第3話

状況終了のラッパが鳴り響く。

演習は終わった。


俺たちは、あちこちに掩体えんたいとして身を隠すために掘っていた穴を次々に埋めていく。

人が隠れることができる深さの穴だ。

時間と労力をかけて掘った穴ではあるが、そのままにしておくと誰かが落ちたりして危ないので埋める。


皆、黙々と掩体を埋め戻しているが、きっと頭の中では宴会を楽しみにしていたり、外泊を楽しみにしてたりするのだろう。

演習中は天幕と呼ばれるテントに寝泊まりし、風呂にも入れない。

トイレもないので、大をするときはスコップを持って人目のつかないところに行き、そこで用を足す。自分が出したものは自分で土の中に埋めるのだ。


演習が終われば、そんな生活ともおさらば。

誰だってベッドの上で寝たいし、風呂やトイレも使いたい。

撤収作業はどんどん進んでいく。

皆、早く帰りたいのだ。


俺は、銃を持って武器を担当する陸曹の元へ行く。

撃たなかった空砲と、撃ち終わって排出されたカラ薬莢やっきょうを返納するためだ。


「小林二士、薬莢やっきょうが1つ、足りないぞ」


「え?」


俺は青ざめた。

薬莢受けはちゃんと付けていたはず。

しかし、何度数えても員数が合わない。


撃った時、薬莢がちゃんと袋に入らなかったか、あるいは、突撃で移動していた時、薬莢受けから落ちてしまったか……


どう探しても、カラ薬莢が1つ足りない……


火器陸曹が俺の上官に報告する。


俺はとんでもないことをやらかしてしまったのだ。


中隊に集合命令が出る。

隊長は言った。


「撤収作業、一時中止! これより、カラ薬莢やっきょうの捜索を開始する!」


途端に、部隊に不穏な空気が流れる。


俺は、自分の移動経路を思い出し、隊長に詳しく説明した。

隊長は各班の班長を集め、捜索範囲を指示する。


隊員が四つん這いになり、横一列に並ぶ。


「捜索、開始!」


みんなで、草の間や石の陰を見ながら四つん這いで前進していく。


すまない……

俺が薬莢を落としたばっかりに……


誰も声を発しないが、内心はムッとしているはず。

俺のせいで、余計な作業が増えてしまったのだから……


薬莢は見つからなかった。


「おまえがいた掩体壕はどのあたりだった?」


「……はい、あのあたりです……」


「4班は掩体壕の掘り起こしをしろ!」


「はい! 4班は掩体壕の掘り起こしに向かいます!」


先程、みんなで頑張って埋めた穴を、再度掘り起こす。

薬莢が埋まっていないか確認するためだ。

捜索のために掘った穴は、捜索後に当然、埋め戻さないといけない。


隊長は無線で本部とやり取りしている。


他の中隊もやってきた。

人数を増やして、再度捜索である。


俺はまともに顔を上げられない。

俺のせいで、他の中隊にも迷惑をかけてしまった。

薬莢を落としたのはどこのどいつだよ。

きっと、そんな風に思っていることだろう……


「よく思い出せ! どこを通った?」


上官が俺に、何度も質問する。


俺は涙目になりながら答え、薬莢の捜索を続ける。

しかし、辺りはだんだん暗くなってくる。


「まだ見つからないのかよ……」


そんなつぶやきが聞こえ、俺の心を抉っていく。

みんな、早く撤収して宴会をしたいだろう。

営外居住者は家族が待つ家に帰りたいと思っているだろう。

しかし、俺が薬莢を落としたせいで、演習を終えることができないのだ。


辺りが暗くなると共に、空に浮かぶ月は明るさを増していった。

懐中電灯を照らしながら、みんなで草の根をかき分けて捜索する。


しかし、薬莢は見つからなかった。


すっかり日が落ちてしまい、今日の捜索はここまでとなった。


我々は演習場にもう一泊することになった。

みんな、黙り込んでしまう。

俺は、誰の顔もまともに見ることができなかった。


夕食として、缶詰が配られた。

しかし、俺は食べる気にはなれなかった。

トイレを口実に、俺は天幕から出た。


演習場は山の中にある。

街灯がないので、空には無数の星が輝いて見える。

そして、月の光はまぶしく感じられた。



ガサッ……


茂みから音がした。

キツネが一匹、こちらを見ていた。


夜の歩哨訓練でも、俺はキツネに遭遇したことを思い出した。

野生動物はいいよな。

おまえは薬莢なんて探さなくてもいいし、仲間に迷惑をかけて心がつぶれる、なんてこともないだろうな……


キツネは、茂みの中へと消えていった。


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