第3話 古戦場の家

 子供の頃に育った大阪に帰りたい。そう妻に言ったら大反対。


 実家があるわけではない、ただの両親と一時期暮らした街への郷土愛だ。


 今の仕事先と居住地は近く、駅からも車で五分ほどだ。小さな町で鉄道が一本通っている。

 妻の意見としたら子供の環境である。幼稚園のお友達や関係性、もちろん同じ小学校にあがる前提である。郷土愛だけでは困ると言われた。でもどうしてもせめて数ヶ月だけでもとお願いをした。

 妻は幼稚園のママ友達に相談したら、周りの反応はむしろ良くて、ショートステイならいいんじゃない? と、言われた。

 妻はそれならいいと私に言い、夏休み一ヶ月だけ大阪に家族で戻ることを許された。


 比較的大きい荷物は宅配便を使い、荷物は少なく持って行った。地銀のカードは手数料がかかることを案じて、現金を目いっぱい引き出した。その為、大金を持っての移動となり不安な旅程になった。


 先に大阪に出向いた私はステイ先候補の写真やデータを妻に送った。ショートステイにしてはいい建物だと好印象だった。

 大阪谷町は谷がつく通り昇り坂が多い。それが追加で妻の指摘した困難だった。

 しかし、不動産屋が貸し電動自転車をつけてくれることになった。

 賃料一ヶ月で十万は少し張ったが礼金と敷金が一緒なので、まだ谷町にしたら安い方だろう。都会らしく横の関係も気は使わないでいい。

 そもそもお試しなので、考える必要が無いのだ。



「結構きれいなのね」

 荷物をばらしている間に思ったが、配達で送った荷物と合わせてもこの空間なら余裕がある。家具は一式準備されていた。

 どうやら当たりを引いたらしい。この時期は祭りも多いので楽しめるところもアピール出来そうだ。


 一週間ばかり生活をしていると公園や時間保育の事業所は多く。住みやすいねと言われて、大阪移住生活にも希望が出て来た。


 だが、リフォーム工事をしたにしては家鳴りが多いという。不動産屋の資料を見てもリフォーム済みと書いてあった。妻がよく気にするので、事故物件かどうかを不動産屋に行って訊ねた。



「自殺とか殺人言うても、ここいらは夏の陣と冬の陣や大空襲ありましたし、今更って感じですよ。事故やないから、返金も出来ませんねん」

 不動産屋の言う通りであった。妻は試しに隣近所に訊ねてみると言った。それほど気になるのはよほどである。試しに妻が買い物に行った後、家にいるようにした。


 ビー玉が転がるような音に何かが落ちる音。息子と妻の部屋に行っても何かが落ちた形跡もない。二階に上がっても扉の閉まる音が聞こえる。扉は閉まっている。これでは気に病む理由も分かる。


 妻はきっと大阪に出るべきでは無かったと思うだろう。賃料は払ったが、ここは引き払うべきだ。何かがおかしい、そもそも初期費用を含めて十万しか掛からないのが怪しかったのだ。妻が帰宅した後、元の家に帰ろうと伝えた。


 妻もほっとした様子だった。引き払う事を不動産屋に伝えると一度来て欲しいと言われた。



「いやぁ、すみません。代替わりしたんで、親父から聞いたんですけど、変な土地やからって、条件良くしたみたいでして、あそこ処分することになって、賃料はお返しします」


「どうしてですか?」


「あそこで神事せんと埋めただけやったみたいで」


「神事?」


「あそこの下、古井戸で焼夷弾に追い詰められた人がようさん井戸に身を投げて亡くなられはったみたいです」

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