3-3 神使逆ナン騒動
里を離れて何が不満かというと、お湯に浸かれない事よね。神殿ですら
温泉につかっている間、料理番が食事の支度をしてくれた。
この頃では皆腕が上がって
食事をしながらマクセン、ハタと打ち合わせになった。
「やはり、山向こうは良くない状況ですかな」マクセンが口を切る。
「良くないわね。シムリの方までやって来るのはまだ当分先だと思うけど。
でも、一番奥のルシュ神殿まで三日の所まで来てるから備えはしておかなくちゃね」
「訓練の方はこれまで三回人を出しました。まだまだ慣れないようですけどね」
うーん、ハタには前みたいにくだけた話し方してほしいな。ちょっとさみしい。
「いざという時、何人出せるかな」
「二十人というところですな」とマクセン。
「あたしは出ることになるのよね。ま、しょうがないか」
あたしはやる気満々だけど、俺は面倒だな、気持ち悪くなるし。
「ミクル様が出なくてどうするんですか。傭兵達も手合わせして貰いたくてうずうずしてますよ」
ハタが笑う。
「今、何人くらい来てるの?」
「傭兵は五人ですな。ミクル様がお帰りになったと知れるとまだまだ来ますよ。他の集落から研修に来てるのが十五人というところですか。ハタも忙しいな」
“研修”というのはミクルの里のやり方、農法や料理、読み書き計算などを習得に来ている人たち。
それから留守の間の里の様子を聞いた。
概ね変わりは無いけど、猟で怪我人が出ているのが気になる。
この五年で三人、怪我が元で死んでる。他の集落に比べると少ないんだけどね。
早く蒸留装置を完成させて消毒用のアルコールを作らなくちゃ。
手洗いとうがいの励行で風邪をこじらせて死ぬ大人は今のところ出ていない。
風邪気味になったら即、隔離。栄養をたっぷり取るようにさせているのも効いてるかも。
ただ、子供に関しては何人か病気で亡くした。これは医療技術の未発達なこの世界ではどうしようも無い。
打ち合わせが終わった当たりで向こうの世界での食事時になった。意識を移す。
―――
「おわっ?」
目を開けると、
「な・・何ですか?」
「ふん・・ずっと気になってたんだけど、あなた時々意識不明になってるわね」
うーん、やっぱりこの人鋭い。兄貴なんかは俺がぐーたらで寝ているとしか思っていないのに。
「はい?え、ま、そういう体質なんで」
「ふうん?医者には行ってるの?」
「うん、まあ、原因不明とかで匙投げられてますけどね。癌の薬の副作用かな、あはは」
必死のおとぼけ。秦野先生、すごくうさんくさそうに俺を見る。
「私の見たところ、意識不明になるタイミングが前もって分かってそうね」
うわー、この人、どんだけ?
本当の事話すか?いやいやいやいや、中二病で精神病院送りになるのがオチ。
「虫が知らせるってんですかね」おとぼけモード継続中。
「ふうーーーん?・・ま、いっか。ね、珍しいお酒手に入れたんだけど飲まない?」
「それで来たんですか?あまり驚かせないで下さいよ」
「ふふ、寝顔が可愛くてね、ちょっと見とれてた」
おいおい、いい年したおっさんに言うセリフかよ!
しまった、なんで勝手に人の部屋へ入ったかって突っ込むの忘れてた。
さっさと先を歩く秦野先生の後に付いていくと、兄貴夫婦が食事の支度を済ませて待っていた。
わ!鍋だ。冬は鍋に限るのよね。鶏鍋かぁ・・ごくり。
あたしの食いしん坊本能炸裂。もう脳内物質出てるぞ。
「ところで望月クン、来週から里山の間伐やるらしいんだけど、キミも来る?」
いつの間にか秦野先生、気安い話し方になってる。で、クン呼び?学生扱いですかい。
「えー、俺、関係ないでしょ?」
「あるわよ。間伐材を原始村で使う薪に利用するの。石器も試しに使ってみたらどうかな。木を切り倒す斧みたいなの作れる?」
「石斧は作れると思うけど間伐には行きませんよ。ボランティアの誰かに頼むかな」
「石斧は何通りか作って試すと良いかも」
「もしかして先生、研究のネタにしようとか思ってます?」
「あは、ばれちゃった。実はそうなの。石斧で伐採してるところをムービーで撮っておくと良いな」
あは、じゃねーよ。タダ働きさせよう魂胆丸出し。
あ、でもムービーで撮ってブログにアップすると良いかもしれない。
「まさか、作った石斧は資料によこせとか言いませんよね?」
「さすが、望月クン、言うにきまってるでしょ。あ、間伐の時、貫頭衣着るとリアルだと思わない?」
先生、本性あらわしてきたな。
と思いつつ、石器名人に石斧の作り方聞かなきゃとか色々考えてる俺は既に術中に
―――
向こうの世界ではあたしの興味が無い話題になってきたので意識をあたしの体に戻す。
深夜アニメまでかなり時間があるので温泉のある建物に向かった。
里は日が暮れると皆床につく。見張り用の焚き火を除いて灯火は無いので里は真っ暗だ。
今日は月も出ていないので、星空に浮かぶシルエットを頼りに建物にたどり着き、中に入る。
この時間、皆寝静まっているはずなので特に気にとめず、真っ暗な中で衣服を脱ぐ。
何も見えないので爪先でまさぐりながら床を進み、湯面を探り当てて体を沈める。
はあー。
「誰かな?」問いかける声がする。男の声?
この時間、誰も居ないと思っていたのであたしの心臓は飛び上がった。
しかもこの声は――
「ハタ?」
「ミクル?」
何?どうして?思考が飛んだ。頭の中真っ白。
無意識にいきなり立ち上がろうとして足を湯に取られた。何か叫んだ。
倒れ込む所をがっしりした腕があたしを抱き留める。
その感触にあたしは息を詰まらせた。
「―――!」体がこわばって、細かく震える。
「ミクル様!ミクル様!落ち着いて!」
そうよ、落ち着くのよ、落ち着いて息するの・・・・
気が付くと暗闇の中であたしはハタに抱きしめられてぐったりしていた。
体中の肌でハタを感じる。ああ、ハタだ。これがハタなんだ。
少しずつ、じんわりと幸せな気持ちが湧き上がってくる。
何だか恥ずかしいけど、ずっとこのままで居たいような・・・
「すみません、驚かせてしまったようですね、ミクル様」
そういうハタの口調に思わず拗ねてみたくなった。
「やだよ、そんな他人行儀。昔みたいに話して。ミクルって言って」
うわー、あたし凄い甘え声。でも、ちょっと震え声。
「あたしは神様じゃ無いよ。何かくっついてるけど中身は昔のミクルだよ。変わってないよ」
ハタは手を緩めようとしたけど、あたしが湯に沈みそうになったのでまた抱きしめる。
あたし、力抜けてぐにゃぐにゃだったから。
「ハタ?」
ハタが黙ったままなので呼んでみた。
「あ・・や・・」
うーん、そんなに戸惑わないでよ。
「ミクルって呼んで・・」
ハタはしばらく迷ってたけど
「ミクル」
あっ・・名前呼ばれるってこんなに嬉しいの?急に動悸が激しくなる。
「ミクル」今度はさっきよりしっかりした声。
昔のハタだ。嬉しくて胸が一杯になる。体の奥から何かが込み上げてきて。
思わず両腕をハタの首に巻き付けていた。
ハタのひげ面を頬に感じる。それから唇に―――
もの凄く気持ちが昂ぶって、たまらなくて、何が何だか解らなくなって・・・・・
気が付いたら、うっすら朝日が射しこんでいた。
岩を敷き詰めた洗い場はちょっと痛かったけど、温泉のお湯で寒くなかった。
二人で抱き合ってたしね。
俺が意識をミクルに移したとき、何があったかすぐ分かった。記憶は共有されるからね。
何よりミクルの幸せオーラが凄かった。
わーん、恥ずかしいよう、何でも筒抜けなんだもの。あっちけ、ショータ。
ハタがあの時間温泉に居たのは翌日の教習の準備で遅くなったためだそうな。ハタもそんな時間に誰かが温泉に入って来るとは思いもしなかったらしい。
ともあれ、朝になって温泉の建物から出てきたあたし達、当然里人に目撃されていたから騒ぎになった。
何しろ、あたし足腰力入らなくてハタにしがみついてるし、腰抱かれてるし、頭ふわふわだし。
「ミクル様がハタを逆ナン!」って誰よ、でかい声で振れて廻ってるの!
いやいやいやいやいや、ちょっと待って。あれ事故だから。夜這いじゃ無いから!
そりゃ出来ちゃったのは事実だし、嬉しかったし・・・・あーもう、何言ってんだか。
ハタも思いっきり弄られてるな。こら、ショータ、面白がってんじゃないわよ。
アムネさんはもの凄く複雑な顔していた。これまでずっと同居だったけど、さすがに夫婦と同居とはいかない。竪穴式住居には仕切りが無いんだもの。夫婦になったことは喜んでくれたけど。
その日は里の仕事は全部お休み。お祭り騒ぎになった。
ルシュ神殿にも傭兵が連絡に行って、夕方にはお祝いの使者が来るらしい。
「そんな
「大事件ですよ!神使様に伴侶ができたんですから!」アムネさんにもの凄い剣幕で言われた。
その後、アムネさんが仕切る仕切る。マクセンが圧倒されて苦笑いしてた。
里の広場には急ごしらえの演台や臨時の竈が設置され、森に果物、野菜を採取する者、獲物を狩りに行く者、酒造りの集落に仕入れに行く者、と手分けして準備が進む。
その間、
果物やお菓子、酒なんか用意されてたけど、これじゃ本番で何もお腹に入らなくなっちゃう。
だから準備が出来るまで一休みするから、と告げると
「夕べはお休みになってないですものね」と含み笑いされた。もうやだ。
さて、問題がひとつ。
ハタにはあたしが異世界のショータと繋がっていることはまだ言ってなかった。でも意識を俺の世界に移すとこちらではあたしが意識不明になってしまう。だからその説明はしておかなくちゃいけない。
俺が替わって事の次第を打ち明けた。ハタはものすごく複雑な顔をした。そうだよね。
「プライベートな時は俺の意識は向こうの世界に移します。これだけは絶対守りますよ」
最後に俺が約束した。ただ、記憶の共有だけは伝えなかった。さすがにこれを伝えると支障があるし、伏せておいても問題は無いと思えたから。その後、俺は意識を俺の世界に移す。
それからあたしはハタの腕枕の中で色々な事を話した。
ハタは前からあたしのことを憎からず思ってたそうだ。でも奴隷で封印されているからマクセンには言い出せなかったし、あたしも封印されてたせいで反応がよく分からなかった。その上、あたしが神使になったので、もう以前とは違うと観念したらしい。
「あたしが鬼人だからかって思ってた」
「鬼人だろうと水棲人だろうとミクルなら構わないさ。でも元奴隷の分際で神ルシュの神使を望むのはさすがに分不相応だと思ったんだよ。なんか神々しくって・・」
「なに?それ!あたしずっと小娘だの鬼っ子だのって言われてたんだよ?変わってないよ、あたし」
「いや、変わったよ。キラキラして眩しい。すごく綺麗になった」
うわ・・それって殺し文句。静まれ、あたしの心臓。
息が詰まってしばらくハタに抱きついていると、やがて寝息が聞こえ始めた。
そのままどれくらいハタの横顔眺めてたかな。ショータの昼食時間の頃だと気づいて意識を移した。
あたしの食い意地どんだけ?
結局、夕方近くまで
目を開けるとハタの心配そうな顔が目の前にあった。
「本当に意識なくなるんだね。話を聞いてなかったら大慌てしたかも」
ほっとしたようにハタがため息をついた。
「心配してくれたんだ」
「当たり前でしょうが」ハタが
夕方、薄暗くなった頃、演台の前の大きなたき火に火がつけられ、お祭りが始まった。
神殿からは祭司長はじめ、巫女、神官も何人か来ていた。
誰も彼もがスピーチしたがったが祭司長とマクセンだけにし、後は個々に祝いを述べることになった。
まあ、それで良かった。祭司長のは長かったしね。
皆飲んで食って大声で歌って大騒ぎ。
クライマックスは、アムネさんに憑依した神ルシュが演台に立って宣託を下した時だった。
巫女の憑依なんてめったに見られない出し物だからね。
「
汝らに告げる。
宣託が始まった時からみるみる雲が広がり、終わると共に稲妻がひらめき、雷鳴がとどろいた。
祭司長や巫女、神官は恐れ入りまくって平伏。皆は驚きのあまり声も出ない。
ん?神ルシュが一瞬ウィンクしたように見えたのは気のせい?
もしかしてサプライズ企んだわけ?
もしかしたら神ルシュって結構お茶目かもしれない。
巫女アムネが憑依から解けてしばらく、静寂に包まれた。雲はすぐに小さくなっていき、星空だけになった。
パパンパッパ、パパンパッパ
誰かが手拍子を打ち始めた。それが広がって行く。
パパンパッパ、パパンパッパ
誰かが歌い出した。良く通るきれいな声だ。これはウッダかな。
あれ?これってちょっとポップなリズムのベートーベン第九『歓喜』のメロディー。
大元の歌詞は無視してるけど意味は合ってるのか。まあ、この曲は教えたけど歌詞はオリジナル?
やがて次々に歌声も広がって行き、すぐにきれいなハーモニーになっていく。いつの間にこんなに?
歌えない者も体を揺すりながら手拍子を打つ。
そのまま歌は子供達にも人気のアニソンメドレーになっていき、最後は大歓声で締めになる。
いつの間にか焚き火は小さくなり――
お邪魔虫の俺は意識を元の世界に移した。
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