みは余計に怖い、とは、突っ込めなかった。
「あぁ、そうだ、貴方の名前は?」
「あ、ハイ。俺は春野薫(はるのかおる)と申します」
「薫君、ですね。僕は優月(ゆづき)といいます。適当に宜しくお願いしますね」
青年……ユヅキは、軽く礼をするやいなや、部屋の隅に積まれている箱の幾つかを俺の前に並べる。
「その箱とか適当に開けて、薫君の希望になるようなものがあれば全て持ち帰って良いですよ。それらは『希望を抱きたいから置いていく』とのことで、お客さんから僕に譲渡されたものですから」
箱は全て趣が異なっており、指示されるままに開けながら、俺は、思考が混濁するのを感じていた。
懐中時計や紙飛行機、ラジコン、ブリキのおもちゃ、小さな手紙のようなものがたくさん入った、タイムカプセルのような箱。
金色に輝く宝飾品が幾つも無造作に入った、色々な意味で触ってはいけないような箱。
そして――
「これは……一枚の写真、だけですか?」
俺は、最後に開けた簡素な箱を、じっと見つめた。
「ええ。確かそれは――大切な人の、写真だそうですよ」
「大切な人? じゃあ、なんでここに……」
大切な写真を手放した持ち主に少しだけ苛立って、俺の声は波打つ。
「薫君、落ち着いて。これをここに置いていった人は、薫君と同じ理由でここに来た人です」
「同じ?」
「そう、同じ。大切な人を、喪った女性でした」
微笑んだまま述べられた言葉に、俺はうつむいていた顔を上げ、ユヅキを見据えた。
俺は、ここに来た理由を「希望を抱きたくて」とは言ったが、「大切な人に先立たれて」とは言っていない。
「ユヅキさん、あなたは――」
「ああ、すみません。怖がらせましたか? 僕は、少しばかり敏感なんです。欲しくない情報も濁流のように日々身体に流れ込む。ゆえに疲労しやすくてですね……ったく今日は眠れると思ってたのによく来やがってくれましたお客様」
ユヅキは、俺の深刻さを放るような怒気を孕んだ眼差しで、にっこりと微笑む。
色々重要な情報を聞いた気もしたが、全てが真っ白になるくらいの怖さに包まれ、よくわからない切なさだけが、俺をなぐさめていた。
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