田舎のカフェの不思議譚



「すみませーん」


 インターホンが見当たらず、どこから見てもカフェに見えない小さな民家の引き戸に手をかけた。


 よく見れば、引き戸の指をかける部分に、マジックで、小さく小さく「花の町の真ん中カフェ」と書いてある。


 穴場、とはこういうものなのだろうか?

 いや、違うはずだ。

 穴場があるとしたら、これはもう、穴場を通り越している。

 人に「来ないでくれ」と言っているような雰囲気だ。


「ふぁーい?」


 諦めて帰ろうとした数分後、奥から何かしら音がして、一人の男性が顔を出す。


「やぁ、久々のお客様ですか。面倒くさいですね!」


 白い歯を見せて爽やかに笑った男性は、営業スマイルは及第点でも、店主として色々失格であろう。

 俺はどう反応していいのかわからず、ただ、はい、とだけ答えておいた。


「そこ、段差があるんで一応気をつけて下さい。こっちの部屋でお話を伺いましょう。メニュー表は特にありませんが、お水とお水とお水、どちらが良いですか?」


「全部水かよ……っと、いえ、すみません。では、水をお願いします」


 水に指摘をすれば何やら冷ややかな眼光に焼かれたため、丁寧語に戻す。


 希望……これが、希望……?

 俺は、今後の展開が不安でたまらなくなっていた。


 見た目爽やか青年なカフェ店主らしき人の、一瞬一瞬にちらりと見せる眼光は一般人のものとは思えなかった。


 この田舎町はとても潤っていると聞くが、まさか町ぐるみで観光客を──?

 そっち系なのか、水とか言いながらぼったくりなのか、あるいは──


 ああ、俺の人生がここで終わったらどうしよう。


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