第2話
「状況一時中止!」
背後から怒号がした。
振り向くと、体中に草木を付けて偽装した男が立っていた。
「おまえら、戦死だ!」
しまった……
この男は、敵の
ここは陸上自衛隊の演習場。
俺たちは
この後、俺たちは教官から痛烈な説教を食らう。
「俺を発見できないどころか、おめおめ歩哨壕の場所まで明かしてしまってどうする! 爆弾でおまえら2人とも吹き飛んだら、誰が俺の侵入を報告するんだ!」
1人が殺されても、もう1人が本部に報告できるようにするためだ。
歩哨は2人同時に殺されてしまってはいけない。
不審者が近づいてきたら1人が穴から出て、もう1人は穴で待機する。
教官は、俺が穴に戻るのをつけてきたのだった。
爆弾で2人とも戦死の判定。
この失態は、俺の上官にも報告がいくだろう。
あの鬼軍曹からの説教を想像すると、今からもう、めまいがしてくる。
「おまえが歩哨に失敗したせいで本部が攻撃を受ける。それで仲間が死んだら、おまえが殺したのも同然だ!」
自衛隊はすべてが連帯責任。
一人がミスをすれば、何人もの仲間の命が失われる。
教官は俺に問う。
「所属階級名前!」
なんと、歩哨である俺が
「はい! 普通科第3中隊、
「小林二士に聞く。三度、誰何するも返答なき場合はどうする?」
「捕獲、あるいは刺殺・射殺であります!」
「そうだ。そして、おまえはそのどれもできていない!」
「はい、申し訳ありませんでした」
次に教官は、俺の
「先輩なんだから、しっかり歩哨のイロハを教えてやれ! 後輩を育てないと、お前が死ぬことになるからな!」
「はい!」
「では、田中一士、腕立て伏せ50回、始め!」
歩哨でミスをしたのは俺なのに、教官はバディである田中一士に腕立て伏せを命じた。
俺のミスのせいで、バディが罰を受ける。
いたたまれない気持ちになる。
教官は俺に言った。
「おまえのミスでバディが死ぬ」
それを分からしめるために、バディが腕立て伏せをさせられている。
年上のバディが罰を受けているのを見るのは耐えられない。
俺は言った。
「私も田中一士も共に戦死です。なので、私も腕立て伏せをします!」
俺も腕立て伏せを開始した。
腕立て伏せを終えた俺たちは、教官から「死亡」と書かれた紙を渡された。
戦死扱いとして歩哨壕に留まるのだ。
次の時間に交代でやってくる歩哨に、俺たちは死体として発見されなくてはいけない。
はぁ……
これもまた、気が重い。
* * *
翌日は、陣地攻撃の演習だった。
自分たちで掘った穴(
この穴に入っていないと、敵の攻撃を受けてしまうのだ。
隊長が無線で、後方の特科(旧軍でいうところの砲兵)と連絡を取り合っている。
今、後方から長距離の榴弾砲が、俺たちの攻撃の支援のため、敵の陣地めがけて飛んできているという想定だ。
掩体壕から顔を出すと、味方の大砲の弾で自分たちがやられてしまう。
後方からの最終弾の弾着と同時に、我々普通科部隊は突撃を開始する。
隊長は、無線で大砲の最終弾の弾着時刻を教えてもらっている。
号令がかかった。
「突撃用意!」
俺たちは、装備品を確認する。
小銃の弾倉を確認し、銃の先には銃剣を装着する。
「最終弾、弾着5秒前! 4、3、ダンチャ~~~~~~ク、今!」
突撃の合図と共に、俺たちは一斉に掩体壕から身を乗り出し、姿勢を低くして駆け出していく。
茂みなどの障害物に飛び込んで、銃撃を開始する。
パン! パン!
駐屯地内での訓練では、口でパンパン言いながら突撃する。
入隊してすぐの頃は、いい歳した男がそんなことを言いながら突撃するのは恥ずかしかったのだが、意外と慣れるものである。
しかし、今日の演習では、空砲が配られている。
口でパンパン言う必要がない。
空砲なので弾は飛び出さないが、高温高圧のガスは噴出される。
空砲であっても、漫画雑誌くらいは余裕で穴を開けることが可能だ。
パン! パン!
撃てば大きな音がするし、敵から煙が見えることもある。
隠れていても気づかれてしまう。
よって、撃ったらすぐに立ち上がって前進する。
立ち上がれば当然、敵の目標になってしまう。
なので、数秒以内にまた遮蔽物に隠れなくてはならない。
敵から遠いときは、第1
敵に近づくに連れ、第2
ちなみに、第2匍匐とは、腰を地面につけ、上半身が少し起きた状態で前進する。
第3匍匐になると、腰と肘を地面につけて前進する。
第4匍匐は、世間一般に知られている匍匐前進に近い。腹を地面につけ、肘を使って前進する。
第5匍匐は、更に姿勢を低くする。草をつかんで前進する感じだ。
撃っては前進、撃っては前進を繰り返していく。
撃つと銃からは「
これは全弾回収する決まりになっているので、俺たちの銃には「薬莢受け」と呼ばれる袋を付けている。
制圧すべき敵の目標地点はもうすぐだ。
施設科の仲間が地雷除去をしたルートを辿って俺は突撃する。
ここまで、なるべく敵に見つからないように前進してきたが、最終突撃は大声を上げながら突っ込んでいく。声で相手を威嚇するのだ。
そして、敵に見立てたカカシのような木製の目標に向かって銃剣を幾度も突き刺す。
敵兵を刺殺するのだ。
ミサイルが飛び交う現代においても、最終攻撃は銃剣突撃。
これは、明治時代から続く日本の伝統である。
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