5-2 覇者動く5-2 覇者動く


あたしおれ達四人は里に帰るまでにルシュ神殿に立ち寄った。

しばらく待たされた後、広間に案内されると巫女さんと神官達が勢揃いしている。

「ニーヴァ神殿の巫女シンロイと申します。よしなに」シンロイが型どおり挨拶する。

「色々話をする前にあたしは神ニーヴァと直接話をしたいわ。シンロイ、できるかしら」あたしおれが口を開く。

「はい。お望みのままに」足を組み、手のひらを上向きに開いて両膝の上に置く。

シンロイがゆらりと揺れたように見えた。

「ルシュの神使か。われに何用かな」

「今、山向こうの“狩る者達”の動きが不穏です。奥地のニーヴァ神殿にも怪しい動きがあります。神ニーヴァのご存じのことを教えて頂けないでしょうか」

われに答えるいわれは無いな。汝自身の生死に関わることであれば願いを聞き届けよう」

「えっ?神様ご自身の神殿の事ですよ?」これは意外な成り行き。

「あれは人共が勝手にこしらえた物だ。われわれが依る“強き者”にのみ関与する。人の思惑など益無きことだよ。口出しする気は無い。他に望みはあるか?」にべもない。

「今はありません。お手間を取らせました」引き下がるしか無いでしょ。

またシンロイがゆらりと揺れた。神ニーヴァが去ったらしい。

広間にはあっけにとられたような、しらけたような空気が漂った。

「我が神ニーヴァはああいうお方ですから。お役に立てず申し訳ありません」困り顔のシンロイ。

「貴女のせいじゃないわよ。気にしないで。でもニーヴァ神殿の中の様子、聞いて良いかな」

シンロイはしばらく考えて、やがて思い切ったように口を開く。

「内情については口外しない事が不文律です。でもはっきりと指示された訳じゃ無いですから」

「それでは、今度の会合申し入れに返事が無いのはなぜか、知っておるか?」祭司長が聞く。

「そうですね、私は巫女としては下座なのではっきり聞かされた訳じゃ無いんです。ただ、神殿は三つの勢力に分かれていて、今は意見がまとまらないようなんです」

「三つの勢力?」

「はい。一つはシムリ地方を守ろうという勢力、一つは“覇者”に従おうという勢力、一つは様子を・・」

「“覇者”だって?」神官や巫女の間で囁きが交わされる。

何となく想像していた通りだな。

「“覇者”って誰だか解る?」あたしおれは聞いてみる。

「山向こう、一番奥のニーヴァ神殿の巫女だと聞きました。ランカという名前だったかしら」

そいつだ!それが秦野先生と繋がってる奴だ。

「その巫女と連絡は取れるのか?」巫女の一人が聞いた。

「こちらからは無視されます。でも、巫女ランカからは自分に従うようにというお達しが何度かありました。従わないと山向こうから出向いたとき、厳しい制裁が下ると」

「やはり来るか」祭司長がうめく。

「俺の居た神殿が攻められたのはその制裁という奴かな」カガンが独りごちた。

「巫女シンロイ、下座というのはルシュ神殿には無いので解りません。どういうものですか?」

巫女の一人が質問する。

「巫女長が一番権限が高く、その下に巫女頭が二人居ます。巫女頭の下には五人ずつ正巫女が付きます。それ以外が下座の巫女。神殿内の取り決めや手はずは巫女頭と正巫女が取り仕切って下座は指示に従うだけです。神官も同じような仕組みですね。他のニーヴァ神殿でも数は違いますが同じです」

がっつり階級制度があるわけだ。

「私達はそんな、ねえ」

「息が詰まりそうだわ」

巫女さん達が囁き会う。

そう言えばルシュ神殿では聞いたことが無い。

神官も祭司長を除けば役割分担はあるものの上下関係は無い。

「他のニーヴァ神殿に連絡を取ってみた方が良いかな。神殿によっては態度が違うかも知れん」

祭司長がつぶやく。

「“覇者”はいつ頃から現れたのかな?」シンロイに聞いてみる。

「さあ、私は新顔ですから。でも私が神殿に上がる前から山向こうとは対立があったって聞いてます」

ニーヴァ神殿はルシュ神殿に比べはるかに規模が大きい。“狩る者達”のように農耕を営まない種族にはルシュ神殿の役割は不要というのもある。そして規模の大きな集団には階級が出来て対立も生まれる。俺が務めていた商社でも派閥があって対立していた。

しばらく質疑応答があった後、あたしおれ達は退出した。巫女や神官達はまだ打ち合わせを続けていた。


里へ戻ったら早速温泉。あたしおれとアムネさん、巫女シンロイの三人で入る。

うーん、シンロイ侮れん。随分、発達したじゃないの。あたしおれと良い勝負だ。

「また新しい獣を捕らえたんですか?明日から封印にかかれると思いますが」うん、シンロイ真面目。

「実はそれ、口実。ニーヴァ神殿の事、色々知りたかったからよ」

「えー、じゃ私は何をすれば?」

「しばらくここでのんびりしてなさいな。アムネさんとこまだ余裕あるでしょ?」

「ええ、良い子達ばかりだから楽しいですよ」とアムネさんが答える。

「シンロイ、いっそさ、神殿出てここに住まない?」実はこれがあたしおれの本当の狙い。

「え・・・」考えた事も無いという顔をする。

「神ニーヴァの言葉で気が付いたのよ。巫女は別に神殿に居る必要無いんじゃない?神ニーヴァは全然気にしてない。むしろ、人間が勝手にやったって口ぶりだった」

「そう言えば、私も神殿を出てから随分になりますね」いやいや、アムネさんは勝手についてきたんでしょ。

「アムネさんはこっちに来てからも雨乞いとか呼ばれて何度か行ったよね。同じようにここで神ニーヴァを頼る人の願いを聞いてあげたら?案外、その方が神ニーヴァの意思に沿うかもよ」

さらに本音を言えば、“狩る者達”との戦いになったとき、負傷者を随分救えるのじゃないかと。破傷風は救える手を持ってないからね。ショータ、黒いぞ。固いこと言うなよ、ミクル。これも世のため人のため。

「・・・・」シンロイ、考え込んでしまった。

「まあ、神殿とか建てられないけどね。竪穴住まいになっちゃうけど。」

シンロイがずっと動かないので、最後は湯あたりしないように引きずり上げた。


数日経って、ルシュ神殿から会合の連絡が来た。

結局、会合はいつものルシュ神殿でやることになった。

各地のルシュ神殿巫女、祭司長は皆揃ってた。ニーヴァ神殿は二つだけ。残りは敵対してるか様子見なのかは解らない。傭兵隊長はアガムキノが随分集めてた。

「はあい!」トカラ神殿からは巫女シラが来ていて、相変わらず気安く声を掛けてくる。

え?何であたしおれが一番前で皆に向かい合ってるのよ。

あたしおれは単なるアドバイザーのつもりなんだけど?

「皆も神使ミクル様のことは聞き及んでおるな?ミクル様は神使であられるだけでなく、我らの及びも付かぬ考えをお持ちである。また、早くから山向こうの探索にも向かわれておる。ここはミクル様のお知恵をお借りしてこの難局を乗り切ろうではないか」キノ祭司長はそう言ってあたしおれを促す。

これも里のためだ。乗ってやろうじゃない。

「えっと、ミクルです。よろしくね。まずは現状確認と行きたいんだけどニーヴァ神殿の方は山向こうの神殿と連絡は取れていますか?」

「つい先だって全ての連絡が途絶えました。というか、向こうからの一方的な要求だけで、こちらの質問などには一切答えてくれません」一人の巫女が立ち上がって答える。

「どんな要求ですか?」

「“覇者”に従え、そうすれば質問なども受け付ける、と」

一瞬、座がざわめく。

「連絡が途絶える前の山向こうの様子はどうでした?」

「家畜を飼うようになって“狩る者達”の争いは静まりました。ただ、“覇者”によって皆はまとめられていったようです。逆らった者は攻撃されて殺されます。従わなかった神殿も攻撃されました」

広間全体がどよめいた。

「神官は殺され、巫女は封印されます。それが解って神殿の意見が割れました。私たちの神殿でも紛糾して、この会合の前に服従派は出て行きました」

「今は山向こうの“狩る者達”は皆“覇者”に従っていると見て良いね?」

「はい」

「さて、ニーヴァ神殿は割れてる訳だけど、傭兵の皆さんはどうかな?」

「雇われている神殿の言うことを聞くしかないだろう」一人が言う。

「俺はこっちを攻めたとき世話になった。シムリを守るってんならそっちに付く」

元“狩る者達”の傭兵が立ち上がる。

あたしはニーヴァの巫女と神官に向かって聞いてみた。

「他の神殿を辞めた傭兵を雇える?」

「あまり大勢は無理ですな」ニーヴァ神官の一人が言う。

「ルシュ神殿はどうなの?」

「傭兵の扱いはニーヴァじゃないとな。ある程度の資材や食料は負担しても良いが」

キノ祭司長の言葉に他の神官達も頷く。なるほど、ノウハウが要るって訳ね。

「はい、こっちの現状は概ね把握したわ。さて、あたしの考えを言いますね。今度の“狩る者達”は手強い。まず、数。山向こうをまとめ上げたとすると、今までの比じゃないでしょう。次に武器。破裂する矢を使ったという情報があります」火薬ったって通じないからね。

「破裂する矢?」

「大きな音をたてて破裂し、煙と炎を噴き出す物を矢の先に取り付けてあるんです。かなりの殺傷力があるらしいわ。砂利みたいな物を混ぜてあるのかも知れませんね」

「ちょっと想像がつきませんな」

「他にも何かあるのかも知れません。いずれにせよ、谷では防ぎきれないと思っています。森での遊撃戦になるでしょうね。今回はそれを前提に作戦を立ててください。出来るだけ敵を分散させて各個撃破するんです。今回の戦いでは“覇者”を討ち取れば敵は崩れます」

皆は互いに顔を見合わせながらひそひそ話し合ってる。

「いくつかの部隊に編成すると思うんですが、一部隊に一人ずつルシュとニーヴァの巫女を付けて下さい。巫女は各部隊の連絡という役割もありますが、ルシュの巫女は火災が発生したら雨で消火するのが役目です。風をうまく操作して火災が広がらないようにして下さい。ニーヴァの巫女は怪我人の手当です」

「火災の恐れがあるんですか?」神官の一人が聞く。

「ええ、森の中で破裂する矢を使われると恐らく。それから森に侵入されると集落が襲われる危険性があります。貯えは前もってどこかに隠して下さい。女子供の隠れる場所も準備して下さい」

「罠は増やしますか?」傭兵の一人が発言する。

「もちろんですよ。でも、自分がひっかからないようにね。あたしからはこんな所かな」

あたしおれは端の方に退いて座った。アムネさん、例によってすぐ側に控える。

神官や巫女達と傭兵達はそれぞれグループに分かれて相談を始めた。時折一人、二人と別グループに近づいて声をかける。グループ間の連携を打ち合わせているんだろうな。あたしおれに質問に来る者も居て、詳しく答えてやる。かなり長い会合になった。

「今日の会合の結果は神殿を通してシムリの皆に知らせます。ミクル様、ありがとうございました」

キノ祭司長の言葉でお開きになった。


里に戻ってシンロイを温泉に誘おうと探したけどみつからない。どこへ行ったんだろう?

探し回っていたら写本を閲覧させる棟で熱心に本を読んでいた。

「何読んでるの?」声をかけたらびっくりして振り向いた。

「ここに書いてあること、皆本当ですか、ミクル様?」弾んだ声で聞いてくる。

覗いてみると初歩の医学書。人体の構造や怪我の時の対処、感染症や伝染病について一通り書いてある。図がちょっと下手くそかな。まあ、写本だから。

「本当よ。そうか、ニーヴァの巫女は治療もするんだよね」

「どうしてこんな事解るんですか?」

「うーん、まあねえ。企業秘密。シンロイが里の人間になったら教えてあげる」

シンロイにはまだ異世界のことを話すわけにはいかない。

「それよりお風呂入ろう。今日の会合のことで話もあるから」

風呂でシンロイに会合の話をするとちょっと沈んだ表情をした。

「そうですか。私の神殿からは参加してなかったんですね。どうなるんでしょ」

「抵抗派の巫女から色々呼びかけてみるって言ってたから何か動きが出るんじゃないかな。どっちかでまとまるか、どっちかが神殿を出るか。シンロイはどうしたい?」

「私は・・・」考え込んで静かになってしまった。

「ま、今日明日の話じゃないし、ゆっくり考えて」

「ニーヴァ神殿って色々複雑なんですね。シンロイが気の毒です」アムネさん優しい。

「神ニーヴァはクールって言うか、神殿の事には無関心だからね。神ルシュはどうなの?」

「そう言えば神ルシュも神殿の事は何も言いませんね。大昔は神殿も無く、神は集落に居る“強き者”に降りて人の望みを聞いていたそうです。その内、“強き者”に願いに来る者が増え、“強き者”は普段の生活が出来なくなり、身の回りの世話をする者が出てきました。そして大きな建物を建てて移り住んだのが神殿の始まりと言われています。その頃から巫女とか神官とか呼ばれるようになったとか」

「神ニーヴァの言う通り人間の都合って訳か」

「でも神ルシュはあんなに薄情じゃないですわ」うん、ちょっと面白い神様かも。

この世界の神様は人と人の関係には一切立ち入らない。争い事でどちらかに付くという事もない。それで罰する事も無い。巫女を通して人の願いを聞くだけ。神託という形で神の意志を伝える事もあるが極めて希だ。あたしおれの場合は例外中の例外だろうね。それでも神様の方の都合なんだもの。

ニーヴァ神殿のごたごたは確かに人間の引き起こしたもので、神ニーヴァの関知する所じゃ無いというのは確かにそうだよね。“覇者”とあたしおれ達のいざこざも神様としては他人事なんだろうな。


何日かしてルシュ神殿から戦闘訓練の案内が来た。今度は森の中の遊撃戦を重点的にやるらしい。

男五十人を選んで送り出した。

あたしおれの感では“覇者”達は必ず里までやって来る。

残ったあたしおれ達はまず、備蓄食料や資材を丘の上に集めた。雨で傷まないように屋根をかける。

支流の内側の川岸に柵を巡らす。ここは第一次防衛線になる。川を渡ってきた敵を追い落とす。

ここを突破されたら全員で丘へ逃げる。丘の麓のやや上を逆茂木で囲んで第二次防衛線にする。

ただ、ここまで攻め込まれたら丘の上までは時間の問題だから、川を氾濫させて敵を押し流す。

あたしおれとアムネさんが居れば洪水くらい簡単に起こせる。

“覇者”が秦野先生と繋がっているならここで討ち取ってしまえば良い。

でも籠城戦みたいになったらあたしおれ達の負け。“覇者”が里に来なくてシムリ地方全体が敵の手に落ちたら手の打ちようがない。そこは賭けなんだ。

女性にも槍を持たせて訓練した。他に無い大事な里を守るためとあって女性陣も士気が高い。

そうこうしているうち、取り入れの時期になった。ありがたい、収穫を荒らされずに済む。藻塩作りは早めに終わらせ、土鍋や設備を丘の上に運んでおく。

脱穀まで終わったので籾摺もみすり器も丘の上に移す。

この時期になるとニーヴァ神殿の二つがこちらに付いた。残念ながらシンロイの神殿は“覇者”を受け入れたらしい。シンロイはひたすら読書に励んでいた。あたしおれ達には彼女の気持ちは読めなかった。

カガンは柵作りにかり出されたとき不平たらたらだったけど、働かざる者食うべからずと兵糧攻めにしたら渋々従った。

防衛策が一段落するとカガンはあたしおれと稽古に励んだ。謎の鬼人二人が油断ならなかったから。

「あいつら、今度はボッコボコにしてやる。ミクルは一人受け持てよ」

「あたし、勝てるかな」

「勝てるぜ。剣なら俺と互角じゃねえか」

「合気道教えるんじゃなかったな。組み手じゃ勝てなくなっちゃった」

「変な技持ってやがったな。あれも神使の力かと思っちまったぜ」

でもカガンとの稽古は良い鍛錬になった。あたしおれ自身の腕も上がってきてるのが自分で解る。


風が少し冷たくなってきた頃、ニーヴァ神殿からの急報をシンロイが受け取った。

「“覇者”からの通告です。

『シムリ地方では未だに“覇者”に従わぬ者が居るため兵を派遣した。抵抗する者は容赦しない。

従う者は兵に食料を提供せよ』

だそうです」

あたしおれは五十人の男達を引き連れ、谷へ向かった。カガン、アムネさんも伴った。

実はあたしおれ、カガン、アムネさんは皆と別行動を取ることになっている。谷へ着くと五十人を現地指揮者に任せ、谷の上の方の崖っぷちに身を隠した。鬼人の体力を使って高所から偵察するためだ。もちろん、アムネさんにはそんな体力は無いからカガンが抱いて飛んだ。一飛びごとにキャーキャー叫ぶし、崖上にたどり着いたときはぐんにゃりしていたけど、巫女同士の連絡が必要なのでやむを得ない。

敵が現れるまでその場で野宿する。火は使わないので壺の水を沸騰させ木の実団子と干し肉を放り込む。

「いつ見てもそれ反則だな」カガンがため息をつく。

三日目の朝、初めて敵が姿を現した。

「盾がでかいな。槍も奴らにしては長い」

「ふーん、整然としてるね。結構訓練積んだみたい」

とりあえず敵発見の一報をアムネさんに伝えて貰う。

谷の出口付近を見ると味方が密集隊形で待ち構えているのが見えた。

敵は谷一杯に広がり、後続が次々に進んでくる。

「すげー数だな。あんな大勢見たことない」

やがて敵の指揮者らしい男が大声で合図をすると全体の進行が止まった。

「矢が行くぞ。アムネさん、頼むよ」

指揮者らしい男の合図で一斉に矢が放たれる。普通の矢だ。ただ、谷の幅でしか射れないので威力はたいしたことは無い。味方からも矢が飛んでくる。これは結構効いてるみたいだ。盾は木製なのである程度貫く。

かなりの負傷者が出たと見え、次々に後方に運ばれていく。

いよいよ敵の進軍が始まった。盾を構え、槍を突き出して整然と進む。やはり以前侵入してきた“狩る者達”とは違う。後続も続々と進軍してくる。

谷の出口より少し先で両軍が激突した。湧き上がる怒号。槍と盾が激しくぶつかる音。

やはりシムリの軍の方が槍が長く、かなり有利に戦いを進めている。

三十分くらいで敵は一旦引いた。

その日は同じ戦いが数回続いた。今のところ、シムリ軍有利に進んでいる。谷が狭く、敵の数が生かせていない。


翌日、戦況が一変した。

谷の奥の方から巨木を数十人で担いで進んで来る。長さは二十mもあるだろうか。

「まずい、あれで突っ込んでくる気だ。突き破られるぞ」

「うわー、敵に策士がいるな。アムネさん、後退するように伝達」

ここは森に退却して遊撃戦に持ち込むしかない。無理しても犠牲が出るだけだ。

味方が後退し始めるのを確かめて、崖を谷口の方に進んで見下ろす。

移動中、アムネさんはカガンがおぶって紐で縛った。絶壁を伝って渡るからね。

「漏らすなよ」

「しませんって!」アムネさん、ばんばんカガンの頭を叩く。全然効いてないけど。

今度は敵が眼下に居るのでさすがにキャーキャー言わなかった。

谷から敵が続々現れて隊列を組み直す。すぐには森に入っていかない。中に巫女装束の女性が混じっているのはやはり部隊の連絡用だね。

数百人単位で整列が済むと海の方角ではなく山の麓に沿って進んでいく。整列が済むたび左右交互に分かれて。

それではっと気づいた。

山近くだと川筋が細く、簡単に渡れる。複数箇所を同時に攻撃する気だ。目標は恐らく服従を拒んだ四つのニーヴァ神殿。それとミクルの里。六隊に分かれているのでもう一つの攻撃目標がある筈だけど解らない。

ニーヴァ神殿を全て押さえてしまうとどの集落にも圧倒的な影響力を行使できる。後はルシュ神殿を一つずつ落としていけば良い。全ての神殿を支配下に置けば点在する集落には抗うすべもない。その上、圧倒的な武力。まあ、そんな戦略なんだろうと思う。


アムネさんに伝達して貰ってあたしおれ達はミクルの里に急いだ。アムネさんはおぶったまま。森にはしこたま罠をしかけてあるので木々の枝から枝へ飛んで渡る。鬼人じゃないとこんな技できないけど。

途中で進軍してくる敵の頭上を通った。この集団だけ巫女装束の女性が三人居た。おそらく一人が“覇者”だと確信した。

皆は良く戦っている。木の上から弓矢で襲う。槍で突き出す。岩を投げつける。でもすぐ逃げる。ヒットアンドアウェイ。遊撃戦の基本だね。繁みや土の下に身を潜め、襲うこともある。進んでくる敵の横っ腹を狙って突っ込むけどすぐ反対側に駆け抜ける。ターザンみたいに蔓に掴まって襲ってたのいたな。

罠もうまく使ってる。逃げると見せかけ、落とし穴や泥沼に誘い込む。木に吊った大木をぶつけたり樹豹の巣に引き込む。単に草を結んだだけの事で簡単にすっころぶ。

川向こうからは姿を見せただけで猛烈に矢を射込む。敵は水の確保に苦しむだろう。

本当に傭兵隊の皆は農民達を良く訓練してくれたもんだ。


あたしおれ達は強行軍でその日のうちにミクルの里に着いた。

里の皆が集まってくる。手に手に槍を携えて。凄い、やる気満々だ。

「おーい、ミクル」お、巫女シラだ。手を振っている。

「来てたんだ。トカラ神殿の方は良いの?」

「情勢把握ってやつよ。ルシュ神殿は避難始めちゃったし、ここにはルシュとニーヴァの巫女もいるしね。一番情報が集まるんじゃないかって」

「温泉と美味いものもあるし?」

「へへっ。まあね。でも、ここ引き払うんじゃないかって思ってたんだけど」

「それは絶対無い。“覇者”はこっちへ向かってる。ここで仕留める」

「おう。剛毅だね。策があるんだ」

マクセン、ハタ、シンロイがやって来たのであたしおれの棟で打ち合わせする事にする。

アムネさんはぐったりしていたので横にならせた。鬼人ベースで飛びまくってたからね。

「よしよし、よく頑張った」カガンがアムネさんの頭をなでる。

「子供扱いしないで下さい」アムネさんふくれっ面。でも逆らう風でもない。

あたしおれは谷の戦いからこっちまで皆にざっくりと状況を伝えた。

「ニーヴァ神殿の方はどうかしら」

「待避は終わってます。物資は分散して隠しました。作戦通り遊撃戦に入っています。神殿まではまだまだかかると思いますけどね。でも奴ら、もぬけの空の神殿見てどんな顔するんでしょうね」

シンロイがくすっと笑った。

「奴ら、食料はあまり持っていない筈なんだが」マクセンが言う。

「奴らに従ったニーヴァ神殿から運ばせているようです。でも、届かないでしょうね。途中でこちらが頂いちゃいますから。谷にも見張りを隠していますが山向こうからの補給はなさそうです」とシンロイ。

「兵站考えてないのかな。行動が素人っぽい感じがする」ハタが感想を述べる。

「攻めれば差し出すと思ってるんだろう。山向こうがそうだったんじゃないか」とカガン。

「まあ、狩りをすればいくらか獲物は捕れるけどね。あの大勢じゃ足りないだろうな。少なくとも足は遅くなる。狩りで分散すればあたし達の良い獲物だわ」案外あたしおれ達、良い戦いしてるんじゃないかな。

「破裂する矢が使われました」あ、アムネさん連絡取ってたんだ。横になったまま言う。

「でも雨で火は消し止めたそうです。ミクル様の想定通りですね」アムネさん嬉しそう。

「犠牲者はどうなの?」巫女シラが聞いた。

「想定より少ないけどかなり死者が出ています。怪我は私たちで治せるんですけど致命傷はねえ・・」

シンロイが真面目に答える。仕方ないとは言え、やっぱりちょっと辛い。

後の打ち合わせで敵が現れるまで丘に上げられるだけ資材を運ぶことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る