第25話 飛ばしちゃった……

 エドナが先に攻撃に向かったのはオーク軍団。オークは全ての戦力を城へ向けていた。はっきりいえば単純な動きで、知性の無い行動。


 そんなオーク軍団に対して向かおうとしているのは、ライラも加わっているトレニア帝国戦士団だ。戦士の多くは手にした武器……大斧を手にしている。


 この大斧を手に、振り上げ、振り下ろしをすればたちまち辺りはオークの血が飛び散るといった光景が予想されていた。


 しかしエドナはその光景をなるべく残したくないと思っていた。そう思ってエドナが取った行動は。


「いっくよぉぉぉぉぉ!!」


 エドナが動かしたこと、それは――。


「な、何だ!? 城が浮いている……? なっ、何だ……どうなっている!?」

「ひえっ!! 帝国のお城が、城の人間が……一体どうなっている!!」


 その場にいる戦士のほとんどが信じられない光景に腰を抜かし、現実じゃないと思い込む者が続出した。


 その中で唯一、つまらなそうに見ていたのがライラだ。


「エドナの仕業だね……全く、まさかだけどあの子が全部いいとこを持っていくってこと? まさかだよねぇ」


 ライラの予想は的中し、オークの企みは見事に撃破。帝国の城が別の意味で落ちることは無かったのである。


「お、おのれ!!」


 場所が変わってここはギルド周辺。ここでは狡賢いゴブリンが邪魔な相手となる数少ない冒険者を狙って、ギルドにまで押し寄せていた。


「まさかギルドを狙うとは……ぼ、冒険者は誰かいないのか?」

「全て主要な地点に散らばっています。このままではギルドの建物が持ちません! ギルドマスター!!」

「くっそ、建物から退避する! ゴブリンにくれてやれ! どうせ盗られるものは何も無いんだから――」


 建物内に残っていたギルドマスター、職員はゴブリン襲撃により建物から退避する。それを分かってのことなのか、ゴブリンは数をいいことに侵入していくが。


「グフフ……コレデニンゲンノクニ、オトセルゾ」

「グプ……ウエヘアガレ! オレガウエヲカタヅケル」


 ゴブリンのペアがギルド内を荒らし始めたその時だった。


「あれ~? おかしいな。あなたたちって、レセンガ峡谷で流されたんじゃなかった?」

「ゴブッ!? コ、コイツハキケンスギル……ニゲ、ニゲロ!!」


 待ってましたと言わんばかりのタイミングで建物内に張っていたエドナが、ゴブリンたちに向けて放つのは。


「飛んでっちゃえ~!! ゴブリンだけ《暴風》!!」


 エドナの風攻撃は、以前ランバート村で間違って風車小屋を吹き飛ばしたことがある力の上位魔法で、対象の敵の名前を限定しさえすればそれだけを飛ばすことが出来る。


 ――ということで。


 ギルドに侵入してきたゴブリンたちは、突如自分たちにまきついたつみじ風に抵抗する間もなく、風の乗って遥か彼方のレセンガ峡谷へそれぞれ飛ばされて行く。

 

「うおぉっ? 何だありゃ? ゴブリン……?」

「見てみろよ! ゴブリンが風に乗ってどこかに飛ばされてるぜ! あはははっ、いい気味だ!!」


 ゴブリンが風によって飛ばされて行く姿を目撃した住民は、それだけで気分が晴れていくものだった。


「うーん……数万匹のゴブリンを飛ばしたのはやりすぎたかな」


 エドナが発動する魔法には何かしらの反動がつきまとう。それが分かるのは、かなり時間が経ってからになる。


 成長をしたエドナの力でも、それはどうにもならない問題だった。


「エドナ! どう? 順調?」


 ゴブリンを撃退したところで、リズが駆けよってきた。リズは被害に遭っている住民たちの治癒や兵士たちの回復に務めている。


 その最中に、すでにゴブリンを飛ばした後の問題が生じたとかでエドナにそのことを聞いてきたのだ。


「ゴブリンを飛ばしたって本当?」

「うん……レセンガ峡谷にちょっとだけ」

「……数万匹がちょっとだけ? まぁ分かっていたこと。だけど問題がさっそく起きた。だからエドナに来て欲しい。こっちへ」


 後になってから起きると思っていた問題。それは――。


「あらら……ゴブリンじゃなくてあれは、えっと?」

「民家の家具とか食器とか……全部つむじ風で運ばれて行く。どうすることも出来ない。どうすればいい?」

「ん~とね、ゴブリンたちはレセンガ峡谷に飛んでるから、きっと家具とかもそこに行くと思うんだ。だからよっぽど大事なものだったら、自分で取りに行ってもらうしかないかなぁ」

「それが分かればいい。伝えてくる……大丈夫、エドナの名前は言わない。それじゃあね」


 名前を出すわけ無いにしても、こんな問題が起きるなんて参るなぁ。

 だとしても強すぎる魔法のせいか何かしらペナルティみたいなものを付けられている気がするし、こればかりは我慢してもらうしかないかも。


 リズの報告で風飛ばしの問題を多分片付けたエドナは、資源を狙う獣人のところへ向かうことに。


「いきますわよ、《バーン》!!」


 セリアは魔術師たちと共に、初級的な魔法を使って市街地に通じる入口付近を守っていた。そこには比較的低級の魔物や獣人が攻めて来ていたが。


「キリがありませんのね。強さ自体大したことありませんのに、いつまで続くというの?」


 使う魔力量は大したことが無いとしながらも、セリアや他の魔術師たちからは次第に疲労が見え始めている。


 特に獣人相手には余計な神経を消耗するようで、消耗したことで魔法の威力も半減しつつあった。


「セリア~お待たせ!!」


 そこに、エドナが駆け付ける。セリアはエドナが来てくれたというだけで嬉しくなり、のちに起こるであろうことなど気にしないといった態度を見せていた。


「思いきりやっちゃって!! エドナちゃんならこんな低級な魔物は全て一層してくれるはずですもの!」


 セリアの言葉を聞いて気を良くし過ぎたエドナは、次の瞬間に。


 一度目に見える魔物を地面に落とし、落とした魔物を上空に上げたかと思えば勢いに任せて帝国外の地面に向け、脅威的な強さで魔物を地下深くにまで潜らせていた。


「地下で暮らしてもらおうかなって」

「ふふっ、いいですわね。それ」


 エドナとセリアで笑い合っていると、他の魔術師たちから驚きの声が上がる。


 何故なら、地中に潜らせた魔物にとって代わって、地底で暮らしていたドワーフたちが地上に姿を現したからだ。彼らの多くは基本的に地底で暮らし、行商以外では滅多に人前に姿を見せない。


 それにもかかわらず、強制的に地上へと移されたとあって帝国に訴えるとまで言い出した。


 それを見ていたエドナとセリアは。


「ま、まぁ、これで交流を深められれば帝国も安泰するのではないかしらね……」

「そ、そうだといいね。ははは……」


 二人で苦笑するしか無かった。


 エドナがこれまで撃破した魔物は、オーク軍団、ゴブリン軍団、そして低級魔物と獣人である。しかしまだ片付いていない魔物があった。


 それは、召喚された召喚獣と呼ばれる存在。一見すると、エドナが加護を受けている精霊に似ているが、召喚獣は召喚した者に従う存在であって意思を持つ精霊とは異なるものだった。


 それを聞いたエドナが取った手段は。


「それは剣?」

「うん。覚えてない? わたしがずっと持っていた朽ちた剣のこと」

「あぁ、ありましたわね。でも何だか見た目が変わっていません? まるで聖剣……いえ、魔剣……でもそれって短剣ですのよね。そうなると何になるのかしら」


 セリアの疑問はもっともだった。セリアがランバート村でもらったのはあくまで短剣。覚醒を果たしても片手剣などに変化することは無く、剣を手にしていきなり斬りかかるといったことは出来ないのだ。


「それを使ってどうするつもりなの?」

「召喚獣が集まっている所に投げるの。投げたらあとは何とかしてくれるんじゃないかなぁって」

「何とかって、誰かが来てくれるの?」

「うーん、分かんない。でも何か来てくれると思うんだ」


 エドナの予想は当たりで、召喚獣が出現しているところに短剣を投げ込んだ直後。エドナが滝つぼで見えた火竜……サラマンダーが現れたからだ。


 炎を使うサラマンダーは口から吐き出される炎のブレスで、召喚獣を次々と燃やし尽くし、召喚本体となる召喚士をその場から撤退させることに成功。


 そしてサラマンダーを呼び出した代償は。


「……ったく、あたしも暇じゃないんだよ? 分かってるのかい? エドナ! あんたへの代償は、きちんとするまで村には入れさせないことさ! じゃあね、エドナ」


 サラ……サラマンダー。そうか、そうだったんだ。じゃあレンケン司祭をのぞいて、他のみんなも何かしらの精霊ってことになるんだよね。

 それじゃあわたしの加護もとんでもないことになるってわけかぁ。


「エドナちゃん、い、今のは?」

「サラだよ。わたしの村でのお師匠さんだったんだよ」

「それは興味深いですわね」


 サラマンダーによって、トレニア帝国を襲撃して来たスタンピードはほぼ終息。後に残されたのは、そこに暮らす者たちでやる後片付けだった。


「いや~見てたぜ、エドナ! お前ってすげえな! また儲けもんの時はオレを守ってくれよな!」


 どこかで隠れていたらしいエラスムスは調子のいいことを言い放って、街から出て行った。


「本当に調子のいい方でしたわね。それはそうと、ライラの様子はどうでしたかしら?」


 エラスムスのことはセリアもあまりいい感じに見ていないようで、ずっと呆れていた。


「呆気に取られてたよ。あっ――そういえば……」

 そ、そういえば空に浮かしたままの城ってどうなったんだっけ。見に行ってみないと駄目かも。


「ど、どうかしましたの?」

「ええと、わたしちょっと行って来るところがあるから、セリアはリズと一緒にリルさんに顔を見せてあげてね」

「ええ、必ず」


 セリアを途中まで見送り、城があるところに向かうとそこで見えたのは。

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