3-2 山向こうへの探索



「おはようございます、ミクル様」食事に出ると皆が口々に挨拶する。

様はやめてくれって何度も言ったがこれだけは聞いてくれない。

あら、構わないじゃない、気分いいもん。

食後、調理係が真剣な面持ちであたしおれの前に立つのが習慣になってる。

褒めるとぱあっと喜びで満面笑みになる。ガッツポーズ取る人も居るね。

でも気になる所があれば容赦なく突っ込むよ。快適生活のポイントだもんね。

突っ込まれた相手は真剣に木片にメモを取る。

そう、文盲社会の中でミクルの里だけは識字率百%なんだ。

三年経って読み書き計算の下限に達しない者は追放というルールを決めていた。

今まで追放は一人だけ。タカをくくってサボってた男を本当に放り出すと、皆目の色が変わったから。

この里はシムリ地方では別格に天国だから当然よね。

教師役のハタは既に有望な助手を何人か育ててた。この人は本当に有能だ。

マクセンは人を見る目があるよ。

えっへん!て、何でミクルが胸張るの?


シムリ地方の社会形態は原始共産制に近い。

私有財産の概念は無い。全て共有だ。あ、夫婦は別ね。一応、一夫一婦制。

ただ、機械的に共有するわけじゃない。貢献度に応じた優先権があるんだ。

優先権に応じて食べ物を取る、着るものを選ぶ、道具を選ぶ、といった具合。

順位が低いと当然、自分の好みの物が残っているとは限らない。そういう意味ではプチ競争社会。

集落によっては何もありつけない所もあるようだけど、ミクルの里では必ず何がしかありつける。

格差が極端だと必ず不平分子が発生してもめ事の種になる。

マクセンとハタがその辺良く汲んでくれて、うまく皆を仕切っている。

あたしおれはあまり口出しせずアドバイザー的な立場を保っている。君臨すれど統治せず、かな。

夕食までは時折見回って皆の相談に乗る。分からないときは俺の世界のパソコンで調べる。

ちょっと反則技だけど向こうの俺が死んでしまうまでは有効活用させてもらうのだ。

もちろん、俺の世界のプロジェクトにも参加しているので忙しいっちゃ忙しい。

ただ、あたしはあまり興味ないし、俺も無理矢理引きずり込まれたって立ち位置なので、それほど積極的には関わっていない。

夕食時はたまにあたしおれの試作品を試して貰う。

最近のヒットは麺だ。これは挽き臼の改良が物を言っている。

これまではあまりきめ細かい粉が引けなかったので団子状のものしか出来なかった。

うどんともラーメンとも言えないこの世界独特の麺だけど、野獣の骨髄から取ったスープによく合う。

箸はあたしおれが一人で使い始めたところ、いつの間にか皆が真似して今ではすっかり板に付いている。

こういう麺はやっぱり箸ですするのが合ってるね。


山脈の向こう側から手に入れた大豆っぽい植物はうまく栽培できたが醤油はまだ成功していない。酒の集落からこうじを持って来たシュウランが頑張ってるけど、こうじが合わないのか全然違う物ができてしまう。偶然で酢が出来てしまったがそれはまあそれで成果かな。

結果を出すのに一年がかりなので焦っても仕方が無い。

ここはそういうゆったりした世界なんだ。

夕食後はすっかり恒例になってしまったアニソンの合唱。近頃はうまくハモるようになってきた。曲によってはオリジナルより良いかもね。

酒は毎日って訳にはいかないけど、取引が有ったときはケチケチせず飲む。保存があまり利かないのでケチってもしょうが無い。里で作ろうとしたんだけど手間を考えると割に合わないと判断した。他の集落で作れる物をわざわざ手掛ける必要無いよね。酒の集落近いし。

それに俺の世界では毎日飲める。今のところ。

いつの間にか秦野先生、兄貴ん家で毎日晩酌するようになってた。兄貴夫婦も賑やかなのが好きなので大いに歓迎している。人一人増えるだけで話題が結構広がるもんだ。

と言うより、先生、話題豊富だ。学者って頭固いのかと思っていたが、それは偏見だな。

あと、将棋強い!飛車角落ちでも手も足も出ない。ま、俺のはへぼ将棋だし。

将棋と言えば、異世界にゲームを持ち込もうとして断念した。

試したのはサイコロ。粘土で四角に固めた物を作っていわゆる丁半賭博風に遊ばせてみた。

普段、娯楽が少ないせいか、異常に熱中して作業に支障が出そうになった。

これはまずい。広まるとこの地方全体に悪影響が出て、神トカラに焼かれてしまう。

サイコロは潰して埋めた。


そんな毎日だったけど、“狩る者達”への備えも各神殿を中心に進めてきた。

メインになる武器は弓矢と槍にして各神殿に収めてもらう。剣は素人の農民達では“狩る者達”に対抗できないという判断だ。

槍はトカラ神殿の職人達に依頼して鉄の穂先にして貰った。石の穂先が一般的だったが脆いので戦闘中に使えなくなる危険があった。また、長さは4m位の長いものにした。

平地では密集隊形を取って槍ぶすまを作る。森では樹上から突き出す。矢を射る。罠を用意する。

できる限り白兵戦は避ける作戦だ。

いずれにせよ、訓練は必要なので農閑期に交代で神殿に集まって貰った。

盗賊達の被害については集落全体に知られているので割合抵抗なく参加して貰えた。

弓矢は森で野獣を狩るとき用いるので慣れた者も多い。だから主に密集隊形の訓練になる。

集落に残った者達には矢を防ぐ木の盾を作って貰う。木だけでは貫通してしまうので表は竹の皮を張って補強する。鉄は量が確保できないので断念した。

山脈の通り道――と言っても獣道――には常時見張りを置き、“狩る者達”が現れると鐘を鳴らして知らせる。鐘は各集落にも配られていて、鐘によるリレーで全体に知れ渡るようにする。

合図の鐘を聞いたら最寄りの神殿に駆けつける、という手はずになった。

ちなみにこの世界に鐘は無かったのでトカラ神殿の職人達に新たに作って貰った。

同じ神の神殿間は依り代を通して連絡が取れるので全体の状況把握は神殿が担う。

五年目の今、十分とは言えないが、ある程度の備えは出来てきた。

とにかく、ミクルの里に面倒事が降りかかるのは避けたいんだ、あたしおれは。


冬になって、あたしおれは山脈の向こう側へ探索に出る事にした。

これまでの探索では“狩る者達”には出会っていないので、今回はもっと奥地まで行くつもり。

探索の旅には交易用の荷物を担がせるためヌーを一頭連れていく。

例によってアムネさんがくっついてきた。ま、野宿のときは交代で見張りをするから良いか。

彼女はすっかり旅慣れて、野宿の支度などスムーズに出来るようになってる。

山脈の向こう側に入ると、やはり飢饉の影響はまだ続いているらしい。というか、ひどくなってる。

女二人と見てか、盗賊でも無い集落の人間もあたしおれ達を襲って来たりした。

ま、殺さない程度に軽く追い払うけどね。アムネさんも結構戦えるようになったよ。

十日ほどで一番遠いルシュ神殿に着いた。

さすがにルシュ神殿では神使の事は知れ渡っていて、失礼な言動を取る者は居なかった。

ただ、シムリ地方と違って少し寂れた感じがするよね。神官も四人、巫女二人と少なく、傭兵も十五人程度だし。神官や傭兵達にも生気が無い。この地方の疲弊が影響しているんだろうね。

出てくる食事もお粗末だったので、旅の途中の獲物を料理した。

神官と巫女にお裾分けすると大感激された。うーん、それほどなんだ。

食事をしながら情勢を聞く。

“狩る者達”はこの近辺までは来ていないと言う。ただ、難民が流れ込んでいて、一部は野盗化しているらしい。集落を奪われた所もあったって。神殿も何度か襲われたけど傭兵達が頑張って何とか食い止めたそう。神官と巫女達も一緒に戦ったっていうから皆苦労してるんだね。

“狩る者達”が出没するのはもっと奥地らしい。

あたしおれとしては“狩る者達”が実際にどんな様子なのか確認したかった。

そこでアムネさんを置いて一人で探索に出る事にした。

衣装も目立たないように貫頭衣に着替え、麻布を頭から被って体に巻き付けた。

これで角は目立たないよね。ちょっと寒いが我慢できる。

アムネさんは猛烈に抗議したけど、危険すぎるので厳しく却下。

あたしおれ一人なら何とかなる。でも、アムネさんをかばって戦うのは無理だもの。


三日ほど旅を続けた。ムーを連れていくと小回りが効かないので置いてきた。この方が早いし。

途中の集落では住民が疑わしそうにこちらを伺うのが見えた。

難民の一人だと思ったんだろうね。石を投げてきた所もあった。

うーん、相当荒れてるねえ。

森には獲物が少なく、探すのに少々手間取った。そもそもシムリ地方より森が少ない。

奥地では川も少なく、集落の数も少ない。

これではこの地方の人も暮らすのが大変だわ。

三日目の昼頃、梢の間から火の手が見えたので近づいてみる。

ちょうど“狩る者達”の襲撃の真っ最中だった。悲鳴と雄叫びが聞こえる。住居の間から一人の男がぐったりした女性を担いで歩いて行くのが見えた。もっこりした黒い毛皮の衣装に剣をぶら下げてる。顔面ひげ面で頭に毛皮の帽子。むき出しの手足は体毛が濃い。

うーん、人種的にも文化的にも違う連中だよね。

騒ぎが静まった頃を見計らって集落に入ってみる。竪穴住居のあちこちで火の手が上がり、黒煙が立ちのぼっている。その間に横たわる人々。血だまりが出来ている。

うえっ・・やっぱり慣れないな。だったら見なきゃいいじゃん、ショータ。

女は誘拐、男は皆殺しってところね。生存者は無さそう。

森の彼方から悲鳴が聞こえるので、身を隠しながら近づいていく。

やがて毛皮を着た集団が個々に獲物を担いでいく後ろ姿が見えた。騎馬集団では無いみたい。武器は剣と弓矢と2m程の短い槍。総勢二十人ほど。森の中を二時間ほど後を付けていくと、少し開けた所に出る。

枯れ草の間に身を潜め、しばらく観察を続けた。

大きなテントのようなものが十ほど。革製らしい。獣の皮をつぎはぎしたパッチワークだね。

周りに家畜らしい物は見えない。放牧はしていなくて狩猟オンリーの生活らしい。

屋根状のテントの真ん中から煙が出てる。

女達が出迎える。特に嬉しそうでも無い所を見ると掠われてきた女達かな。

男達がテントに収まった頃、別の方角から五人ほどの男達がやって来る。

一人の女性を追い立てて・・・

えっ?アムネさん?

もしかして、あたしおれを追いかけてきて捕まったの?

いくらあたしおれでもこの人数じゃ無理よ。どうしよう・・

夜まで隠れて様子をうかがう事にする。あーあ、今日は深夜アニメ見れないじゃん。


“狩る者達”が寝静まった頃を見計らって行動を起こす。

アムネさんの連れ込まれたテントは分かってる。

ちょっと乱暴だけど、反対側の繁みに火を付けた。

枯れ草と乾燥した枯れ木はすぐ燃え上がって、激しくはぜる音が響き渡る。

テント村はすぐに大騒ぎになった。

火を消すために森の方へ人が集まったのを待ち、アムネさんの居るテントに忍び込む。

火事のせいか、テントの中はアムネさん一人だけが転がされていた。

あたしおれは彼女の口をふさぎ

「しっ!声を立てないで付いてきて」

そう言いながら手足を縛ったツタのような物を切る。

アムネさんはびっくりして目を丸くしたけど声は立てなかった。

テントの陰に隠れて、誰にも気づかれないうちアムネさんの手を引いて森に飛び込む。

脱出成功!

そのまま森の中を駆け抜ける。

空がうっすら明るんでくる頃、あたしおれ達はやっと走るのを止めた。

アムネさんはへたへたと座り込んでしまう。完全に息が上がっちゃってる。


それからあたしおれたちは何も言わず帰路につく。

アムネさんはバツが悪そうに何度も声を掛けようとしたが、あたしおれがにこりともせず顔を背けるので結局何も言い出せなかった。

ルシュ神殿に着くと、大騒ぎで迎えられた。

あたしおれが奥地に向かった後、巫女アムネが居なくなったので一騒動あったらしい。

「お二人に何かあったらどうしようかと・・」巫女さん二人、泣き出しちゃった。

「アムネさん、貴女何したか分かってるよね?」

「すみません、本当にすみません」アムネさんは皆に向かって平謝り。

あたしおれが状況を説明している間も平伏し続けてた。

状況説明が終わったころ、湯浴みの支度が出来たと告げられた。

巫女アムネの肩を持って起こすと、うわー、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。湯浴み部屋まで引きずっていっても、ずっと突っ立ってしゃくり上げてる。仕方ないので、あたしおれが焼き石をかめに入れて湯加減を調整した。

それから着物を脱がせ、あたしおれも脱ぐ。お湯をかけて藁束わらたばでこすりながら声を掛けた。

「もう怒ってないから。あたしが心配だったんだよね、ありがと。でも、もう無茶しちゃダメだよ。あたしもアムネさんになにかあったら悲しいから」

アムネさん、はっと顔を上げるとひしっと抱きついてきた。

うわー、久々のおっぱい密着感。もう、ショータったら!

アムネさん、そのままわんわん泣く。うわ、鼻水つく!幼稚園児か、あんたは。そういうとこ可愛いけどね。

でも、まあ、それからアムネさんは聞き分けがとても良くなった。

男達に捕まった事より、帰路の間、口をきいて貰えなかったのがよほど堪えたらしい。

最初の頃は神使にあたしを選んだ責任感。神ルシュ直々の指示という理由もあって、くそ真面目なアムネさんはあたしおれに付きまとったらしい。それが段々情が移り、今では生きがいみたいになってる。

あれからずっと男達にも目もくれず、あたしおれ一筋。行かず後家になっちゃうよ。ちょっと責任感じるな。


あたしおれはもう少し情報が欲しかったので、また一人で探索に出る事にした。

さすがにアムネさんも今度は大人しかった。

十日ほどかけて“狩る者達”の集団を三つ見つけた。

集団の人数は多くて二百人、少ないので五十人くらい。集団同士の交友は無く、みつけた内二つの集団はお互いに戦闘していた。戦闘技術は結構高そう。

彼ら一人に対し三人以上かからないと倒せないかも。

でも、これはある意味厄介かな。もし集団同士をまとめる勢力があればそちらを叩いて言う事を聞かせれば良いけど、そうで無いとなると個々の集団毎に対応が必要になる。

奥地のルシュ神殿は襲われて廃墟になっていたけど、ニーヴァ神殿は襲われていなかった。

神ニーヴァは信仰しているらしい。ニーヴァ神殿を通して彼らを何とかできないかな?

といった当たりが分かった所で引き上げる事にした。


ミクルの里に戻る途中、シムリ地方のルシュ神殿に経過報告がてら立ち寄った。

山脈の向こう側のルシュ神殿から依り代を通じて情報は伝わっていたが、備えの状況も把握しておきたかったから。

ちょうどニーヴァ神殿から一人巫女が来ていた。あたしおれの奥地探索の話を聞きたいらしい。

あたしおれもニーヴァ神殿については聞きたい事があったので好都合。

「チリと申します」中年に差し掛かったと見える巫女さんは落ち着いた感じだ。

「ミクルです。どうぞよろしく」

「山向こうの奥地に行かれたそうですね。どんな様子でしたか?」

「あまり良くないですね。食料もかなり不足しているようで、争い事も多いです。奥に行くほど危険です。

ルシュ神殿は山近くは何とか持ちこたえていますが、奥地ではほとんど廃墟になってます。ニーヴァ神殿は大丈夫なようですね。“狩る者達”が信者になってるからでしょうか?」

「さあ、それは・・・」巫女チリはちょっと口ごもる。あれ?

「“狩る者達”については神ニーヴァがお詳しいのでは?」つついてみる。

「確かに信者がいるとは聞いてますが詳しいことは・・」

この世界では神殿が一番情報の集まる所なので、奥地の“狩る者達”についても情報を持っているはず。

「神ニーヴァにお願いすれば“狩る者達”の襲撃をある程度止められるかと思ったんですが」

「・・・無理では無いかと・・・」巫女チリ、どうも歯切れが悪いな。

この話は先に進めそうも無いので、この後はあたしおれの探索報告で終わらせる。

報告が済んだ後、祭司長と傭兵隊長があたしおれを別室に呼んだ。

「山向こうをどうするかなんですが、状況は相当悪いようですな。傭兵を送ってもだめでしょうかね」

と祭司長。

「相当数送らないとダメだと思うけど、そうすると食料が問題ね。飢饉がひどいので現地調達は無理」

「さっきの様子じゃニーヴァ神殿も数は出してくれねえだろ」とアガムキノ。

「傭兵送るのは諦めた方が良いわね。いっそ山向こうから引き上げちゃったら?」

祭司長と傭兵隊長は顔を見合わせる。

「神殿は良いとして、集落は見捨てる事になるがの」

「あら、来たい人には来て貰えば?シムリの森は十分余裕があると思うわ」

「うーん、守るにしても山を盾にできるから良いかもしれん・・・」アガムキノが考え込む。

「今の話を参考に皆と相談しよう」

祭司長の言葉でお開きになった。

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