ChilL短編集
ChilL
烏と風船
烏は綺麗だ。夜空を投影したかのような色を全身に纏い、大きな羽で空を飛ぶ。だから、そんな存在に生まれられて、私は心の底から喜んでいた。しかし、いつからか私は、その色に物足りなさを覚えるようになった。
烏はキラキラしたものが好きだ。日光を跳ね返すそれが、己を反射するときのそれと言ったらない。美しい夜空の色がその輝きに加わって、より一層の深みが増す。
でも、私はそんなものより派手な色のものが好きだ。
昨年の梅雨は、巣まで持ってきたさくらんぼを、ただ綺麗な色だからという理由でとっておいて腐らせた。今までは、それを見ていた他の烏に避けられるのではないかと、そればかり心配していた。
しかし、最近になって、派手な色をどうしても手に入れたくなったのだ。
そんなある日、私はそよ風の吹く空を飛んでいた。大空とは言い難い、幾つもの長方形に侵食された、灰色がかった空。
そんな空と私の間に割って入るように、それは現れた。
ずいっと目の前に出てきたそれは、林檎のような色をしていた。
びっくりした私は体勢を崩し、もがくようにしてそれにぶつかった。瞬間、爆発が起こる。
驚きで目の前が真っ白な中、私の身体がそこを離れた訳では無いのに、感触がなくなった。すぐに視界が戻るも、それは跡形もなく消えていた。
私はどうにか体勢を立て直すと、地上に降りた。10メートルほど降りると、色とりどりのそれが一面に広がっていた。
「新たな遊園地の開園を祝しまして、入場していただいたお子様全員に風船を配っております」
幾つもの黒い箱から人間の声が流れた。 なるほど、あれは風船というのか。
遊園地の中でも沢山の風船が集まっているところに向かって私は飛んだ。空から降りてきた私を見て、私がそれを欲しているとわかったのか、人々は風船を後ろに隠した。「こら、あっちいけ!」と人間たちに怒られるも、私はどうしても欲しかったので羽をバサバサと広げ威嚇した。
すると、私の後ろから声がかかった。
「もしかしてこの鳥さん、風船は欲しいのかな」
後ろを向くと、私よりは大きいが、それでも小さい人間がいた。多分ヒナであろうその人間は、私に向かって風船を突き出した。ぎゅっと紐を握っているが、ヒナだから体温が高いらしく、風船は汗の滑りを借りて空に旅立とうとしている。
「ああ、欲しい」と私が言った途端、ヒナはびっくりしたのか風船の紐を離してしまった。あっという叫びと共に、風船は上昇する。すかさず私は飛び立つと、紐を口で咥えた。そのまま風船がまた飛ばないよう、ゆっくりと降下した。ヒナは今にも泣き出しそうな顔をしていたが、私が舞い降りたのを見た途端、みるみる笑顔になって「よかったね」と言った。
しかし、ここで他の人間がまた怒り始めたので、私は巣へとゆっくり飛び立った。
その数日後だったか、その烏の巣には、器用に巣にひっかけられた赤い風船と、烏の亡骸があった。それを囲むようにして他の烏が集まり、黄泉の国へと見送っている。烏が見送りを終えて一斉に飛び立つと、赤い風船は役目を終えたかのように空へ旅立った。
ChilL短編集 ChilL @leavescattering
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